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エシュロン(Echelon)

エシュロン(Echelon)の実態 
「資料ウィキぺデア」
エシュロン(Echelon)は、アメリカ合衆国を中心に構築された軍事目的の通信傍受(シギント)システム。
同国の国家安全保障局(NSA)主体で運営されていると欧州連合などが指摘している一方、アメリカ合衆国連邦政府自身が認めたことはない。

フランス語で「(梯子の)段」を意味する語・échelonに由来する。エドワード・スノーデンの告発により、PRISMで有線データ通信さえも盗聴されていることが明らかになった。収集・分析・分類・蓄積・提供の各機能によって構成されていると考えられている。
nase
エシュロンはほとんどの情報を電子情報の形で入手しており、その多くが敵や仮想敵の放つ電波の傍受によって行われている。1分間に300万の通信を傍受できる史上最強の盗聴機関といわれている。
電波には軍事無線、固定電話、携帯電話、ファクス、電子メール、データ通信などが含まれており、同盟国にある米軍電波通信基地や大使館・領事館、スパイ衛星、電子偵察機、電子情報収集艦、潜水艦を使って敵性国家や敵性団体から漏れる電波を傍受したり、時には直接通信線を盗聴することで多量の情報を収集していると言われている。

現代においては、データ通信の大部分は、光ファイバーを利用した有線通信によって行われており、傍受することは極めて困難である。
それでも例えば、20世紀末までは海底ケーブルの中継器に傍受装置を取り付けることで光ファイバでも盗聴が可能であったが、1997年以降からは電気アンプから光学的に増幅するアンプに変わったために不可能になった(ところが2013年には、エドワード・スノーデンの告発により、PRISMで有線データ通信さえも盗聴されていることが明らかになった)。

電気通信事業者の協力を得てデータ収集を行っている可能性も指摘されている。電子フロンティア財団は、NSAがサンフランシスコのSBCコミュニケーションズ(現AT&T)施設(Room 641A)に傍受装置を設置してインターネット基幹網から大量のデータを収集・分析していたとし、アメリカ合衆国政府およびAT&Tに対し訴訟をおこしている(アメリカの連邦法はNSAやCIAが国内で盗聴はもちろんのこと、一切の諜報活動を為すことを禁じている。これは活動即ち、政府が主権者たる国民を敵視している事を意味するからである)。
この情報収集活動には、米国のみならずエシュロンに加盟している各国もアンテナ施設の設置を認めるなど、さまざまな形で協力していると言われている。

分析
 
ここから先のほとんどの作業が、NSAの施設内で行われると考えられている。収集された生のデータは膨大であり、それらを短時間で中身を分析して保存すべき情報と破棄すべきものとに分けなければならない。
コンピューターの発達によって、エシュロンの分析作業も高度に自動化されたが、同時に敵性国家・団体も高度な暗号化が容易に使用できるため、生データの暗号解読からはじめなければならないようになっている。暗号解読が済めば、中身に「爆弾」などのテロ行為を連想させる、あらかじめ登録された単語が含まれていないかが自動認識されて、無害と判断された情報は破棄される。

暗号解読と内容の重要度の自動認識が済めば、次は人間とおそらくコンピューターによる情報の分類作業が行われる。この時点でさらに内容が吟味され不要な情報が破棄される。おそらく、内容によって重要度がランク付けされ、いくつかのキーワードによる索引が与えられる。

分類された情報がいよいよデータベースに登録される。インターネットがデータベースで無いとすれば、エシュロンは世界最大規模のデータベースとする意見が多数であると考えられる。

高度に暗号化されたネットワークを通じて、世界中のエシュロン・ターミナルからエシュロン・データベースにアクセスできる。提供される情報内容は閲覧者の保安レベルや国別・部署別にカテゴリー化されていて、例えば米国の不利益となる可能性がある情報は、他国の閲覧者には提供されないなどの重層的なセキュリティが施されていると考えられている。

2007年末時点で参加している国は、アメリカ合衆国、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドであり、英米同盟(UKUSA、ウークサ。United Kingdom & United States of America)とも呼ばれるアングロサクソン諸国とされる。UKUSAは、1948年にアメリカとイギリスとの間でUKUSA協定が結ばれたことに始まり、カナダ・オーストラリア・ニュージーランドは2次メンバーとして後に参加した。米国以外はイギリス連邦国家である。

ギリシア、スペイン、ドイツ、日本など、いくつかの同盟国にも、参加は認めないものの傍受局を置いているとされる。これらの国と独自情報を提供する協力国を含めて「サードパーティー」と呼ばれ、エシュロンの閲覧は許可されないものの、UKUSAの国益に反しない限りにおいてエシュロンで得られた情報の提供が行われることがある。

日本には、青森県の三沢飛行場近くの姉沼通信所に傍受施設(通称「ゾウの檻」)が存在し、1,000人単位のNSA要員が詰めていると言われる他、東京都心のいくつかのUKUSA同盟国の公館内(駐日アメリカ合衆国大使館等)にも傍受施設が存在し、分担して傍受活動を行っているとされている。

1844年にモールス信号による電信通信が実用化され、それ以降、世界各地で電信網が整備されていった。1872年に、大英帝国がインドや香港などの植民地との電信による通信業務を行なう国有企業「イースタン・テレグラフ社」(以降、イ社と略記する)(現・ケーブル・アンド・ワイヤレス社)を設立した。イ社は、19世紀末には全世界の国際通信網の1/3を保有するまでになった。

21世紀の現在では、個人や私企業が行なう通信の盗聴・傍受にはさまざまな規制があるが、当時はこういった障壁はなく、英国政府はほぼ自由にイ社の通信情報を取得していたと考えられる。イ社の通信システムは、エシュロンと直接の関係はないが、国家による通信傍受のための大規模なシステムとして、エシュロンの手本になったと考えられる。イースタン・テレグラフ社の通信システムは、英国にとってエシュロンと同等の役割を担っていたシステムとして語られる。

40号室
1914年に第一次世界大戦が始まると、英国海軍省は省内に直ちに「40号室」(Room 40)と呼ばれる暗号解読専門部署を開設し、軍民の語学の専門家などが集められた。これがエシュロンの直接の先祖といえる。マタ・ハリの逮捕、ツィンメルマン電報事件など、多数の秘密通信解読での活躍で、情報戦争の有用性を示した。

MI8
第一次世界大戦に参戦した米国は、自国の暗号戦での脆弱性を認識して「MI8」(陸軍諜報部第8課)をワシントンに開設した。

米国国務省から転出し、初代課長となったハーバート・O・ヤードリー(当時27歳)は、若いながら暗号解読のエキスパートだった。しかし、当時の米国は暗号解読技術の後進国だったので、フランスの情報解読機関「シャンブル・ノワール」(Chambre noir、黒い部屋)と、英国陸軍省情報局、英国海軍省情報部(40号室)を廻って、これらの進んだ技術を吸収した。

ドイツの暗号を解読していたMI8は、第一次世界大戦の終結と共に閉鎖が検討され、結局、暗号作成などの一部の業務が国務省と陸軍省の機密費で存続した。1917年にはニューヨークに移動し、後に「ブラック・チェンバー 」(Black Chamber、黒い部屋)として知られる場所が誕生した。年間予算は10万ドル程で、人数も10人前後であった。

GCCS
 
英国海軍省40号室も、第一次世界大戦の終結によって、一時閉鎖された。しかし、すぐに陸軍の暗号解読班と統合して、軍隊から転出するという改組によって復活し、新たな名前として「政府暗号学校」(Government Code and Cipher School, GCCS) が与えられた。

学校と名乗っていたが、実体はそれまでと変わらず、通信傍受と暗号解読に関する情報機関であった。年間予算は22,000ポンド程で、人数も70人前後であった。

GCCSの発足後、英国政府は英国国内の全ての電信会社に電文の写しの提出を命令した。英国でも営業していた米国の通信会社ウエスタンユニオンはこれに強く抗議した。
米国議会上院委員会の公聴会でのウエスタンユニオン社社長の発言によって、米国の電信通信が英国で傍受され続けていたことが判明した。

