Galapagos Japas

国際政治と日本の古代政治変遷歴史 明治維新など特に集中して書いている

内田先生の凱風時事問答舘

不動産王の「壁作り」はなぜ支持されたのか?──内田樹の凱風時事問答舘 2017-01-29
THE PROFESSOR SPEAKS gqjapan
「これで日本も安心だ」
Author: 内田樹 Tag: コラム 、 国際政治 、 内田樹の凱風時事問答舘
構成: 今尾直樹 写真: 山下亮一(ポートレート)
イラスト: しりあがり寿
大方の予想を裏切り、ドナルド・トランプが第45代アメリカ合衆国大統領に決定しました。これについて、内田先生はどういう感想をお持ちでしょうか。

アンチ・グローバリズム

あちこちに書いたので、同じことの繰り返しになるんですけれど、歴史的な大きな文脈としてはイギリスのEU離脱、ヨーロッパ各国の極右勢力の伸長と同じ政治史的文脈の中に位置づけられる出来事だと思います。ただ、トランプのケースで際立つのは、「アンチ・グローバリズム」がアメリカで大衆的な人気を得たという点です。

この四半世紀、経済のグローバル化が急激に進行しました。それによって、従来の国民国家の枠組みが破壊された。ボーダーコントロールがなくなり、言語も通貨も度量衡も統一され、障壁がなくなってフラット化した世界市場を超高速で資本・商品・情報・ヒトが往来することになった。壊れたのは経済障壁だけじゃありません。それぞれの国民国家が自分たちの帰属する集団に対して抱いていた民族的アイデンティティーも破壊された。

グローバル化はそれ以外には経済成長の手立てがなくなったためにやむなく選ばれた道なんで、グローバル化の果てに何が起きるかについて見通しがあったわけじゃない。グローバル化しないと当期の売り上げが立たないという目先の損得で突っ走ってきただけです。でも、経済成長の条件がない環境の下で、無理強いに経済活動を加速してきたわけですから、いずれ限度を超える。現在の株取引は人間ではなく、アルゴリズムが1000分の1秒単位で行っています。金融経済については、もう変化のスピードが生物の受認限界を超えています。自分たちが何をしているのか、プレイヤー自身がもうわからなくなってしまった。昨日たまたま『マネーモンスター』というジョージ・クルーニー主演の映画を借りて観ていたんですけれども、株売買のアルゴリズムが暴走して、一夜にしてある企業の株価が暴落して、多くの投資家が大損害したというところから話が始まる。企業の広報担当がメディアに責め立てられるんだけれど、「どうしてかわかりません。機械が勝手に暴走しちゃったんですから」と言う他ない。誰も説明できない、誰も責任をとらない。暴落で全財産を失った若者が怒りの持って行き場がないので、この株を勧めたテレビの投資番組のキャスターに銃を突き付けて「いったい何が起きているのか、教えろ」と脅迫する……という話です。映画自体はどうということないんですけれど、株式市場における株価の乱高下には「人間的意味がない」というアメリカ市民の実感をよく映し出していました。

スローダウンしてくれ
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グローバル経済は金融中心です。カネで株を買い、債権を買い、石油を買い、ウランを買う。それらは貨幣の代替品ですから、貨幣で貨幣を買っているに等しい。そうでもしないともう売り買いするものがないのです。経済活動が人間たちの日々の衣食住の欲求を満たすことに限定されれば、どこかで「もう要らない」という飽和点がくる。そうすれば経済成長は止まる。それでは困る。だから人間の生理的欲求と無関係なレベルに経済活動の中心を移したのです。それが金融経済です。そこではもう人間的時間が流れない。腹が減ればへたり、寒ければ震え、疲れたら眠り込むという生身の身体の弱さや壊れやすさはもう経済活動のリミッターとしては機能しない。

経済活動が人間の日々の生活とここまで無縁になったことは歴史上ありません。だから、巨大なスケールの経済活動が行われているのだけれど、そこにどういう法則性があり、その成否が人間たちの生活に何をもたらすことになるのか、誰にもわからない。その「意味不明のシステム」が世界の基幹構造になっている。人間たちはそのシステムに最適化することを求められている。自分たちのライフスタイルも、職業選択も、身につけるスキルや知識も、すべてが金融経済ベースで決定される。だから、長期にわたって集中的に努力して身につけた技術が、業態の変化や技術的イノベーションのせいで一夜にして無価値になるというようなことが現に頻発します。これは人間を虚無的にします。

