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古事記と日本書紀はどうして書かれたか
歴史 サイト~
 古事記と日本書紀。共に7世紀に天武天皇の命令によって編纂された書物であることは学校などで習っていますね。でも、なんでわざわざ2つに分ける必要があったのでしょうか?そもそも古事記と日本書紀に違いはあるのでしょうか?

画像 日本書紀
Nihonshoki_

 まず、古事記ですがこれは天皇家による支配を正当化するために国内向けに書かれています。ですから、日本人に読みやすいように漢文体を組み替えた「日本漢文体」というのが使われていますよ。そもそも、古事記以前にも歴史書として500年代に編纂された「帝記」といわれる天皇の系譜が書かれたものや「旧辞(きゅうじ)」という伝承を記した書物はあったのですが、修正に次ぐ修正で歴史書としての真実味は失われていっていました。その他の歴史書も焼けてなくなってしまったりしていましたから「正しい歴史書を後世に残さなければならない!」という理由で天武天皇は歴史書の編纂を命じたのです。

 ・・・というのは、表向きの理由。本当は、もっと天皇による支配に正当性を持たせよう。都合の悪いところは消してしまえっていうのが本来の目的!?だったのでは?と一般的にはいわれています。

 ですから、天皇の先祖はアマテラスという女神ということになっています。日本列島を生んだのはイザナキとイザナミという神。そのイザナキの左目から生まれたのがアマテラス。そして、その子孫が初代天皇の神武天皇ってことになっているんです。日本を造った神様の左目から生まれたアマテラスが天皇の先祖なのだから天皇による支配は当然ってことですね。
Nihonshoki_tanaka_version

 さて、この古事記は「帝記」「旧辞」らを参考にし天武天皇の命によって編纂され(この最初の編纂は誰だかわかっていません)稗田阿礼(ひえだのあれ)というとんでもなく記憶力のいい人物に暗記させました。この稗田阿礼という人物は男か女かもわかっていません。
 古事記の序文に「一人の舎人(とねり・役職)がおりました。その氏は稗田、名は阿礼。年は28歳。生まれつき聡明な人で、一度目に触れたものは即座に暗誦し一度聞いた話は心に留めて忘れることがありません。そこで天武天皇は阿礼に仰せ下されて、「帝皇の日継」と「先代の旧辞」を誦み習わせなさったのです。」と書かれているだけです。もしかしたら、稗田阿礼という人物は記憶力が抜群だったのですでに焼けてなくなってしまった書物なども頭に入っており、編纂に大きくかかわっていた可能性はありますね。

 その後、天武天皇が突然亡くなってしまったため、古事記の編纂は中断。およそ30年経った711年に元明天皇によって再開され、稗田阿礼に口述させた内容を太安万侶(おおのやすまろ)によって執記、編纂させたのでした。

 一方の日本書紀。こちらも天武天皇によって命じられ、川島皇子(かわしまのみこ)ら6名の皇族、6名の官人らによって681年から編纂がはじまります。古事記の編纂はすでに始まっていましたので稗田阿礼がまとめた資料をもとに編纂は進められたようです。

 古事記が全3巻であるのに対して日本書紀は30巻+系図1巻という多さ!古事記の完成が712年ですが、その頃、まだ日本書紀は完成していません。日本書紀の内容を見ると藤原氏の地位の高さが強調されている部分がありますので藤原氏をはじめとする有力者の意見などが、まぁ~うるさかったんでしょうね。完成したのは720年になります。

 天武天皇の子である舎人親王(とねりしんのう)によってまとめられ、やっと完成です。
 
  古事記 日本書紀 
発起人 天武天皇 天武天皇 
完成年 712年 720年 
巻数 全3巻 全30巻+系図1巻 
編纂者 稗田阿礼が語り、太安万侶が筆記、編纂 皇族、官人らが中心となって編纂。舎人親王により完成 
特徴 天皇家の歴史を中心として物語風に書かれている 年代を追って出来事を記す編年体 
収録時期 天地初発から推古天皇まで 天地開闢から持統天皇まで 
表記 日本漢文体 漢文体 
目的 天皇家を中心とする国家統一の正当性(国内向け) 国外に国家としての日本のアピール(国外向け) 

 以上のように書かれている内容は重複する部分があるものの古事記と日本書紀には結構な違いがあるわけですね。さらに古事記は物語風に書かれているためドラマチックに感じるところもあるのですが、日本書紀は結構淡々と語られるような感じで書かれています。

 大地が生まれ、神々が登場するくだりなどは古事記では、こと細かに書かれているのに対して日本書紀では、ダイジェスト版のような感じで駆け足紹介。また、内容としても三柱の神を古事記では性別のない独り神としているのですが、日本書紀では男神とされているなど、細かな点での相違はいくつかみられます。

 また、古事記の参考文献は「帝紀」と「旧辞」だけですが、日本書紀では豪族の墓記、政府の公的記録、個人の覚書、手記、百済の文献など多くの資料を参考として編纂されたようです。

 学校では、完成の年と編纂者、表記や目的くらいしか教わることはないと思いますが、実際に現代語訳されたものを読んでみると皆さんゲームや漫画でおなじみのイザナキ、イザナミ、アマテラス、スサノオ、ツクヨミ、クシダナ、ヤマタノオロチ、ヤマトタケルなどが登場し、物語としても面白いですよ。
(記事引用)

ウイキペディアによる「日本書紀」
『日本書紀』は、奈良時代に成立した日本の歴史書。日本に伝存する最古の正史で、六国史の第一にあたる。舎人親王らの撰で、養老4年(720年)に完成した。神代から持統天皇の時代までを扱う。漢文・編年体にて記述されている。全30巻。系図1巻が付属したが失われた。

記紀編纂の要因
乙巳の変(いっしのへん、おっしのへん)で中大兄皇子(天智天皇)は蘇我入鹿を暗殺する。 これに憤慨した蘇我蝦夷は大邸宅に火をかけ自害した。 この時に朝廷の歴史書を保管していた書庫までもが炎上する。 『天皇記』など数多くの歴史書はこの時に失われ、「国記」は難を逃れ中大兄皇子(天智天皇)に献上されたとあるが、共に現存しない。 献上されたことが事実であったとしても、天智天皇は白村江の戦いにて唐と新羅連合に敗北しており、記紀編纂の余裕はなかったと推測される。
既に諸家の帝紀及本辭(旧辞)には虚実が加えられ始めていた。そのために『天皇記』や焼けて欠けてしまった「国記」に代わる『古事記』や『日本書紀』の編纂が、天智天皇の弟である天武天皇の命により行われる。
まずは28歳の稗田阿礼の記憶と帝紀及本辭(旧辞)など数多くの文献を元に、『古事記』が編纂された。その後に、焼けて欠けた歴史書や朝廷の書庫以外に存在した歴史書や伝聞を元に、さらに『日本書紀』が編纂された。