米国政府は、友好国である英国が大戦中から継続的に情報を収集していたことに危機感をもち、これ以降、暗号能力の強化に努力を注ぐことになる。MI8(英国軍情報部第8課)のブラック・チェンバーとともに、陸軍通信隊のウィリアム・F・フリードマンという暗号の天才も才能を開花させ、米国の暗号能力はこの後、飛躍的に向上する。

ヤードリーが率いるMI8による米国の暗号解読能力は、1921年のワシントン海軍軍縮会議で発揮された。後にネーバル・ホリデー(海軍休日)として知られる軍縮を決める会議において、日本の交渉使節団の本国との暗号通信を傍受・解読し、日本側に不利な条件で条約が締結された。

1941年12月8日未明(日本時間)に始まった真珠湾攻撃の事前情報においても、11月末から日本の太平洋艦隊が無線封止を行い、攻撃態勢に入ったことが予見されていた。
また、英国は千島列島から出撃する日本の通信を11月25日に傍受解読していたとされており、米国を友軍としていた英国が米国に知らせなかったとは考え難い。

これ以前の1940年11月の段階で、米英の暗号解読を担う部署間の協力体制は完了しており、対独暗号解読機と対日暗号解読機を相互に交換していた[6]。GCCS内に米国陸軍情報部員の立入りが認められ、米国の参戦後は協力して働くまでになった。
第二次世界大戦における米英の暗号解読能力は、戦局を左右するほど強化され、有効に活用された。

エシュロンの誕生
 
1943年5月17日に「英米通信傍受協定」(ブルサ協定)が結ばれ、この時にエシュロン・システムが誕生したといえる。1948年には、米、英、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド間の秘密協定としてUKUSA協定が結ばれ、通信傍受の協力体勢が作られた。

1949年には統合参謀本部安全保障局が作られ、1952年には国家安全保障局(NSA)に改編された。この頃から、エシュロン・システムは拡大を始め、2008年の現在に至る[2]。

関与したとされる事件
 
エシュロンの情報収集活動に関連があると推定されている事件を示す。ただし両事件とも、エシュロンの関与を実証する証拠はない。これらはいずれも、NSAの情報収集要員が米海軍や米空軍の部隊に同乗していたとされ、NSA自身は独自の艦艇や航空機を保有してはいない。

プエブロ号事件
 
1968年に起きた、米国の情報収集艦が国境侵犯を理由に北朝鮮軍に拿捕されたプエブロ号事件では、乗員1名が死亡し、残る乗員82名が11ヶ月間も拘束されたのち、米国の「謝罪」によって乗員のみ送還されるという米国にとって屈辱的な結果となった。

海南島事件
 
2001年4月に海南島付近の南シナ海上空(公海上)で発生した米国と中国の軍用機が空中衝突した事件では、海南島に不時着した米国海軍所属の電子偵察機EP-3EにはNSAの複数要員が乗り込んでいたとされ、エシュロンに関わる情報収集の一環であったとする噂がある。

欧州議会による報告書
 
2001年7月、欧州議会の「エシュロン通信傍受システムに関する特別委員会」は「世界的な私的、または商業通信の傍受システムの存在(エシュロン傍受システム)」という最終報告書を発表した。

この報告書では、「UKUSAによる全世界的な傍受システムが存在することは疑いない」と断定し、また「重要な点は、軍事通信だけでなく私的、あるいは商業通信の傍受を目的としていることである」としている。 ただし、傍受システムの限界として、どれだけ大規模なリソースと能力を用いてもすべての通信の徹底的で詳細なモニタリングは、実際にはその膨大な通信量から不可能であるとも指摘している。
同報告書によれば、エシュロンの傍受基地とみられる施設は以下の地域に存する。

※括弧があるものは、確証はないが傍受に参加していると推定される基地。 括弧のないものは、同報告書によってエシュロン傍受基地と確定された。

イギリス:メンウィスヒル、(モーウェンストー)
ドイツ:バドアイブリング
キプロス
トルコ
香港(1994年廃止)
日本:青森県三沢飛行場
オーストラリア:ジェラルトン、パインギャップ、(ショールベイ)
ニュージーランド:ワイハバイ
(グアム)
アメリカ合衆国:ヤキマ、パクリーフィールド、シュガーグローブ、(NSA本庁)、(メディナアネックス)、(フォートゴードン)、(ハワイ)
カナダ:(レイトリム)
プエルトリコ:サパセナカ

エシュロンとメールシステムの危険性

エシュロンは辞書を持ち、この辞書に登録された文字列を含むメールを盗聴している。 この辞書にメールアドレスが登録された場合、このメールアドレスに対する全てのメールが盗聴されている。
盗聴されたメールには登録済みのメールアドレスだけでなく未登録のメールアドレスが含まれている。 この未登録のメールアドレスをエシュロンの辞書に登録することができる。

このようにしてエシュロンは、人知れずに盗聴範囲を拡大している。 エシュロンの辞書に登録済みのメールアドレスにメールを送受信するだけでエシュロンに盗聴される。 エシュロンは、エシュロンが盗聴しているメールアドレスの送受信先メールアドレスを記憶している。
エシュロンが盗聴しているメールアドレスを変更しても、記録されている送受信先のメールアドレスを盗聴し、変更後のメールアドレスで記録されている送受信先のメールアドレスにメールを送受信することで、再びエシュロンに盗聴される。一度に全てのメールアドレスを変更することは現実的ではなく、エシュロンの盗聴から逃げ出すことはできない。 以上が、エシュロンとメールシステムの危険性である。

日本とエシュロン

三沢基地 姉沼通信所(1990年代、米空軍撮影)
奥に見える大きな輪状のアンテナ施設は通称「ゾウの檻」と呼ばれていたが、既に使用が中止され撤去が予定されている。北緯40度43分14.3秒 東経141度19分21.7秒

ジャーナリストの池上彰によれば、日本にもエシュロン傍受施設は存在し、青森県の三沢基地に置かれている。また朝日新聞も2001年に、日本を含むアジア・オセアニア地域に置かれた傍受基地の存在を報道している。

日本政府、日本企業も監視の対象とされており、無線、短波無線、携帯電話、インターネット回線など、ありとあらゆる日本国内の通信が常に傍受され、データはニュージーランドの通信所に送られてエシュロンに蓄積されているという。日本に関する情報収集の対象は主に経済分野であり、経済活動をアメリカ政財界に更に有利にするための、トップの意思決定についての情報収集を重点的に行っているとされる。

なお、公式には青森県三沢基地姉沼通信所付近にあるレドームは、三沢基地が真冬の降雪や台風・爆弾低気圧の暴風などの悪天候が頻発しやすい場所であり、これらの悪天候からレーダーや通信機器を守るために設置されているものである。

複数のレドームが立ち並んでいる理由は、一重にレーダーといっても大型の航空機探知用のレーダーにも複数の種類がある上、地上発射方式のミサイルの誘導を行うための小型レーダーを、ミサイルを誘導するだけ揃えなくてはならないのが理由である。

1980年代から90年代初頭における、アメリカ政府の度重なるダンピング提訴や、日本企業とアメリカ企業との間の受注合戦や訴訟合戦において、アメリカの国益を守るために、三沢飛行場、ワシントン州、ニュージーランド、オーストラリア、香港(現在は撤去)のエシュロンをフル稼働させた可能性があり、それが日本の企業活動に大きな損害を与えたとされる。

その一方、施設を提供している見返りとして、日本政府の求めに応じて、エシュロンから得られた情報が提供されたと推定される例がいくつかある。
北朝鮮の最高指導者金正日の長男金正男が成田空港で摘発された事件がそれであり、事前に日本に対して通報があったとされる。また、日本赤軍最高幹部であった重信房子が極秘裏に日本に帰国して潜伏しているという情報も、エシュロンによって情報が得られ、日本政府に通報されたと噂されている。