なお、近年になって笹川尚紀が持統天皇の実弟である建皇子に関する記事に関する矛盾から、『日本書紀』の編纂開始は持統天皇の崩御後であり、天武天皇が川島皇子に命じて編纂された史料は『日本書紀』の原史料の1つであったとする説を出している。
なお、『続日本紀』和銅2年(714年)2月戊戌条に記された詔によって紀清人と三宅藤麻呂が「国史」の撰に加わったとする記事が存在しているが、『続日本紀』文中に登場するもう一つの「国史」登場記事である延暦9年(790年)7月辛巳条に記された「国史」が『日本書紀』を指し、かつ『続日本紀』前半部分の編纂の中心人物であった菅野真道本人に関する内容であることから、菅野真道が「国史」=『日本書紀』という認識で『続日本紀』を編纂していたと捉え、紀・三宅の両名が舎人親王の下で『日本書紀』の編纂に参加したことを示す記事であると考えられている。

『日本書紀』とする説
この説を支持する根拠は、古写本と奈良時代・平安時代初期のように成立時期に近い時代の史料がみな『日本書紀』と記していることを重視する点である。例えば、『弘仁私記』序、『釈日本紀』引用の「延喜講記」などには『日本書紀』との記述がみられる。初出例は『令集解』所引の「古記」とされる。「古記」は天平10年(738年)の成立とされる。『書紀』が参考にした中国史書は、『漢書』・『後漢書』にて見られる体裁のように、全体を「書」としその一部に「紀」を持つ体裁をとる。そこで、この説の論者は、現存する『書紀』は中国の史書における体裁をあてはめると『日本書』の「紀」にあたるとして、『日本書紀』と名づけられたと推測する。
神田喜一郎は書名を本来『日本書』であったとする。『日本書』という題名の下に小字で「紀」としるし、これが『日本書』の「紀」であることを表示したが、伝写を経る間に『日本書紀』となってしまったとする。
なお、平安時代初期には『続日本紀』と対比させる意味で、『前日本紀』と称している事例もある(『日本後紀』延暦16年2月乙巳条所引同日付詔)
(ウイキペディア)


サウジアラビア国立博物館蔵 国内展示
移牧民や遊牧民が墓や祭祀施設に立てた『人形石柱』。こうした石柱・石板などはアラビア半島各地に残っている  前3500~前2500年頃 カルヤト・アルファーウ出土 サウジアラビア国立博物館蔵

初来日! イスラーム発祥の地「サウジアラビア」の絢爛たる「至宝」
執筆者:フォーサイト編集部 2018年2月13日
アラビア半島は、古代から重要な交易路が張り巡らされ、諸文明が繁栄してきた。このアラビア半島の大部分を占めるサウジアラビア王国は、アラビア語で「サウード(家)によるアラブ(の王国)」という意味を持つ専制君主国。マッカ(メッカ)とマディーナ(メディナ)というイスラーム教の2大聖地を擁するイスラーム世界の中心的存在だ。

アラビアの道-サウジアラビア王国の至宝 / 表慶館     2018年1月23日(火) ~ 2018年3月18日(日)
  
人形石柱 カルヤト・アルカァファ出土 前3500~前2500年頃 サウジアラビア国立博物館蔵
古代より交易路が張り巡らされ、人々と諸文明が行き交ったアラビア半島。
本展では、その躍動的な歴史と文化を示すサウジアラビア王国の至宝を日本で初めて公開します。100万年以上前にさかのぼるアジア最初の石器、5000年前に砂漠に立てられた人形石柱、ヘレニズム時代やローマ時代に賑わった古代都市からの出土品、イスラームの聖地マッカ(メッカ)のカァバ神殿で17世紀に使われた扉、サウジアラビア初代国王の遺品(20世紀)など、400件以上の貴重な文化財をとおして、アラビア半島の知られざる歴史をお楽しみください。
(記事引用)






「神洗神社」の由来
かみあらい、といっても地元民でさえ知らない人が殆どで、ましてやその場所さえ知らない。
それもそうで写真を見る限りでは、古色蒼然とした祠づくりで、それらしいが、40年前に修理してきれいにした。それ以前では朽ち果てて痕跡すらなかったという。

神社本体の格式とか歴史的価値とか、それらは物理的な社家とか境内面積とは本来無関係だが、日本の神社仏閣を見る限り、「広大な敷地と見事な建築様式」とそれが一体化し評価されるようだ。

比較にはならないがエジプト、ピラミットの巨大さは、それだけで崇めたいという気持ちになる。

そうした意味からするとこの「神洗神社」の規模はコンマ数パーセント程度しかならないが、調べれば調べるほどに格式巨大さがわかってくる。如何せん、小ささゆえの存在感が、知名度を低くしている。

この度の、オリンピックサーフィン会場としての「釣ヶ崎」志田下ポイントは、そのむかし、「タマヨリ姫」御神体が打ち上げられた浜辺として伝承されている。

古来より神が拠り、そこにヒトが棲むという原始人間の物語が、この場所にはあった。
その話しを、この近代的コンテンツのパソコンで綴るという因果は、日本ならではの手法であり、それができることを誇りにおもう。

伝承説話.1

釣ヶ崎(つるがさき)、その奥に控える「御神体」、すべての神事はここからはじまった。その歴史は「延喜式神名帳」によれば2600年前にさかのぼるという。 

あかる(珠)伝説

古代の人々は海から寄せられた石に霊力を感じ、これを光り輝く神として祀っていました。

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九十九里浜地方に見られるこのような寄石伝説が一宮では明(あか)る玉(珠)の伝説として多く伝えられています。

 一宮に汐汲みの翁がいて、ある早朝海辺で汐を汲んでいると東風(こち)が吹いて波間に光る12個の明(あか)る玉が現れた翁が持ち帰ると夜になってピカピカ光を放つのであわてて玉前神社の神庫に納めたという。

8月12日の晩に一宮の五兵衛という男に夢のお告げがあり、次の朝弟と海に行くと、東風が吹いて光る錦の袋が流れてきた兄弟はその袋を拾い上げ持ち帰って中を見ると、袋の中に光る珠が入っていたので神社を建て、その珠を納め、風袋(ふうたい)姓を名乗ったというその珠が12個あったともいい、珠を納めた神社が玉前神社であったともいわれている。

玉前神社のご例祭で12社の神輿が釣ヶ崎の海辺に会合するのはこれら12個の珠の説によるものともいわれ、このような12個の珠が2個の説、1顆の説もあります。
※1) 玉の信仰 (玉前神社~ HP  )


おおよそ1300年前の、その神話世界が、こんにちまで伝承され、そして継承維持されていることは稀なことだ。  

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その祭りを支える石文に刻印された外氏子の名簿名



 