2004年、『週刊ポスト』が、日米首脳会談で小泉純一郎内閣総理大臣が、日本のエシュロンへの参加を打診、アメリカ政府が、イラク戦争での多国籍軍参加の見返りに、エシュロン参加を許可したと報道したが、その真偽は謎のままである。このように、エシュロンが高い機密性を持つために、多くの事象は疑いがありつつも確証まで至らないのが現状である。
なお、綴りの上からも英語の実際の発音からも「エシェロン」の方がカタカナ表記としては近いが、日本語としては「エシュロン」が定着している。これは、原語であるフランス語の発音に近い。

この記事に雑多な内容を羅列した節があります。事項を箇条書きで列挙しただけの節は、本文として組み入れるか整理・除去する必要があります。(2015年9月)
2000年1月下旬にエシュロン・システムが全面的に72時間システム・ダウンし、修復作業に150万米ドルがかけられた。
EP-3電子戦機とのデータリンクによって、航空機からの情報収集も可能と言われている。
アメリカの世界戦略の中で、敵味方無関係に情報を収集している行為については、特に非アングロサクソンのヨーロッパ諸国で反発が強く、フランスはエシュロンに対抗する全世界規模の傍受通信網「フレンシュロン」を構築しているとされる。当然、アメリカ政府はエシュロンの存在を認めていない。
また、ロシアも旧ソ連時代の1977年から、GRUとFAPSI(連邦通信情報局)により「敵データ統合記録システム(SOUD)」と呼ばれる同種の傍受網を構築していると言われている。
日本・アメリカの貿易交渉中(1995)に日本政府の官僚の会話を盗撮してたらしい。エシュロンで収集した情報を熱くなった交渉に利用された。

関係機関
英米同盟5ヶ国のSIGINT機関。
アメリカ - アメリカ国家安全保障局(NSA)
イギリス - 政府通信本部(GCHQ)
カナダ - カナダ通信安全保障局(CSEC)
オーストラリア - 参謀本部国防信号局(DSD)
ニュージーランド - 政府通信保安局(GCSB)
(記事引用ウィキぺデア) 

三島由紀夫事件 昭和45年11月25日

1970年昭和45年三島由紀夫事件
1970年は大阪万博が開催された年であった。日本が世界に向けて、飛び立とうとする時代である。
そのような時代背景の中で、この事件は起きた。世間は、その意図を何も理解しない、出来ない状態で、その解釈に苦しんだ。それから45年経って、いまだに理解できない。
天才作家のたわごと、華族願望の国粋主義者などと風評は芳しくなかった。
Mishima_Yukio_1970
(※華族とは、明治2年(1869年)から昭和22年(1947年)まで存在した近代日本の貴族階級のことである。公家に由来する華族を公家華族、江戸時代の藩主に由来する華族を大名華族(諸侯華族)、国家への勲功により華族に加えられたものを新華族(勲功華族)、臣籍降下した元皇族を皇親華族と区別 ウィキぺデア)

三島由紀夫事件 没後45年 現代へのメッセージ
2015.11.23 06:00 産経ニュース 
昭和45年11月25日、秋晴れに包まれた陸上自衛隊市ケ谷駐屯地。
 「自衛隊にとって建軍の本義とは何だ。日本を守ること。日本を守るとは、天皇を中心とする歴史と文化の伝統を守ることである」

 バルコニーからこぶしをかざして声を振り絞る三島由紀夫=当時(45)。だが、自衛隊員の罵声と上空を舞う報道各社のヘリコプターの爆音に、その声はかき消される。

 「お前ら聞けぇ。静かにせい。男一匹が命を賭けて諸君に訴えているんだぞ。今、日本人がだ、自衛隊が立ち上がらなきゃ、憲法改正ってものはないんだよ。諸君は武士だろう。武士ならばだ、自分を否定する憲法を、どうして守るんだ」

 「諸君の中に1人でも俺と一緒に起つやつはいないのか」

 三島の右後ろには、「七生報国」の鉢巻きをした楯の会学生長の森田必勝=同(25)=がすさまじい形相で仁王立ちしている。

 「一人もいないんだな。それでも武士かぁ。憲法改正のために立ち上がらないと見極めがついた。これで、俺の自衛隊に対する夢はなくなったんだ」

この間、わずか10分。演説を断念して最後に「天皇陛下万歳」を三唱、総監室に戻った三島は「こうするより仕方なかったんだ」と漏らすと、森田と割腹自決した。

 楯の会の元会員はこう推測する。「バルコニーに立った三島先生と森田さんは、その場で自衛隊員に狙撃されることを覚悟、否、それを望んでいたかもしれない。決起は森田さんの意向が強かったと思う。森田さんは情熱的な人で、森田さんがいなければ決起していないだろう。森田さんがもちかけたとも考えられる」

■  ■

 三島がその森田と初めて会ったのは、43年3月の陸上自衛隊富士学校滝ケ原駐屯地での体験入隊だ。当時、早稲田大2年生で、民族派学生組織「日本学生同盟」(日学同)に所属していた森田は、スキーで右足を骨折していたにもかかわらず、1週間遅れで参加した。
 骨折した足をかばいながら訓練を続ける姿に三島はまず、感激したという。 三島は後日、離隊の際、涙を流す学生の姿に「戦後初めて『男の涙を見た』」と述べているが、森田も涙を流した一人だ。体験入隊に参加した1期生の篠原裕(68)は「離隊の時、森田さんが、『ちくしょう、なんでこんなに涙が出るんだ』と泣きじゃくっていたのを覚えている」と振り返る。

 森田と日学同時代に同志だった評論家、宮崎正弘は著書「楯の会以後」の中で、体験入隊が終わった直後、森田が宮崎の目の前で「先生のためには、いつでも自分は命を捨てます」と礼状を書き、速達で送ったと述べている。三島も感激したのだろう。宮崎はその後、「どんな美辞麗句を並べたお礼よりも、この一言に参った」と三島から言われたと、森田が話していたと記している。

 三島は民族派学生による論争ジャーナルに寄稿した「青年について」で、「覚悟のない私に覚悟を固めさせ、勇気のない私に勇気を与えるものがあれば、それは多分、私に対する青年の側からの教育の力であろう」と述べている。森田は三島が言う「青年」の一人だった。森田と三島が同志として結束が強まるのに時間はかからなかった。

■  ■

 三島がいずれ何かをするのでは、と感じていた5期生の村田春樹(64)は、45年6月1日、森田に会い、「腹を切る勇気がない」と退会を申し出ている。村田によると、森田は「俺だっていざとなったら小便ちびって逃げるかもしれない。人間なんていざとなったら弱いもんだ。だから、君ももうちょっと会にいてみろ」と答えたという。村田は森田の言葉に脱会を撤回したが、この時点で既に決起と森田の自決は決まっていた。村田は「あのとき、森田さんは『村田よ、安心してもう少し会にいてみろ。お前の代わりに俺が行くから』と言いたかったのではないかと思う」と振り返った。
作家の三島由紀夫が政治的色合いの濃い評論や随筆を書き始めたのは「英霊の声」を「文藝」に発表した昭和41年6月ごろからだ。

 二・二六事件の決起将校と特攻隊員の霊が盲目の少年の口を借りて、「などてすめろぎは人間(ひと)となりたまいし」を呪文のように繰り返し、二・二六事件での天皇の対応と、終戦後の人間宣言に疑問を投げかけている。

 ところが、三島は事件の際には「天皇陛下万歳」を叫んで自決した。一見すると、その言動に矛盾を感じるが、三島は43年4月、文芸評論家の秋山駿との対談で、「危険な言説を吐いたら、これから責任をとらなければならないでしょう。(中略)なにか自分にも責任がとれるような気がしたのです。だからあんなことを書いたのです。そういう見極めがつかなければあんなもの書けないですね」などと吐露している。

 事件後、三島文学に興味を持ったという篠原裕はこう話す。「陛下には他の人が抱けない強い思いを寄せていた先生が、なぜ『人間となりたまいし』とまで言わなければならなかったのか。なぜ天皇陛下万歳と言って腹を切らなければならなかったのか。 
 先生の天皇に対する思いは一貫しているのです。だが、言ってはいけないことを言ったから責任はとりますと。英霊の声を書いた時点から死んで責任を取るという覚悟はできていたと思う」
「英霊の声」の発表後、学生との交流を持ち、祖国防衛隊構想実現に向けて行動を開始した三島は43年7月、中央公論に発表した「文化防衛論」で、天皇は日本人の歴史的連続性、文化的統一性、民族的同一性の象徴であるとし、政治概念によって天皇が利用されることを防ぐためにも、「天皇と軍隊を栄誉の絆でつないでおくことが急務なのであり、又、そのほかに確実な防止策はない」と指摘している。

 三島は「論争ジャーナル」に寄稿した「青年について」で、学生との出会いについて、「はじめて妙な虫が動いてきた。青年の内面に感動することなどありえようのない私が、いつのまにか感動していたのである」と述べている。学生が三島と出会い、具体的な目標を持ったように、三島も学生と出会い、「行動」に向けて舵を切り始めたのだろう。

 政治的発言を活発化させる三島は、祖国防衛隊に代わる楯の会を結成した。

 ある元会員は言う。「先生の純粋さとわれわれの思いが融合した。先生の人生はわれわれと会って、現実の世界へと全てが変わったのではないか。われわれに会っていなければ一作家で終わっていたかもしれない」

 三島は季刊雑誌「批評」に連載された「太陽と鉄」の中で「すでに謎はなく、謎は死だけにあった」と心の内を明かし、事件の1週間前の文芸評論家、古林尚との対談では「軍医の誤診で兵隊から即日帰郷でかえされてきて、そのときに遺書を書きました。天皇陛下バンザイというその遺書の主旨は、いつまでもぼくの内部に生きているんです。(中略)ぼくは、あれから逃げられない」と述べ、「戦後は余生」とまで言い切っている。さらに「いまにわかりますよ。ぼくは、いまの時点であなたにはっきり言っておきます。いまに見ていてください。ぼくがどういうことをやるか」と事件を示唆する発言をしている。

 作家として、思想家としての言動は並行して進む。

 憲法を改正して自衛隊を国軍とする道を模索する三島らは、44年10月21日の国際反戦デーに、自衛隊が治安出動し楯の会はその手助けをして、自衛隊を国軍と認定するよう憲法を改正させる計画を立てる。だが、警察力が反対勢力を鎮圧、自衛隊の治安出動が発動されなかったため、三島と森田必勝は「自衛隊は期待できない。われわれだけで実行しなければならないだろう」(検察側冒頭陳述)と、独自の決起に向けて計画を練り始める。
 三島はバルコニーから演説する際にまいた檄文で、戦後民主主義体制の欺瞞をもっとも象徴しているものとして自衛隊を挙げ、国防という国家の基本にかかわる権利を戦後政治体制が曖昧にしてきたため、文化や伝統まで崩壊し、民族の歴史的基盤まで変化している、と危機感を訴えている。

 篠原はこう述懐する。「自分の人生についての葛藤、『英霊の声』に対する責任、憲法問題に自衛隊問題…。決起の理由はたくさんあるが、先生は背後にある近代合理主義に抗議するため、日本文化そのものに警鐘を促すために、刃を突きつけ、腹を切った。先生は文学者の世界ではなく、行動という目に見える形で託したのが楯の会だったと思う」=敬称略

 (編集委員 宮本雅史)
 遺書、檄文、命令書の全文と証言集は、インターネット「産経ニュース」の特集「三島由紀夫事件」に掲載しています。

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三島由紀夫 割腹自殺の全容 ナビまとめ
http://matome.naver.jp/odai/2140801138370564001


フランス リベラシオン

左翼新聞の凋落 フランス リベラシオンの経営危機(26.11.3) おゆみ野四季の道
 NHKのドキュメンタリーWAVEを見ていたらフランスの左翼系新聞リベラシオンが経営の危機の陥っているという報道をしていた。
リベラシオンとは実に懐かしい名前だ。当時と言っても今から40年も前のことになるが、世界的な学生運動が燃え盛っていた時代にサルトルと言ったフランスの知識人が結集して創刊した新聞だ。

 当時サルトルといえば世界最高の知者の一人と言われ、実存主義の旗手といわれていた。実存主義と言われても私には本当は何のことかさっぱり分からなかったが、彼の書いた「存在と無」を懸命に読んだものだ。
「あのリベラシオンが経営の危機に陥っているのか・・・・・・」感無量だ。
130d
注)実存主義とは社会主義に対するアンチテーゼとして生み出された思想で、社会主義が個人より社会を重視するのに対し、実存主義は個人こそが重要だと説いた。

 最盛時は30万部の発行部数を誇っていたが今は10万部を下回っており、累積赤字も10億円になろうとしているという。
最近経営者が代わってパリの不動産王が筆頭株主になったが、この株主の目的は新聞にはなく、リベラシオンが持っているパリの一等地の建物にあり、そこをレストランとカフェに改造し、記者や印刷労働者を大量に馘首して人手がほとんどかからないWEB新聞にすることらしかった。

注)WEB新聞にすれば多くの記者はいらないし、もちろん印刷関連や配送関連の労働者は一切いらなくなる。私はこのブログをたった一人で書いて(大げさに言えば)全世界に配信しているからWEBが如何に人手を必要としないか分かるだろう。

 現在世界中で新聞のあり方が問われている。簡単に言えば新聞の購読者数が加速度的に減少しているのだが、それはメディアのあり方と報道独占の崩壊という二つの要因からなっている。

 いまや新聞は一世代前の報道様式になって、多くの若者は紙ではなくWEBで情報を検索している。
私のような老人はそれでも紙の媒体に愛着を持っているが、私の子供などは新聞を全くよまずもっぱらインターネットで必要な情報を入手している。

 何しろ新聞報道はスピードと言った点でテレビとWEBに全く歯がたたない。特に災害報道の地震・台風・竜巻等に関する速報性が必要な情報がそうで、東日本大震災の時私はテレビにくぎ付けになっていたが、新聞の報道内容はすべてテレビで確認してしまった内容だった。
新聞が最も最新の情報を届ける媒体でなくなって久しい(新たに聞くのではなく二番煎じになってしまったので新聞といえなくなった)。

 また報道内容についても当たり障りのない誰でも納得できるような内容になっているが、これでは情報としては役に立たない。私は中国や朝鮮半島に関する情報はWEB情報を見ているが、その道の専門家が無料で情報発信をしてくれているのでそれをトレースしている。
こうした情報の方が新聞やテレビの解説よりもより内容が充実しており情報としての価値が高い。
従来は「新聞が記載しているのだから」というのが価値評価の中心だったが、今ではA氏の情報だから確かだという時代に変わっている。
新聞が情報を独占していた時代はとうに過ぎたのだ。

 こうしてメディア媒体が紙からインターネットに移ったこと、新聞が情報を独占していた時代が終わったことで新聞の相対的な位置が低下したが、リベラシオンはさらに左翼の時代が終わったことも経営危機に拍車をかけている。
左翼が時代の中心だったのは20世紀までで、ソビエトロシアの実験が大失敗に終わって左翼の賞味期限が切れてしまった。
今ではリベラルという言葉とダイナソーという言葉が同義語になっている。

 リベラシオンは現在苦悩の最中にあるが、20世紀を代表したメディアがその役割を終えて臨終を迎えているに過ぎない。
時代の波に取り残されたリベラルの鎮魂曲が奏でられている。