上総国の歴史変遷 
伝承説話.2

上総権介広常(かずさごんのすけひろつね)自著ブログ~
826年、天長3年に初めて3国の太守に任じられたのは、賀陽親王(常陸太守)、仲野親王(上総太守)、 葛井親王(上野太守)で、いずれも桓武天皇の皇子である。
※仲野親王(なかのしんのう)は、平安時代初期から前期にかけての皇族。桓武天皇の第十二皇子。宇多天皇の外祖父。官位は二品・大宰帥、贈一品・太政大臣。
上総広常(かずさ ひろつね)は平安時代末期の武将、豪族。上総権介上総常澄の八男(嫡男)。上総介広常 (かずさのすけひろつね)の呼称が広く用いられる。
房総平氏惣領家頭首であり、東国最大の勢力であった広常の加担が源頼朝挙兵の成功を決定付けたとも言われる。上総氏は上総介あるいは上総権介(かずさごんのすけ)として上総・下総二ヶ国に所領を持ち、大きな勢力を有していた。上総は親王任国であるため、介が実質的な国府の長である。

甲冑 「萌黄縅胴丸」(もえぎおどしどうまる)一宮町指定文化財 有形工芸品
かつて上総権介広常が源頼朝の東国泰平を祈願した願文をそえ、玉前神社に甲冑一式を寄進した(戦国末期の戦乱により焼失)
故事に因み、天保14年(1843)、一宮藩主加納久徴が寄進したものと伝えられる。

その縁で長い間、甲冑「萌黄縅胴丸」を保管していたのが上総国一宮玉前神社である。

『延喜式神名帳』には、以下に示す大社1座1社・小社4座4社の計5座5社が記載されている。

大社1社は、名神大社である。
埴生郡
玉前神社 (長生郡一宮町一宮) - 名神大社

長柄郡
橘神社 (現 橘樹神社、茂原市本納)

海上郡
島穴神社 (市原市島野)
姉埼神社 (市原市姉崎)

望陀郡
飫富神社 (現 飽富神社、袖ケ浦市飯富)

総社・一宮以下
総社 戸隠神社 (市原市惣社) - 鎮座地名が「惣社」であることから、総社であったと推定されるが未詳
一宮:玉前神社
二宮:橘樹神社
三宮:三之宮神社
このほか、市原市八幡の飯香岡八幡宮が「総社八幡」であった。
中世以降、飯香岡八幡宮が総社として機能した。

学問的見地で捉えた上総地方玉前神社
文化政策の基礎知識――国は文化にどう関わるのか?
垣内恵美子 / 文化政策 SYNODOS 2015.05.15 Fri
日本に文化政策はあるのか。そういう疑問をお持ちの方も多いと思う。文化は大切であるという一般論には多くの方が賛同されるだろうが、実際の範囲や価値となると人によって考え方に大きく違いがある。
 
また、文化の多くは、必ずしも市場で成り立つわけではなく、何らかの支援が必要だということになるが、一方で、自由な表現である文化活動にそもそも支援が必要なのかという疑問もある。芸術家はハングリーでなければならない、というわけだ。
 
また、支援が必要であるとしても、誰の負担で、どこまで、どのようなかたちで支援するべきか、といった様々な論点が出てくる。ここでは、日本の文化政策に関し、実際に何を目指して、どのようなことを、誰が行っているのかを簡単に紹介し、課題や方向性について述べたい。 
 
わが国における文化政策の歩み
 
公共政策とは、国や地方公共団体などの政府機関が、なんからの政策目的をもって行う行為である(もちろん、何もしないという選択肢も含まれるが)。文化政策もまた、文化を守り育て、次世代に継承していくことを目的とした公共政策であるといえる。
 
日本において、国による文化政策がもっとも強力に行われたのは、おそらく明治維新の後であろう。
当時、植民地化を避け、西洋列強諸国にキャッチアップするため、西洋文明の導入が急ピッチで進められた。文明開化と呼ばれるこの動きのなかで、西洋にルーツをもつ芸術もまた積極的に取り入れられた。現在使われている「文化」は「文明開化」に由来する造語であるとも言われている。実際、この影響がいかに大きかったかは、今日ほとんどの日本人が西洋音階を理解し、30を超えるプロフェッショナルオーケストラが日本で活動していることからもわかる。
 
一方で、開国後待ったなしで行わなければならなかったのは、固有の伝統文化の保護だった。優れた美術品の海外流出に歯止めをかけるために、守るべきものをリストアップすることから始まった文化財保護は、廃仏毀釈によって荒廃した寺院などへの支援、史跡や天然記念物の保護といった独自の展開を遂げ、現在の文化財保護法とその体制につながっていく。
 
第二次世界大戦後、日本は、平和で文化的な国家の建設をスローガンに掲げたが、実際には経済的な発展に邁進した。戦前の文化に対する国家検閲の反省もあいまって、文化に関わる政策はきわめて控えめなものであった。それでも、経済社会の大きな変化のなかで、人々の意識も大きく変わっていった。
 
モノの豊かさよりも心の豊かさを求める人々が多くなるのは1980年代以降であり、各地にミュージアムや劇場などの文化施設が地方自治体によって建設された。ハコモノ批判も根強いものの、公の施設を民間の能力も活用して運営し、住民サービスの向上や経費縮減を目指す「指定管理者制度」の導入を契機に、効率的な運営の試みが進んでいる。指定管理者制度については、現場での批判も強いが、住民サービスの視点が明確化されたことは、今後、文化施設が地域連携を進める上で重要なことであろう。
 
一方、文化財保護に関しては、戦前の仕組みを統合して、世界的にも先進的な制度を構築した(文化財保護法:1950年制定)。例えば歌や踊りなどの無形文化財を保護するために、「わざ」を体現している人をいわゆる人間国宝(保持者)とすることで、そのわざを次世代に繋げようとした。

この仕組みは、その後の無形遺産条約の成立にも大きく貢献した。また、文化財は現状変更を許さない保存が基本だが、近年では、歴史的な建物について、外観を中心に保存し、建物内での人々の生活や生業と折り合いをつけながら、文化財として保護する仕組みも出来てきた(重要伝統的建造物群保存地区など)。 
 
文化芸術振興基本法による政策対象の明確化
 
公共政策には、一般に、政策目的を達成するため、規制や助成、指導、直接給付(例えば国立の劇場やミュージアムでサービスを提供するなど)といった様々なツールが用いられるが、最強ツールは法律である。
 
従来、文化政策の分野では、著作権法や文化財保護法などの個別法があったが、とくに芸術文化活動の振興に関しては財政的な支援で対応してきた。しかしながら、例えば教育政策に教育基本法があるように、文化政策にも、目的や対象分野、国や地方公共団体の役割といったことを明らかにする基本法の必要性が指摘されていた。
 
このような基本法が成立するのは、21世紀に入ってからである(文化芸術振興基本法、2001年)。この法律は自民党から共産党まで、超党派の議員連盟が中心となって制定され、ここに至り、政策としてのかたちを整えることになった。
 
とはいえ、この基本法は、権利義務の付与といった強力な施策を盛り込むのではなく、文化振興の重要性を社会的に認知する宣言法としての性格が強い(文化庁予算は当時若干増加したが)。ただ、国が基本法をつくったことにより、地方自治体が文化振興条例をつくりやすくなり、また文化政策を住民や関係者に説明しやすくなったことは実感されている。
 
また、この基本法の特筆すべき点の一つは、従来の行政分野を踏襲したかたちではあっても、政策対象となる文化の分野を、芸術やメディア芸術、文化財、伝統芸能といった区分で例示したことで、これらの分野に限定されるわけではないが、政策対象の「文化」の大まかな範囲が明示されたことにあるといえる。 
 
文化庁(旧名称)は何をしているのか?
 