注)日本でも朝日新聞が凋落しているが基本的にはリベラシオンと同じ構図といえる。
(記事引用)

画像引用
http://blogos.com/article/145956/
記事 田中龍作2015年11月22日 02:38【パリ発】「ネットメディア検閲」 アベ政権が必ず真似てくる より

関連記事
http://blog.livedoor.jp/raki333/archives/52067661.html

ギョベクリ・テペ

トルコ古代遺跡「ギョベクリ・テペ」
    

 の話を知ったのは2013年11月23日(土)、TBSテレビの「世界ふしぎ発見」のギョベクリ・テペについての放送だった。
 
 トルコのギョベクリ・テペは1万1千年前の遺跡で1994年に発見された人類最古の巨大建築物で、放射性炭素による年代測定によって紀元9000年前後と判明した。
 派手な番組触れ込み見出し、人類最古の神殿がトルコにあった!人類の新たな歴史が紐解かれるという注目の遺跡。ユーフラテス川支流のバリフ川上流域、エジプトのピラミッドが造られた5000年前よりも遥か前の建造物。約1万1000年前の人々が造ったという人類最古の巨大建築物だ。と、いかにも民放らしい思わせぶりなキャッチコピーである。

800px-Gobekli_Tepe,_Urfa  
「ギョベクリ・テペ」発掘跡 
画像提供ウィキペディア http://bar.wikipedia.org/wiki/Benutzer:Luki/G%C3%B6pekli_Tepe

 こうした古代遺跡に興味を抱くひとは結構多くいる。私もその一人で始めは日本古代史だった。当然古事記や日本書紀の難解な文字を読破、しようと思ったが、三行くらいでとまった。後にも先にも進まない。どうしてだろうと、思い直して、お茶だのコーヒーだの支度だけは、順調に進むのに本題のあて字漢字の漢文をシュミレーションすると脳が拒否反応を示す。

 そのことを、むかしテレビで同じような光景が映されているのを脳の動画が覚えていた。相手は「ロバ」だ。

 シルクロードか、マチュピチュか、メキシコ山岳地帯か、はたまたチベット高山山脈の稜線上を歩く姿か、そのどれかを特定できないが、なにしろ足を滑らしたら千尋(せんじん)の谷底にまっしぐらに落下、というような危険稜線を1トンもあろうかと思われる荷物を積まされた「ロバ」が突然パタリと止まった。その飼い主が叩こうと、撫でようとテコでも動かない。死んではいない。疲労のあまりその「ロバ」は勝手に休息タイムを自分でつくり、約30分くらい休んだ後、再びなにごともなかったように歩き出した。おそらく体力のない「ロバ」だったら、そこで疲労死していたであろうとおもわれる過酷な仕事だった。 

 その「ロバ」と同じ精神的苦痛を、いま味わっていると感じたのだった。しかし幸いなことに命まではとられない。それで安心した。したがって「古事記」も「日本書紀」も新しいままの帯と改訂版という表示がむなしく通りすぎていく。

 思い出し回想の逸話を添えるなら、「古事記」の太安万侶の墓誌が偶然発見されたのも、トルコ遺跡1994年トルコの一農夫によって偶然発掘された古代遺跡ギョベクリ・テペ、ともよく似ている。

 過去の遺物は殆ど地下に埋められており、よほどの確たる証拠文献がない限り発見されるのは、1億円の宝くじを当てることより難しい。

 古代遺跡に興味を抱くタイプは皆、これと同じと登竜門を潜るのだろうか。いや、もしかすると自分だけ能力不足で古事記も日本書紀も、まったく理解していないのは私一人なんだと落ち込む。

 それで雰囲気を代えて、ギリシアのアレキサンダー大王を目指した。これは判り易かった。もちろん翻訳文であることは云うまでもない。ついでにフロイトの「精神分析」も参考程度に読んでみたら、その アレキサンダー大王の功績についての記述文があり、思わぬ発見をして「ロバ」の心境が判ったような気がした。そして、以後のローマ帝国、セレウコス、アンティオコスの世界制覇戦争物語に行き着いた。

 ローマ帝国、セレウコス、アンティオコスの話しについては後ほど詳しく別枠ページで項をつくる。いまはトルコ「ギョベクリ・テペ」について書かなければならない。幸いというかインターネットネットの得意分野というか、その項目で検索すると、すでに詳しく記事にしているサイトがあった。
 これから紹介するサイト主は、その道のプロではないかと思われるほどの構成力と、判り易い画像をふんだんに使い説明している。そこまで解説してあれば、私の出る幕がない、と締ってしまうと全部が終わってしまうので、それらを参考にしながら持論・自論を展開したいおもう。


ザウルスでござる・
サイトよ
 
 http://blog.goo.ne.jp/zaurus13/e/4b5cce17e4cc74f24ae303af8bece342
「今から20年ほど前の1994年に、トルコの一農夫が偶然掘り当ててしまった古代遺跡、ギョベクリ・テペ。現在も発掘が続いており、全体の5%ほどが明るみに出てきていますが、発掘完了にはまだあと50年以上かかる見込みです。」(冒頭抜粋)

当サイトより抜書き
http://blog.livedoor.jp/raki333/archives/52000147.html



 

スーパーオーディオCD(SACD)による高周波音効果

「ハイパーソニック・エフェクト」 について
スーパーオーディオCD(SACD)による高周波音効果
http://www.synchronature.com/Music/SACD.html

「脳幹」の調整・自己治癒力強化

耳には聞こえない20kHzを大きく越え、100kHz以上に及ぶ複雑に変化する超高周波を含む音にさらされると、人間の脳の中にあって、美しさや感動を司る“基幹脳”が活性化します。
高周波音は、脊髄から脳にかけての神経系を効果的に刺激して、その結果、健康を支えている生体機能に、良い影響を及ぼすとされています。
高周波による治療は、全身の感覚を大脳に送る中継点の視床と、自律神経を中枢で司る脳幹を正常な状態にすることです。
自律神経とホルモンの分泌を正常にし、様々の疾患を同時に治療していく療法です。
ほとんどの病気の症状は自律神経とホルモンの分泌の異常から起こります。
血液の循環を悪くし、体温を下げ、白血球が正しく稼動せず免疫力を失い、一番弱いところに症状として現れます。 
病気の治療で薬や手術の副作用に苦しみ、生活の悪習慣もあり身体を元に戻す力を失っている場合が多いのです。
モーツアルトの音楽は、3,500Hz以上の高周波を豊富に含んでいると言われ、これが健康効果の原因と考えられます。
植物の成長にも、モーツアルトの曲が効果的であると言われています。
例えば、トマトにモーツアルトの音楽を聞かせると、発育が早く、甘くなる効果が報告されているそうです。
通常の糖度は、4.8%だったのに対して、音楽を聞かせたことによって、2倍以上の、9.3%に糖度がアップしたといわれています。
これは、トマトが元気に育つとエネルギーが豊富になり、糖度が高くなったからと考えられています。
同様に味噌や醤油などの発酵食品にも良い効果が見られます。
認知症や高血圧・低血圧など、それぞれの病気の効果に合ったモーツアルトの音楽療法のSACDが発売されており、音楽療法の決定版と言われています。
通常のCDは、高周波成分がカットされ20~20kHzしか収録できていません。

超高周波を含む音は、自律神経系や免疫力、内分泌系の活動が改善されるなど、良い影響があります。
このことは、大橋氏(「AKIRA」の音楽を手掛ける芸能山城組の組頭(主催)である山城祥二、国際科学振興財団主席研究員/文明科学研究所所長であり、脳科学者)を中心とする研究プロジェクトが発見しました。