国レベルで文化政策を担う機関は、文部科学省の外局にあたる文化庁で、教育政策と一体的に実施するという体制になっている。ちなみに、例えばフランスでは文化・コミュニケーション省が中心であり、お隣の韓国では、文化財保護とスポーツ観光を一体的に所掌する機関(文化体育観光部)によるなど、それぞれの国で違いがある。
 
文化庁リンクの所掌範囲は、大きく分けて、文化財保護、芸術文化振興(宗務行政や国語の振興を含む)、インフラ整備としての著作権保護となろうが、実際の予算や行政事務のボリュームから言えば、先に述べた明治近代化の時期の動きにも連動して、大きく二つに分けられるだろう。
 
一つは日本の伝統文化の保存継承を中心とする文化財保護の分野であり、文化財指定や修復などの助成、史跡買い上げといったことが含まれる。もう一つは主として、明治期に導入された西洋芸術を含む芸術文化振興で、ときに現代舞台芸術とも言われるオペラやオーケストラ、バレエ、演劇などの公演や、ミュージアムへの助成、芸術家支援などである。
 
国立の文化施設の運営も大きな部分を占める。例えば新国立劇場は、現代舞台芸術を公演する劇場だが、歌舞伎や能、文楽といった伝統芸能を公演するのは、ここ国立劇場である。いずれも国が建設した劇場だが、それぞれ必要とされる設備や装置が異なり、同一の劇場で公演することは難しく、管理運営主体も分かれている。
 
この他、文化庁の施策のなかで特筆すべきは、文化勲章や文化功労者といったかたちで社会的にその業績を認知する顕彰制度であろう。芸術家の海外派遣などの支援とともに、人材育成の観点からも重要なものである。 
 
日本の文化予算は多いのか、少ないのか?
 
それでは、今現在、どのくらいの予算がこの文化政策のために使われているのか。文化振興を目的とする文化庁予算は、例年、約1000億円、国の一般会計予算の約0.1%程度で推移している。2014年度予算では、文化財保護の予算が4割強、国立の美術館・博物館などの文化施設関係で約3割、芸術文化の振興が約2割である。
 
単純に人口で割れば、国民一人あたり年間800円強となるが、これは少ないのだろうか。ここでよく国際比較がなされるが、国によって考え方も仕組みも随分違うため、一概に比較するのは難しい。アメリカのように民間主導で、多数のNPO法人の活動や寄付に対する税制優遇措置を中心に組み立てる国もあれば、フランスのように中央政府が大きな役割を果たし、国家予算の1%を充当するという国もある。とはいえ、日本は、その国力に比して少ないことは否めない。
 
一方、文化庁以外にも多くの省庁で、文化への支援がなされている。地方振興策の一環として総務省がこれまで多くの支援を行ってきたが、近年は、まちづくり(国土交通省)や、観光振興(観光庁)などで積極的な施策が行われており、様々な政策分野で文化の重要性が高まっていることを反映しているといえる。
 
国に加えて、地方自治体も多くの予算を文化振興に当てている。2012年時点で、約3000億円強、文化庁予算の3倍にのぼる。ただ、ピークだったのは、バブルが弾けた後の1990年代で、9000億円を超えていた。このときに比べれば3分の1になったわけだ。
 
地方自治体の文化予算は、国と異なり、文化財関連は少なく、主に芸術文化経費で、なかでも1700を超えるホールや、4000を超える博物館など、文化施設の建設維持管理である。市町村数が約1700程度であることを考えれば、全国どこに行ってもなんらかの文化施設があるわけで、文化活動のインフラは整ったと言ってもよいだろう。これらをどのように活用して、住民サービスや地域の活性化につなげていくのかが喫緊の課題である。2012年にはいわゆる劇場法リンクも成立し、劇場のあり方とともに、人材養成や地域連携に向けた方策が示されている。
 
近年の大きな変化は、国や地方自治体だけでなく、文化を支える民間の存在が大きくなったことであろう。企業・企業財団による芸術文化支援(企業メセナ)は、音楽や美術分野を中心に幅広く行われ、総支援額は約950億円と推定されている。
 
また、阪神淡路大震災を契機として成立した特定非営利活動促進法に基づくNPO法人のうち、学術、文化、芸術またはスポーツの振興を図る活動を行うものは約17000、全体の3割を超える。法人改革と合わせて、寄付がしやすい税制も導入されつつあるなか、先にも述べたアメリカの事例が示すように、寄付へのインセンティブや、文化支援が行いやすくなる制度づくりも、文化政策の重要な政策課題である。

文化の潜在的な可能性と文化政策領域の拡大
 
これまで述べた狭義の文化政策に加え、先に述べたように、近年はまちづくりや観光に関連する各種政策の重要性が高まっている。グローバリゼーションと海外への生産拠点の移動は世界的な潮流だが、とくに地方経済に与える影響は極めて大きい。人口減少、高齢化のなかで、工場誘致や公共事業だけでなく、どのように雇用を維持し、創出するのかは喫緊の課題である。
 
一つの大きな可能性は、国際的にも成長産業である観光産業である。日本の長い歴史のなかで育まれた生活文化を含む伝統文化、そして各地に残る文化財は、国際的競争力もあり、観光の大きな魅力となりうる。
 
2度目のオリンピックに向けて、文化プログラムの重要性も認識されるようになった。しかし、振り返ってみれば、高度経済成長期、初めてのオリンピックを迎えた東京では、短時間で安価に物流の改善をはかるため、重要文化財でもある日本橋の上に高速道路を架けた。このことが後に大きな論争を呼んだのは周知の通りだが、当時の資料からは、この建設に反対する人はほぼ皆無だったことがわかる。
 
いったん失われた景観を取り戻すにはさらに大きなコストがかかる。こういった事例は全国で枚挙に暇がない。文化的景観や歴史的町並みを、住民サービスとともに観光資源として活用しようという熱気を強く感じるようになった昨今だが、オリンピックの後に何を残していくのか(オリンピック・レガシー)まで考えた対応が必要だろう。
 
一方で、芸術活動への期待も大きい。金沢21世紀美術館のような現代アートの持つ誘客力やイノベーションに期待する声もある。最近では文化芸術の「創造性」を活かして産業振興や地域再生につなげようとする、「創造都市」といった概念も語られるようになった。
 
 文化創造都市と創造産業
 
素晴らしいウォーターフロント、トレンディなバーやレストラン、寛げるカフェ、そして豊かな芸術文化など、都市が提供する文化的な環境が人を惹きつけるという認識が、国際的にも高まっている。クリエイティブ・クラスと呼ばれる、個人の才能を元に経済的な豊かさをもたらす職業人(建築、芸術、ビジネス、法律など)を惹きつけることができる都市こそが発展できるといった主張もある。
 
一方で、個人の創造力に大きく依拠する産業を、成長セクターとして育成することに力を入れる事例も出てきた。英国では、広告や芸術、デザイン、ファッション、映画・映像、コンピューターサービスといった分野がこれら創造産業であるとされ、実際、創造産業が粗付加価値の5.2%を産出、総労働者数の5.6%にあたる170万人の雇用を創出したと推計されている。
 
国際的な都市間競争が激化するなか、とくに産業空洞化や経済衰退に直面する欧米諸国では、文化や芸術を含め、個人の創造性に依拠する新たな成長産業への期待は大きく、EU産業政策の主要な対象分野の一つとなり、UNESCOにおいても、創造都市ネットワークの構築も始まっている。
 
文化と創造性をめぐるこれら魅力的な考え方は、しかしながら、その定義さえ統一されておらず、客観的な検証はこれからだ。そもそも、産業構造の高度化に伴って、全産業で創造性やイノベーションの重要性が高まるなか、どの産業、職業が創造的なのかといった線引きは現実にはかなり難しい。
 
また、統計データによればやや違った様相も見えてくる。少なくとも日本では、21世紀初頭において全産業の生産額や粗付加価が微増するなか、いわゆる創造産業は縮小した。また、中核をなす動画やゲームなどのコンテンツ産業の市場規模も直近で約12兆円、成長しているとは言い難い。
 
さらに、情報系のサービスは大都市に集中しており、とりわけインターネット関連で圧倒的なシェアを占めるのは東京である。また、市場規模が大きなファッション産業はすでに製造拠点の多くが海外に移され、伝統工芸産業はといえば、ここ20年で生産額、従事者数ともに6割以上減少した。芸術家も圧倒的に都市部に集中しており、大きな経済と市場(仕事)のある所に集まっていることがわかっている。
 
文化と経済を結びつける考え方は必ずしも新しいものではなく、これまでもいろいろなかたちで試みられてきた。かつての基幹産業を代替するような新産業を育成するのは決して容易ではないものの、生活の質の向上や、地域コミュニティの一体感の醸成などといった社会的な効果は大きく評価されている。
 
文化の社会的意義とベネフィット
 
文化や芸術の中心的な価値は、市場で取引しにくい。基礎科学や研究などと同様、すぐにお金にならないどころか、長期にわたり継続した投資が必要であり、また、その価値を市場価値に変えていくためのノウハウや仕組みも必要である。しかし、ここにこそ文化政策の本来的な役割があると思う。そして、この役割は変化しているように思われる。
 
文化予算は到底十分とはいえない一方で、各種世論調査からは、多くの人々が文化を大切に思い、誇りに思っていることがうかがわれる。このギャップはなんだろうか。この素朴な疑問に応えるべく、多くの調査を行った結果わかってきたのは、まず、文化を守り育てることに対しては、多くの人々が一定程度賛同するということだ。
 
その理由は、市場ではなかなか取引できない遺贈価値やまちの魅力を高めるといったことにある。耳慣れない言葉かもしれないが、遺贈価値とは、将来世代に残したいという気持ちである。そして、この推定総額はかなり大きく、文化予算を一定程度拡充することにはコンセンサスが得られるのではないかと思われる。
 
ただ、重要な点は、この支払いにすべての人が納得するわけではないということである。つまり、社会のごく一部の人たちが文化を非常に大切に思い、多くの支援をしたいと考える一方で、大多数の人々はそれなりの支援意志の表明にとどまっている。このことが、政府の文化予算拡大を阻む一つの理由ではないだろうか。
 
実際、財政状況が逼迫すると真っ先にカットされるのが文化予算である。また、ここから導かれるのは、文化を大切に思う(大きな便益を感じる)人々から、応分の負担を得る仕組みを構築することの重要性であり、このための条件整備がこれまで以上に求められるだろう。
 
文化は、政治的争点になりにくく、言ってみれば、政党レベルではなく、議員個人レベルでの活動に終始してきた。実際、党派を超えて集まった議員による文化芸術振興議員連盟は、先述の文化芸術振興基本法や劇場法の成立にも大きく貢献している。しかし、このままでよいのだろうか。
 
文化大国として知られているフランスが、なぜ多くの国家予算を使って文化振興をしているのか、これはパリ大学の研究者から聞いた話である。
 
第二次世界大戦において、フランスでは、ナチスドイツの侵攻により傀儡政権が成立、多くの有志がレジスタンス活動を行った。そのとき、レジスタンス戦士たちは、フランスがドイツに容易に占拠された理由(の一つ)として、国民がフランスという国を自らの命をかけてまで守るべきものと思わなかったことがあると理解したそうである。この反省が戦後フランスの文化政策の底流にある考え方となった。文化は国を守るのではなく、守るに値する国をつくるものである、と。
 
今日、日本は大きな転換期に直面している。東北大地震とその後の原子力発電所の崩壊により、これまでのような大量エネルギー消費の生活を見直し、持続できる社会をどう築いていくのか、考えざるを得ない状況となった。このなかで、自然環境や歴史性を大切にし、既存の文化的ストックを活かしながら、文化的価値を新たに生み出し、心豊かな生活を送っていくことの大切さ、さらには、将来に何を残していくのか、考えてもよい時期が来たのではないだろうか。
※垣内恵美子著 (自著ブログ~部分抜粋)


2月14日 打ち合わせ前の一休み(編集 筆者) 削除

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玉前神社十二社祭に関する関連資料サイト
 京都精華大学 pdf







金融から紐解く、世界の「今」
山岡 浩巳 , CONTRIBUTOR フォロー 2018/02/03 11:00
1987年に公開された伊丹十三監督の映画「マルサの女」は、脱税のため現金の流れを隠そうとする人々と、その流れを突きとめようとする国税査察官の攻防を描いている。
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パチンコ屋では現金にマジックで印を付け、「ラブホテルで、証拠の残るクレジットカードで払いたがる奴がいるか!?」と喝破するマルサの女。これらは、現金が「価値」以外の情報を持たず(=「匿名性」が高く)、受け渡しとともに支払が完了する(=「ファイナル」になる)という性質を反映している。

「いつもニコニコ現金払い」という言葉が示すように、商売をする立場からは、このような現金の性質にはありがたい面がある。

例えば、駅の売店で、改札口から駆け込んできた見知らぬ人が、千円札でタバコを買ったとしよう。その5分後に別の人が駆け込んできて、「さっきの人が使った千円札は、10分前に私から盗んだものです。だから返してください」と言われても困るし、それをいちいち心配しなければいけないようでは、安心して商売ができなくなってしまう。