デジタルコンテンツと現代病、高周波成分を切り捨てたデジタルコンテンツ

CDやテープのような電気音には、高周波や低周波は含まれていません。
商業ベースの制約があり、人間の耳に聞こえる範囲内だけに収まるように周波数がカットされているのです。
CDへの移行時にアナログレコードの方が良い音だと言われたのは、このカットされた高周波成分に原因があります。
カットされた高周波成分は非可聴なのでもちろん人間の耳には聞こえません。
しかし、脳波を取って調べてみると高周波成分を含む音楽の方にアルファ波が増加するなど有意な差が認められます。
人が心地よい音楽を聴いてリラックスするためには、20kHz以上のカットされた音域が重要な役割を果たしていることが判明しています。
ハイパーソニック・エフェクトは高周波成分単独では発現せず、可聴域音と共存する時にのみ発現するのです。
その効果の発現と消退には時間的な遅延を伴います。
ハイパーソニック・エフェクトを発現させる超高周波空気振動は、耳からではなく体表面から受容されることを厳密に実証し、その論文は世界最大規模の脳科学研究論文誌Brain Research 2006 年に掲載されました。
高周波成分の受容が耳を介した気導聴覚系ではなく、体表面に存在する何らかの未知の振動受容メカニズムによって行われるという事実を実証的に示しているのです。
CDの後継フォーマットとして規定されたSACDは、100kHz以上の高音域も記録可能ですがほとんど普及していません。
都市部では環境音に含まれる高周波成分が著しく欠如していることが知られています。
現在の人々は高周波成分から隔離された環境、本来必要な高周波成分が本来必要な高周波成分がカットされた音楽に囲まれて生活しているのです。
高周波、低周波音を含む音は、オルゴール(50・72弁以上)・バイオリン・フルート・風鈴・森の中・鳥のさえずりや虫の鳴き声・波・小川のせせらぎなど、自然界が発する音の中にふんだんに含まれています。
自然の豊かな場所では30kHz以上の超高周波成分を含んでいます。
この音は、脳波のアルファ波を増加させ、リラックスさせる効果があると言われています。
ピアノの一番右端の鍵盤の「カチン」という音は最高音で約10,100Hzです。 
ヴァイオリンで最高音は90,000Hzです。
現代は不自然な環境下において、人類が進化の途上でおそらく遭遇したことがないほど高域遮断されたデジタルコンテンツの洪水を毎日浴びているのです。
デジタル時代の著しく抑制された音響環境は、人体に何らかの悪影響を与えていると思われます。
 
ハイパーソニック・エフェクト

近年、可聴域上限を超える高周波成分を豊富に含む非定常な音が、人間の脳幹、視床、視床下部を含む基幹脳ネットワークを活性化することが知られてきました。

それを反映するさまざまな生理、心理、行動反応をひきおこす現象(ハイパーソニック・エフェクト)が発見され、注目されています。(出所: LM-7  ねこがすき)

可聴域外の高周波が溢れる熱帯雨林(ジャングル)の音の効果(mohariza6.exblog.jp)

<こころとからだを癒す森の響き>

可聴域上限をこえる高周波成分を豊富に含み、非定常に変化する複雑性の熱帯雨林の響きは重要な働きがあります。

人間の<基幹脳>(視床、視床下部、脳幹を含む基幹的機能を担う深部構造)という大切な機能があります。

そこから発する神経ネットワークが、高周波成分により活性化をもたらすことが、私たちと京都大学医学部との共同研究によって見出されました。

そしてそれを反映した領域脳血流値の増大、脳波α波の増強、免疫活性の上昇、ストレス性ホルモンの減少、音のより快く美しい受容の誘起、音をより大きく聴く行動の誘導など多岐にわたる応答が見出され、<ハイパーソニック・エフェクト>と総称されています。

そのほとんど例をみない国際的関心の背景は、ハイパーソニック・エフェクトが、都市環境によって衰えさせられている基幹脳の活性を回復させるのです。

生活習慣病、発達障害、精神と行動の異常など、文明の病理から人間を防御する可能性が明らかになってきたことによります。(大橋 力、『音と文明―音の環境学ことはじめ』、岩波書店、2003)

人間は、耳には聞こえなくとも、この不可聴の高周波音を体のどこかでとらえているのです。

それが 脳の深いところにある脳幹や視床などを刺激し、可聴音と一緒に聴くことで、快感をもたらすようです。

電気音のような人工的な音源から生まれる高周波音は、かえって不快感をもたらすことがあります。

快感の源は・・・

自然の音や、アコースティックな楽器・・・中でも民族楽器には、高周波の倍音がたくさん含まれ、近代楽器にはあまり含まれていない、ということです。

具体的には、ジャングル(熱帯雨林)の音・・・小鳥の声、風や葉ずれの音、せせらぎ、虫の声・・・などのカクテル。

日本本土では熱帯雨林は体験できないにしても、広葉樹中心の自然林で森林浴をすれば、かなりこれに近い効果が得られると思います。

楽器では、尺八、ケーナ、二胡、琴、琵琶、そして十弦ギター、そしてインドのシタール、インドネシアのガムラン・・・など、

音色の純粋性を求める西洋近代楽器よりも、西洋では雑音扱いされるような音色をもつ楽器に、高周波の倍音がたくさん含まれています。

十弦ギター民族楽器ではありませんが、 弾かないけれども共鳴のために、4本余分に弦が張ってあるところなど、その無用の用は、いかにも民族楽器的です。

大橋力さんは、「人類は熱帯雨林の中で進化してきた。

人類の長い歴史が、ハイパー・ソニック・エフェクト(高周波音効果)の背景にある」 と主張しています。

視 床 と 脳 幹

高周波と低周波を豊富に含む音楽は、全身の感覚を大脳へ送る中継点の視床下部と自律神経などを司る脳幹(生命を維持する器官)を活性化させ血流を増大させ体温を上昇させるのです。

全身の感覚を大脳に送る中継点の視床と、自律神経を中枢で司る脳幹は、私たちが本来身体に備えている自然の治癒力を引き出して、正常な身体にするために最も重要な機能とされています。

人間の生命を管理しているところが「脳幹」で、ここが人体の自己治癒力の源となっています。

脳幹は生命を維持するためのエネルギーを24時間365日休むことなく、脊髄-末梢神経を通して全身に供給しています。

脳幹の働きが正常化すれば、自己治癒力が高まり、自分で病気を治すことも可能になるのです。

イ ル カ の 超 音 波

イルカによる癒し療法は、ドルフィン・アシステッド・セラピー(Dolphin Assisted Therapy)と呼ばれ、薬物や手術を用いないイルカ介在療法のことをいいます。
動物のもつ「癒し(Healing)」効果を期待する療法で、1970年代後半に米国で研究が始まりました。
ドルフィンセラピーは自閉症患者や鬱病患者に効果があることなどで、テレビなどでよく知られる存在となりました。
身体的機能障害などに対するリハビリテーション医療の一環としての位置付けができています。
ガンや交通事故の後遺症、慢性疲労症候群、など肉体的な病気に関しても、イルカ療法の試みがされています。
イルカの持つ超音波には、物を通り抜ける性質があり、壁の向こうの見えないものを超音波によって知ることができるといいます。
イルカはこの超音波で、人間の脈拍、血圧などを知ることができて、人間の緊張感や恐怖感を見分けると言われています。
イルカの超音波が、人間がリラックスした時に出るα波の増加を促しているといわれています。
自然の中の森や滝、川のせせらぎや波の音などからは超音波が出ています。
この人間の耳には聞こない自然の中に存在する超音波が、癒しの効果を高めています。

イルカの鳴音は継続時間が数十~数百μs程度で広帯域のスペクトルをもつパルス鳴音と、継続時間が数百ms以上で狭帯域の連続鳴音に大別されます。
他にも、うなり声(growl)、ギリギリ声(rasp)、キーキー声(grate)、ニャーニャー声(mew)などありますが、これらはパルス鳴音の一種であると思われます。
パルス鳴音のなかでも周波数が高くパルス幅が短いものをクリックスと呼びます。
口笛のように聴こえるイルカの連続鳴音はホイッスルと名付けられています。 
エコーロケーションに使用されているのはクリックスです。
クリックスの周波数はネズミイルカやその近縁種のスナメリで130kHz前後、バンドウイルカで110kHz~130kHzです。
イルカのホイッスルは、クリックスに比べ長時間継続し、周波数変調されていることも多いのです。
バンドウイルカの場合1kHz~24kHzであり近縁種のホイッスルも同様の周波数範囲です。
大型のヒゲクジラの鳴音にはMoansと呼ばれるやはり周波数帯域幅の狭い連続音があり、その周波数は20Hz~数百Hzと低いのです。
ネズミイルカやスナメリなどのネズミイルカ科は低周波鳴音であるホイッスルを発しません。