そうした心配をしなくても良いように、現金については、かねてから学説により「占有とともに所有も移転する」という考え方が打ち立てられ、「動的安全」が強く保護されてきた。

一方で、このように動的安全が保護されているということは、逆に言えば、落としたり盗まれたら一番危ないのも現金だということになる。国内ではもっぱら現金を使っている人々も、海外旅行に行く時だけは大量の現金は持ち歩かず、クレジットカードを使う人も多いのではないだろうか。クレジットカードなら、落としたり盗まれても、支払を止めることができるからだ。

仮想通貨の一つの特徴も、その「匿名性」(正確に言えば「仮名性」)にある。仮想通貨に適用されている暗号技術は、その多くが「匿名性」を作り出すためのものである。それだけに、現金同様、「落としたり盗まれたら非常に危ない」ものでもある(仮想通貨を預かる先の「鍵」の管理が、他の手段にも増してきわめて重要になるのも、このためである)。

クレジットカードやデビットカードといった他の「キャッシュレス手段」とは異なり、「匿名性」を作り出す代償として、リスクも負っているのである。仮想通貨に投資をする人々は、このことを十分に認識しなければいけないし、関係者もこの点について、きちんと説明することが求められる。

「増えるけどいつでも使える」お金なんてない

仮想通貨はそもそも法定通貨ではない以上、それが支払決済に使えるかは、ひとえに「相手側がそれを受け入れてくれるかどうか」にかかっている。よって、「仮想通貨は世界中で使える通貨」という言い方は、かなりミスリーディングである。

また、仮想通貨は裏付けとなる資産を持たず、債券や株とは異なり、持っていても利子や配当が得られる訳ではない。究極的には何らかの財やサービスと交換しないと、その価値を具現化することはできないものである。

一方で、値動きの激しいものは、支払決済にはなかなか使われにくい。明日値上がりすると思うものを、今日の支払には使いたがらないだろう。また、明日値下がりすると予想されるものを、受け取りたがる店もないだろう(だから、インフレやデフレは経済にとって有害なのである)。値動きの激しい仮想通貨が、若干なりとも支払決済に使われているとすれば、誰かがその価格変動リスクを負担しているわけだが、そうしたリスク許容度には限界もあるはずだ。

仮想通貨が「支払決済手段である」ことと「投機的投資の対象である」ことは、本質的に相反するものなのである。「自分が投機をする間は値上がりを続けるが、使う時には急に価格が安定して広く使える」といった夢のようなお金は、ないと思った方が良い。

冒頭紹介した伊丹十三監督の別の映画「タンポポ」では、売れないラーメン屋を、通りすがりの人々が力を合わせて立て直していく物語が描かれている。夢は、お金そのものの中にあるわけではない。お金の「使い道」の先に、人間が作っていくものである。
(記事引用)


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上総屋rza012

♪タラボラ804






東京オリンピック・パラリンピックに係る千葉県関係の総経費(試算)について
発表日:平成30年2月1日 更新日:平成30(2018)年2月2日
総合企画部東京オリンピック・パラリンピック推進課

東京オリンピック・パラリンピックに係る県関係の経費について、昨年1月時点で合計150億円~180億円と試算したところです。

今回、平成30年度当初予算編成に当たり、開催準備の進捗状況等を踏まえ、あらためて試算した結果、合計で160億円~180億円となりました。このうち、平成29年度までの執行見込みは約36億円となり、平成30年度当初予算案では、約34億円を計上しています。

なお、試算後も引き続き180億円の範囲内となる見込みです。

1.県関係経費の概要
平成26年度から平成32年度までの7年間で見込まれる経費は次のとおりです。

(1)2020年の大会開催にあたり直接要する経費…28億円
キャンプ・国際大会の誘致・受入(4億円)
アスリート強化支援(6億円)
オリンピック・パラリンピック関連施設整備市町村貸付金(10億円)
機運醸成等(8億円)
(2)大会開催に伴い前倒実施し、大会後もその効果が継続する取組に関する経費…130億円
大会後も経済・観光振興、地域の活性化、スポーツ振興、県民生活の向上等の効果が期待できる取組

大会関連施設の改修等(63億円)
総合スポーツセンターの改修(34億円)
観光客受入体制整備等(24億円)
バリアフリー化の推進(8億円)
テロ対策など危機管理対策等(1億円)
 
(1)+(2)=158億円(約160億円)

(3)今後の支出の上振れ等に対応する分(予備)…20億円
建築資材の高騰
一宮町が検討を進めている上総一ノ宮駅東口改札口整備に対する支援
東京パラリンピックの聖火リレー  など
(4)合計
合計(1)+(2)+(3)≒ 180億円

2.前回試算との比較
前回試算との比較(PDF:210KB)
3.県の総経費における財源
県の総経費における財源(PDF:192KB)

【参考】平成30年度当初予算案における東京オリンピック・パラリンピック関連の主な事業
平成30年度当初予算案における東京オリンピック・パラリンピック関連の主な事業(PDF:210KB)
(記事引用)


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2020年東京オリンピックサーフィン」会場神輿設置委員会 (仮称<2018.2.14.発起日)


画像 この東海上が戦いの場となる
IMG_996





























【2020年東京オリンピック】サーフィン競技開催地は千葉県の志田下ポイントに決定!

2016年12月8日am7:00、東京オリンピック2020のサーフィン競技開催地が千葉県・一宮町・釣ヶ崎海岸(志田下ポイント)に決定した!

引用サイト https://www.namiaru.tv/news/?p=36555 

東京のオリンピックのサーフィン競技人口は?

オリンピック追加種目発表時と変わらずサーフィン種目は2種(ショートボード男女)、世界で男子20名、女子20名の40名が選定され競技する予定。

その中でまだ日本人枠やアジア枠が何名かはまだ決められていない。この世界で40名という狭き門に選手達が選定される事がキーになってくるだろう。

志田下ポイントが開催地と決定した今、2020年に向けてインフラの整備など多くの課題が残っているのも事実だ。


今後一宮町がすべき事は?

人口1万2000人の小規模で決められた予算の中、多くの来場者や選手達などを迎えるにあたり一宮町へのアクセスや設備の改善は必要不可欠だ。

まず最初に行われるべきは上総一ノ宮駅の整備だと一宮の馬淵町長は語る。

東口がなかったり、踏切が狭いといった問題を、大勢の人が訪れるオリンピックまでに改善していく予定。

また一宮町までのアクセス道路を増やす事も課題に。

現在一宮町へのアクセスは九十九里有料道路はあるが圏央道からのアクセスがないという問題がある。


茂原まで作られている途上にある茂原・一宮・大原道路(愛称:グリーンライン)を一宮町まで早く開通させる事や、一宮町に直結している道路の整備改善などでさらにアクセスを良くさせる必要がある。

さらにはオリンピック会場である志田下ポイントの整備も重要になってくる。その中で多くの来場が見込まれるオリンピック期間中だけに視点を注ぐのではなく、実際に作られた設備がオリンピック開催後も「正の遺産」として実際に機能し、地域全体に潤いをもたらしてくれる事を前提として計画立てる必要があるだろう。


サーフィン開催競技場 志田下ポイントでの整備は?