5オクターブの音域を持つ72弁以上のオルゴールには3.75Hzの低周波から100,000Hzを超える高周波という驚異的な周波数が含まれています。
72弁以上のオルゴールの高周波と低周波を豊富に含む音楽は、全身の感覚を大脳へ送る中継点の視床下部と自律神経などを司る脳幹(生命を維持する器官)を活性化させ血流を増大させ体温を上昇させるのです。
全身の感覚を大脳に送る中継点の視床と、自律神経を中枢で司る脳幹は、私たちが本来身体に備えている自然の治癒力を引き出して、正常な身体にするために最も重要な機能とされています。
認知症は、オルゴール音楽による高周波療法が効果的とされている例があります。
90歳の男性が、認知症の障害が進み、不眠症で、睡眠薬が投与され、便秘の下剤を飲むほどになってしまいました。
1日2時間から4時間、オルゴールの音楽療法を始めたところ、身体中が温かくなることから始まり、1ヵ月後には、睡眠薬が要らなくなり、その後、便秘も解消しました。
また、認知症の主な症状といえる、ボケの症状も薄れていき、頭がはっきりしてきました。

それだけではなく、難しい熟語や、おつりの計算、昔会っていた友人を思い出したり、1人で散歩からも帰って来るなど、家族が驚くほどの変化があったそうです。
効果の程度には個人差があり、全ての人が同様とは考えられませんが、かなりの効果があると思われます。
オルゴール療法は、人間本来の心と身体に戻す方法です。
オルゴール療法は、薬を使うことなく心身の本来の状態を取り戻す健康法です。
全身の感覚を大脳に送る中継点の視床と、自律神経を中枢で司る脳幹を正常な状態にすることで、自律神経とホルモンの分泌を正常にし、様々の疾患を同時に治療していく療法です。
ほとんどの症状は自律神経とホルモンの分泌の異常から起こります。
血液の循環を悪くし、体温を下げ、白血球が正しく稼動せず免疫力を失い、一番弱いところに症状として現れます。 
薬や手術の副作用に苦しみ、生活の悪習慣もあり身体を元に戻す力を失っている場合が多いのです。
オルゴール療法は、脳が正常になれば、身体は良くなるという原理に基づいています。

症例
4 脳の萎縮 計算力・判断力に異常が・・・・(男性・80歳)
父親ですが、アルツハイマー病と診断されました。
アルツハイマー病はMRIで検査すると、はっきり分かるそうです。
(脳の萎縮が始まっています。記憶が段々薄くなり、計算も難しくなり、判断力に異常が現われる)と言われました。
事業も多く手がけ、成功したあの元気な父はどこへ行ってしまったのか。
アルツハイマー病だし、もう歳だから仕方がないのかと思いました。
広島から東京に呼んで1ヵ月間オルゴール療法に通わせました。
療法が始まると、父は洋服を脱ぎ出しランニングシャツ1枚。
それでも暑い厚いと言ってはホールの長いすに横になったり、歩き回ったりします。4週間、毎日通いました。
ある日、突然、父がいなくなって大騒ぎになりました。見知らぬ土地でどこへ行ったのか。
ところが夕方、本人から電話があり広島の自宅に戻っているというのです。
バスと地下鉄、新幹線とタクシーを乗り継いで1人で自宅に戻っていたのです。
その後、医師の診断中に簡単な計算をさせたところ、即座に正解が出せたことには驚きました。
(記事引用)

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ニュースはどこまで知る必要があるか

100項目全部のニュースを人は1項目しか読めない!!!
AK-47(カラシニコフ自動小銃)で武装した黒づくめの男たちが入ってきて、悲鳴を上げる数百人の観客に向かって冷静に銃を乱射した――。フランス・パリ(Paris)で13日夜に起きた同時多発攻撃で、襲撃を受けたコンサートホール内にいた仏ラジオ局の記者が「恐怖の10分間」について証言した。
「無差別殺りくだった」。仏パリ(Paris)東部にあるコンサートホール「バタクラン」で事件に遭遇した仏ラジオ局ヨーロッパ1のリポーター、ジュリアン・ピアースさんは米CNNテレビにこう語った。この夜、バタクランでは米ロックバンド「イーグルス・オブ・デス・メタル」のコンサートが開かれていた。
「みんな、わめいたり悲鳴を上げたりして、全員が床に伏せた。10分間続いた。10分間だ。恐ろしい10分間、誰もが床に伏せて自分の頭を腕でかばっていた」(記事部分抜粋)

記事はフランスで発生した大規模テロニュースだ。現地では大変な惨事のようでフランス
全土に非常事態を宣言した。まるで戦争時の「戒厳令」発令の様相である。

この重大なニュースを、遠隔地日本だからといって知らない、という言い訳は通用しない。
しかし、どのくらい大変なのか、という程度問題は測りかねる。
まず、フランスの外交上の複雑な問題を一般的日本人は知らないし、昨日たまたまやっていたニュースで「阿波踊り」をフランスで公開する、とした文化的ニュースについては、よく配信される。
だから世間的な日本人の意識というのは、その程度でしかない。
したがって、その程度のニュースしか知らない、また配信しない発信基の事情まで、知ることはない、としかいいようがない。

昔、といっても僅か数年前のことだが、家に届いたその日の「タブロイド新聞紙」を広げて、では何を読むかとそれを広げてみると、全面にびっしりと詰め込まれた印字数に圧倒されて、その中から何を抽出して読み出すか、という選択も一苦労した。だいたいは、末ページに記載されているテレビ番は、広げる必要もないので、まずそれから目を通すというのが一般的な読み方だ。場合によっては、それで終わってしまうときもある。やはり、気分が載らない時や、疲れているときは細かい字面は読みたくないとおもってしまう。

それと対照的なのがテレビで、スイッチを入れておけば、番組は勝手に進行し時間になるとニュースも配信するので、手があけば、それを見て世間の今、さらに世界の情勢や、今起きているフランスの大規模テロ事件も知ることができる。
テレビは強制されているわけではないので、勝手に映っているが見ても見なくても気にしない。テレビは、そうした「雰囲気的家具調度品」としての機能を果たしている。

昨今、事情が変わってパソコン、スマホ、タブレット端末が、それにとって変わり経済動向も、そちらに移行しつつある。早い話が広告媒体が、新聞テレビから、モバイルにシフトしている様子が覗えるが、現実市場はいまでもアナログインフラで占有されており、そのことはアナログ人口世代が、いまだ健在で経済を支えているということを示している。

ニュースに限定して話してみれば、新聞テレビやパソコンインターネットも、主要情報は報道ニュースに変わりなく、その配信道具の使い方によってソースの幅とか、横への拡散程度が格段に違うということである。特にネット世界では共有と称して「いいね」を強要して、無駄な拡散をおこなっている。これはあと数年すると消滅する命だ。なぜなら、いま無意味な横の連携に疲れ始めているからだ。
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もともと、新聞から始まった文明的ニュース拡散は、情報の多さを誇っていたが、それが過多になり、許容範囲の飽和が始まると、見出しをみただけで全体を読んだ、と思い込み勝手な解釈のニュースが語り始める。ましてや膨大な量のニュースソース、全世界の広範囲の出来事を1日8時間の時間帯を費やしても読み切ることは不可能である。
それがネットの個人的発信によると、その度合いがより強くなって、さらに匿名という鎧を着ることによって発言が過激になる。
いまこれを書いている記事にしたって、それに嵌っているわけで、自戒しないといけない。