通年コンスタントに波があり、サーフィンする条件が良い理由で選定された志田下ポイントでは、特別環境を変える為に砂を入れるなど海に対して何かするという事は現在(※2016/12/8の時点)計画されていない。
今後は各方面でどこが中心なのか、また日本政府や千葉県がどう関わってくるのか、一宮町よりも財政力がはるかに大きい組織と協議を進めていく予定だ。
(記事引用)

 

趣旨

サーフィン」会場神輿設置委員会 (仮称2018.2.14.発起日)

2020年東京オリンピック推進準備神輿諸係(一宮町限定。範囲が拡大する場合も考えられる)

本会場設置とはサーフィン競技とは離れ、それを成功させるための「イベント」を企画し実行する設置組織である。


上総国「玉前神社」所蔵の大宮若宮神輿を出庫し、オリンピックサーフィン会場にて祭りを擬似的に演出し、またそれらの伝統芸能形態を世界にアピールすることが狙いである。


発足時(2018/2/14)段階では大宮若宮神輿としているが、本番リハーサル時点(2020年5月暫定)では相当数の神輿が全国から多数参集するという、未確認情報もあり、現時点でその数を把握するのは難しいが確定的に判っているのは例年十二社祭り(玉前神社十二社祭保存会)に登録参加している各
氏子集団で、大雑把な概算数で520名は確実に動員される。


「神洗神社」の由来・・・
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釣ヶ崎、その奥に控える「御神体」、すべての神事はここからはじまった。

その歴史は「延喜式神名帳」によれば2600年前にさかのぼるという。
 








その祭りを支える石文に刻印された外氏子の名簿名IMG_9935














玉前神社 一宮(本神社) 担夫数 大宮60 若宮60

南宮神社 宮原         大宮60 若宮60

玉崎神社 中原         大宮30 若宮30

玉前神社 椎木         大宮30 若宮30

鵜羽神社 岩井         大宮20 若宮20

玉垣神社 下之郷        大宮20 若宮20

三宮神社 北山田        大宮20 若宮20

谷上神社 谷上         大宮20 若宮20
合 計                  520名

  (※数は概算である。60名とは実質担夫数であり交代要員を加算すると30%上乗せ。実数は各神輿責任者から報告を受け、それによって正確な数を確定する。)

画像 神洗神
社の由来 掲示版

IMG_9949

「東京オリンピックパラリンピック」(サーフィン会場一宮)
この「東京オリンピックパラリンピック」に係る費用については、千葉県において既に予算化されており、「28億円」という金額が試案として確定している。また、その後の維持運営費用も含め、「180億円」が計上された。
(※詳細は千葉県オリンピック
推進課サイト参照)


ここで大切なことは、当該「サーフィン」会場神輿設置委員会の予算は、ここにまったく計上されていないということを念頭におく必要がある。
それはごく当然なことであり「本
神輿設置委員会」は私的団体であり、普段は9月13日大祭のためのみに参集する組織である。

(玉前神社秋季例大祭9月10.12.13日)

県のスタンスとしてはオリンピック・サーフィンが本件主題であり、その他の行事、イベント類については一切関与しない、というのが明記されている。そんなことをしていては予算が倍々に膨れ上がることははっきりしているからだ。
IMG_9943

したがって「サーフィン」会場神輿設置委員会、は独自に予算化しその提供スポンサーを探す必要がある。

そのためには神輿関係者の人脈をフル稼働して全国規模で「寄付金」を募る必要がある。



いまのところ、その規模の予算化だが、リハーサル時期になれば、さらに不足する設備が要求され、予算は2割増しを見込んでいる。それら全部を加算すると次の金額となる。詳細明細書は別紙にて添付することとする。



ー前頁より記事索引ー

建築資材の高騰 一宮町が検討を進めている上総一ノ宮駅東口改札口整備に対する支援
東京パラリンピックの聖火リレー  など
(4)合計(1)+(2)+(3)≒ 180億円


と参考までに書き出した。この件については2月14日の初回会議検討会(参加者16名)「
上総一ノ宮駅東口改札口整備」について説明があった。
町の建設対応では当初7億円という額が見積もられ、額の折り合いがつかず頓挫したかに見えたが、その後、「一宮町議会議長吉野」の尽力によってそれよりさらに減額した予算で作られることがわかり、現在その関係各部所と予算策定が進んでいる。この議題案については町議会賛成12反対3で可決に至った。
2020年オリンピックまでに完成したい、という町民の絶大な期待を馬渕町長は確実につなぐ必要がある。
また道路整備「南総一宮線ーグリーンライン」の再調査見積りの件も議会で検討されている様子で期待が寄せられている。

~~~ ~~~ ~~~

※当欄へコメントいただいた皆様へ 

この試案は千葉県
総合企画部東京オリンピック・パラリンピック推進課と町議会議長の資料をもとに、個人が私的範囲で作成したものである。よって千葉県「推進課」との連携はない。それによってもし不都合が生じた場合、県推進課と話し合い、相談する用意はある。同時に神輿本体は、玉前神社所蔵物でありそれが「オリンピック」という理由であるとしても神社以外、勝手に出すことはできない。
字の如し「門外不出」であり、それを祭り以外に「渡御」することはご法度である。かつて大昔にそれをして死人がでた、という風聞を耳にすることもあった。そんな厄を払拭するのは玉前神社の最高責任者である宮司に絶対的権限がある。

現段階ではコレまで書いたのは「試案」であり、確定でないことを明記しておく。また諸事に及ぶ神輿関連の話しは、案であって今後も関係他者の意見も訊く必要があり、それは随時、時間をかけて成功に導きたいと考えている。

昨今、ネット上の意見が槍玉にあがり炎上するとが多々増えている。いたずらにそのような結果にならぬようこちらも真摯に推し進めたい。是非皆様のご協力を頂きたいと切に願う。 (2018/2/16
)



故事伝承「神洗神社」
http://galapagosjapas.blog.jp/archives/29749806.html






コメント【rakino@sea.plala.or.jp】

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資金があったのに…」コインチェックのNEM流出にひろゆき氏が見解
 2018年2月10日 11時0分livedoor 2018年2月10日 11時0分 週プレNEWS
NEMが流出したコインチェックについて堀江貴文氏とひろゆき氏が話している
「手数料が高く売買差益も大きかったし、相当儲かっていたと思う」と堀江氏
ひろゆき氏は「資金があったのに技術者も増やさなかった」との見解を示した
ホリエモン×ひろゆきが仮想通貨の流出事件で「コインチェックに入社したら、イケそうな気が(笑)」!?

不正アクセスによって仮想通貨取引所「コインチェック」から仮想通貨「NEM(ネム)」が流出した事件。

『週刊プレイボーイ』の対談コラム「帰ってきた! なんかヘンだよね」で、“ホリエモン”こと堀江貴文氏と元「2ちゃんねる」管理人のひろゆき氏はこの事件をどう見たのか? ふたりが考える仮想通貨の安全性とは?

* * *
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ホリ 今週は「コインチェック」から580億円の仮想通貨「NEM(ネム)」が流出した事件について話せって担当から言われてる。毎日ニュースになっているし、金融庁が立ち入り検査したって話題だからね。

ひろ セキュリティ的にも経営的にも緩かったっぽいっすよね。記者会見を見ていても、ヤバイとすら思っていない感じが出ていておもしろかったです。

ホリ ははは。

ひろ 例えば「社員が不正を行なう可能性をどう避けるか?」ってことを考えると、経営的にはかなり大変ですよね。

ホリ ん? どういうこと?

ひろ 仮想通貨って、今回みたいに「ちょっとイジくれば数百億円を受け取れる」チャンスがあるわけですよ。極端な話ですけど、数百億円儲かるのがわかってるのなら、例えばコインチェックの入ってるビルごと買って、深夜に忍び込んでバックドア(一度システムに侵入した際、次回から簡単に侵入できるようにする経路)を仕掛ければ元が取れちゃいます。

ホリ おもろいこと考えるね(笑)。

ひろ アメリカ政府が作って、アメリカの軍隊が守っていたシステムでも、スノーデン元CIA局員みたいな内部犯にはかなわなかったわけですから、社員がこっそり盗んで素知らぬふりして出勤し続けていても凡ミスとかしない限り、まずバレないです。

ホリ ブロックチェーンを使った仮想通貨はセキュリティの高さが特徴なわけだけど、それは逆に言えば個人を特定しづらいってことになるからね。

ひろ 物的証拠を残さないで仮想通貨をちょろまかす方法なんていくらでもあるんですよね。それを防ぐには各エンジニアの後ろに人が立ち続けて何をしてるのかを見るみたいな非現実的な方法くらいしかない。

キーロガー(PCへのキー入力の記録と監視をするソフト)とかを入れても、ログを改竄(かいざん)されたらアリバイがなくなるわけで、よけいに疑いが晴れちゃいます。ってことで、僕が悪意を持ってコインチェックに入社したら、結構いけそうな気がしちゃいます(笑)。

ホリ コインチェックは、慣れないオルトコイン(ビットコインではない仮想通貨)に手を出して、社内技術者の確保ができなかったってのはあるんじゃないかな。流出の原因になったNEMのコールドウォレット管理とマルチシグ対応ができていなかったのはリソース(資源や情報)不足だろうし。

ひろ そういう説があるみたいですけど、僕は「社内リソースが足りずに結果的にこうなった」ってのは嘘だと思うんです。状況証拠で判断するに「故意にやってなかった」か「嘘をついてる」かのどっちかだと思うんですよ。

ホリ そう?

ひろ 今回の件で、試しにコールドウォレットを実装した人がいるんですけど、プロトタイプが動くまでにかかった時間は4時間くらいらしいです。で、NEM財団自体はコールドウォレットを推奨してるので、ノウハウのない特殊な実装ってわけじゃなくて、リファレンス(参照先)のある実装なんですよね。

ってなると「技術的に難易度が高くないのになぜやらなかったのか?」って話になる。「人を雇うお金がなかった」というのであれば、まだわかるのですが。

ホリ コインチェックは流出分を自己資金で補填(ほてん)するといってるから、資金がないわけじゃなさそうだよね。あと、オルトコインに関しては“取引所”ではなく“販売所”なんで、手数料が高く売買差益も大きかったし、相当儲かっていたと思う。

ひろ ってことで、故意に実装もしなかったし、資金があったのに技術者も増やさなかったということだと思うんですよ。

★コインチェック事件は再び起こる!? この続きは、本日2月10日(土)発売の『週刊プレイボーイ』9号にてお読みいただけます!

●堀江貴文(ほりえ・たかふみ) 

1972年10月29日生まれ、福岡県出身。旧ライブドア社長。SNS株式会社オーナー兼従業員。『やっぱりヘンだよね』(集英社)が好評発売中

●西村博之(にしむら・ひろゆき) 

1976年11月16日生まれ、神奈川県出身。元『2ちゃんねる』管理人。近著は『無敵の思考―誰でもトクする人になれるコスパ最強のルール21』(大和書房)
(記事引用)









芸能界のコペルニクス~
あいかわらず、どこもかしこも芸能不倫記事と無用受験話題に翻弄(だれがほんろうされているのかもわからない?)の貧しいネット記事のさなか、突如としてふって沸いた山田孝之氏のアクションに眼がさめた。やればできるじゃん。
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きのう書いたブログメイン記事はこれだった。
世界最高の衝突性能を目指す加速器「SuperKEKB」が始動 - 宇宙誕生の謎の解明なるか
 大塚実マイナビニュース2016/03/04 14:00:40

ほとんど注目されない読まれない、と判っていてノーコメントで書いた記事である。
物理科学の最先端技術の詳細を書き連ねてあるが、それがどういうものであるのか、私自身も9割方理解できない難解なものである。
一つだけ確実にわかっていたのは素粒子が光速衝突して核が破れると、強大な力が発生する、というのは高校の物理の時間にならった。ただそれだけの話しである。
芸能人密室のきわめて個人的なエロ話しより、それはよっぽど価値があるとおもった。

山田孝之「1日受付」権利が2千700万円超で落札
女性自身 年02月07日 18:00
俳優の山田孝之(34)が、取締役CIOを務める会社『me&stars』は、1月31日に開催されたスターとプレミアム体験をライブネットオークションで提供する「山田孝之の1日受付」がわずか40分で2千700万円を超える金額で落札されたと発表した。 

1月31日に専用アプリ『me&stars』内で行われた「スターとプレミアムな体験を提供すうるライブネットオークション」。第1回となった今回は山田孝之が企業や店舗の受付、結婚式場など各種イベントの受付を請け負うといった内容の「山田孝之の1日受付」だった。 

21時よりスタートし、わずか40分ほどで、金額は27,083,52円で落札された。 

落札者は美容メーカーの「株式会社シーオーメディカル」の代表・瀬出井氏で、サービスの提供は3月を予定していると発表。山田は美容メーカーの会社受付をするものとみられる。 

ライブオークションの終了後、山田は『me&stars』の公式インスタグラムに《「どうも、スターの山田です。みなさん、オークションへの参加、ご視聴ありがとうございました。全力で受付をさせていただきます。その様子は後日配信されるプレミアム動画にてお楽しみください。」 山田孝之》と意気込みのコメントをしている。 

山田は、昨年9月に、ITサービスを提供するトランスコスモスと共同で、社会において影響力を持つインフルエンサーのプレミアムコンテンツをライブ動画で販売・運営するECプラットフォームである同社を設立し、取締役CIOに就任した。
(記事引用)



















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