マスコミは報じないのか (※パリ同時テロ~そのほか・筆者注)
赤木智弘2015年11月14日 16:06
http://blogos.com/article/144643/
 パリで同時多発テロらしき事態が発生し、混乱が生じている。
 日本人の観光客やビジネスでの滞在者なども多く、修学旅行生なども滞在しているそうだ。これを書いている今のところ、日本大使館の発表では、日本人が巻き込まれたという情報はないという。
 Twitterのタイムラインを眺めると、いろんな人達が口々に「パリではあんなに大変なことになっているのに、日本のテレビ番組はパリの事件を全く報じず、バラエティー番組を放送している。恥ずかしくないのか」なんてことをツイートしている。
 この手の「日本のマスコミは報じない!」という主張を見ると、僕はちょっとクビをひねってしまうのだ。

 例えば、東日本大震災の影響で福島第一原発が事故を起こした後に「マスコミは反原発のデモを報じなかった」とか「第3号機の水素爆発を報じなかった」と主張したジャーナリストがいた。しかし調べてみればそのどちらも日本の主要新聞紙で普通に報じられていた。
 人はすべてのマスコミの報道内容を精査しているわけではないので、「マスコミは報じていない!」と言っても、意味合いとしては「俺はマスコミで報じられていることに気づかなかった!」にしかならないのである。一般人ならともかく、ジャーナリストを名乗りながらこれをやってしまうのは、相当に恥ずかしいことである。

 また、外国のWebサイトなどにリンクを貼って「海外では報じられているのに、日本では報じられていない!」と吹き上がる例もよく見かける。
 しかし、「海外ではこんなに報じているぞ!」としてリンクを張られているメディアが、讀賣や朝日のようなメディアなのか、東スポのようなメディアなのか、インプレスウォッチのようなメディアなのか、アフィリエイト目当てのまとめサイトやキュレーションメディアなのかは、全く判断できない。
 日本においても、有名で広く見られているマスメディアが報じていなくても、よくわからないまとめサイトが真偽不確かなネタを決めつけで報じていることはよくあるので、日本のネット界隈のごく一部で注目されているニュースが、海外でもそうした扱いをされているという可能性は極めて高い。

 僕は、東日本大震災の報道で、いかに海外メディアというものが、信頼に値しないいい加減なものであるかを知った。例えば最初に例示した福島第一原発での第3号機の爆発」ということですら、あるテレビメディアは、福島中央テレビが所有している素材を無断で転載した上に、オリジナルには存在しない爆発の効果音をつけて、センセーショナルに報じたことが確認されている。*1
 最近でも、北海道でオオカミウオという、とても強烈な個性のある魚を釣った写真が、海外のメディアに無断で転載され、「福島のそばの北海道で、原発事故の影響でゴジラフィッシュが釣られた」などという記事になって配信されるということがあった。*2
 これもまた無断転載ということを考えても、海外のメディアが放射能問題をセンシティブに見ているなどということは全く無く、単に目を引くためのキャッチーな記事として、日本の福島第一原発事故の問題を面白おかしく書いているということは明白である。
 海外のメディアだってこの程度の倫理観なのである。日本が報じず、海外のメディアが報じているからって素晴らしいことや正しいことではないのだから、だからなんだということでしかない。

 それでも多くの人が「日本のメディアが報じていない」と主張するのは、いかに自分が情報通で、マスコミに先んじてこの素晴らしい情報をゲットしたか。そんなことを宣言したいからだろう。あー、そうですか。すごいですねぇ。
 確かに、限定チケット情報とか、スーパーの特売みたいなお得な情報だったり、隣近所が火事だったり、津波がくるぞのような、一分一秒を争うような情報であれば、なるべく早く得たほうがいい。
 しかし、今回のような自分たちが関わっていない大きな事件は、いちいち真偽の分からない細かな情報を得るよりも、ちゃんとした情報を後から得るほうが楽だろう。どうせ1日の終わりにはマスメディアがある程度の情報をまとめて報じてくれるのだから、わざわざ自分で細かな情報の真偽を判別する必要はない。あ、もちろん「子供が修学旅行でパリに行っている」というご家庭は別である。

 少なくとも自分たちがかかわらない大きな事件は、十分に真偽がハッキリしてから、それを聞いて考えるなりなんなりした方がいい。特に今回の事件は大規模なテロであろうから、ことによっては戦争に至る可能性までありえる。慎重に情報を精査しなければ、無実の人や民族が、また迫害を受けることになるだろう。
 1つ心配な報道として「テロリストが「アッラーは偉大なり」」と叫んでいたという情報が報じられている。しかし、こうした混乱の時には得てして、多くの騒乱の声や雑音が、誰かの偏見によって、その人が望む声となって聞こえてしまうことがある。
 かつて、イラクで日本人3人が人質に取られた時、日本のとある新聞が犯行組織が人質に発言させて流したビデオを見て「「言って言って」と発言を促す日本人が裏にいた」と報じたことがあり、ネットでも「事件は自作自演ではないか」という声が囁かれていた。
 もちろん、そのような事はなかったのだが、こうした事件で聞こえた音や言葉というのは、あまり信用できる情報ではない。

 どこのマスコミが報じたとか報じないとかではなく、できるだけ情報を精査し、あまり曖昧なことは曖昧なこととして、事実であるかのように述べるべきではない。なるべく冷静に、大上段から誰かを叩くために今回の事件が報じられるべきではない。それは結局他の差別を産み、次なるテロリズムの温床となってしまうのだから。

*1:福島中央テレビ スタッフ情報(福島中央テレビ Twitter)https://twitter.com/fct_staff/status/104394245779111936
*2:オオカミウオを釣って食べたら色々大変だった(デイリーポータルZ)http://portal.nifty.com/kiji/151112195027_1.htm
(記事引用)
 
「無差別殺りくだ」 パリ人質事件のコンサート会場にいた仏記者が証言
AFPBB News / 2015年11月14日 11時58分【AFP=時事】
AK-47(カラシニコフ自動小銃)で武装した黒づくめの男たちが入ってきて、悲鳴を上げる数百人の観客に向かって冷静に銃を乱射した――。フランス・パリ(Paris)で13日夜に起きた同時多発攻撃で、襲撃を受けたコンサートホール内にいた仏ラジオ局の記者が「恐怖の10分間」について証言した。

「無差別殺りくだった」。仏パリ(Paris)東部にあるコンサートホール「バタクラン(Bataclan)」で事件に遭遇した仏ラジオ局ヨーロッパ1(Europe 1)のリポーター、ジュリアン・ピアース(Julien Pearce)さんは米CNNテレビにこう語った。
 この夜、バタクランでは米ロックバンド「イーグルス・オブ・デス・メタル(Eagles of Death Metal)」のコンサートが開かれていた。

「みんな、わめいたり悲鳴を上げたりして、全員が床に伏せた。10分間続いた。10分間だ。恐ろしい10分間、誰もが床に伏せて自分の頭を腕でかばっていた」

「ものすごくたくさんの銃声が聞こえた。テロリストたちは非常に冷静で、決意に満ちた様子だった。3~4回は銃に弾を込め直していたが、叫ぶこともなかった。彼らは一言もしゃべらなかった」

 ただ、別の目撃者証言によると、銃撃犯らは「アラーアクバル(神は偉大なり)」と叫んで観客らに発砲したという。

 ピアースさんによると、観客らはわれ先に出口を探し、床に倒れた人を踏んで逃げようとした。ピアースさんは幸いステージ近くにいたため、「テロリストたちが銃に弾を込めている隙にステージによじ登って、出口を見つけた」という。

 ピアースさんは、襲撃犯の男たちは20~25歳くらいだったと話している。
【翻訳編集】AFPBB News
(記事引用)

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