アメリカの「ラスト・ベルト」の労働者たちが経験したのは、まさにその虚無感だと思います。それが「グローバル疲れ」、変化に対する疲労感として噴出した。社会の変化に対して、「もうついていけない。スローダウンしてくれ」というのはアメリカ市民にとって切実な実感だった。オバマの最初の選挙のときのスローガンは「チェンジ」でした。それが8年かけて深い徒労感だけをアメリカ市民に残した。だから、トランプは「元に戻せ」と呼号して熱烈な支持を獲得したのだと思います。

ちょっと立ち止まって考えてみよう

グローバル化に対して「スピードダウンしてくれ」というのは、日本における2015年の安保法制反対の運動にも伏流していたと思います。SEALDsが多くの支持者を得たのは、彼らが掲げた政策の綱領的正しさゆえではなくて、その「穏やかな言葉づかい」や「立場の違う人たちの意見にも黙って耳を傾ける」マナーでした。同じように、15年は世界各地で「リベラルのバックラッシュ」が見られました。イギリス労働党の党首にジェレミー・コービンが選ばれ、スペインでは急進左派ポデモスが躍進し、米大統領選では社会民主主義者バーニー・サンダースが存在感を示し、カナダでは若いジャスティン・トルドー首相が登場した。そうやって見るとリベラル=左派的な流れが際立ったわけですけど、彼らの主張も共通するのは「スローダウン」でした。狂躁的なグローバル化の流れを一回止めて、いったいわれわれはどんなゲームをしているのか、なんのために「こんなこと」をしているのかを、ちょっと立ち止まって考えてみようと提案をした。それは政治思想というよりも「ビヘイビア」についての提案だったように思います。

「民主主義ってなんだ」というのがSEALDsの立てた問いでしたけれど、安倍政権はまさに民主的な手続きを経て誕生した政権です。強行採決だって多数決という民主主義のルールに準拠して行われている。法理的には彼らはみごとに民主主義的にふるまっている。でも、何か違う。民主主義的というのはほんとうは「そういうこと」じゃないだろうと国民の多くが感じていた。でも、それは政治思想としては言葉にならなかった。リベラル・左派の人たちは「民主主義を破壊するな」と言っていましたけれど、安倍晋三は民主主義を破壊なんかしていません。それを巧妙に活用しているだけです。彼ほど民主主義の恩恵をこうむり、その操縦に長けた政治家はいない。だから、彼に向かって「民主主義的にふるまえ」と言っても無駄なんです。「じゃあ、もっとやるぜ」と言うだけですから。そうじゃなくて、僕たちがうんざりしていたのは、その「スピードへの固執」に対してなんです。

なぜ、こんなに急いで次々と重要な国策を決定しなければいけないのか。なぜ議論をしないのか。なぜ「国権の最高機関」での審議を「時間つぶしのセレモニー」だと感じるのか。それは今の与党政治家たちも官僚もビジネスマンも「グローバル化に最高速で最適化する」ことが絶対善であると心の底から信じ切っているからです。

問題は制度そのものにではなく、それを運用するときの「ふるまい」にある。なぜもう少しじっくり時間をかけて、ことの適否について衆知を集めて吟味し、世界の動きをよく観察し、適切な政策的解を一つ一つ決定するという穏やかなふるまい方ができないのか。なぜ「バスに乗り遅れるな」と喚き立て、その「バス」がいったいどこに向かうものかを問題にしないのか。それは安保法案のときも、TPPのときも日本国民みんながひそかに感じていたことだと思います。

まずは君が落ち着け

トランプの主張で際立っていたのはメキシコとの国境に「長城」を作ろうという提案でした。国民国家間のすべての障壁をなくせというのがグローバル経済の要求でしたけれど、それに対する「ノー」でした。それを「保護貿易」というふうに言う人がいますけれど、僕はそれには尽くせないと思う。あれは経済的利益のための政策ではなく、むしろコスモロジカルなものなんです。壁を作って、商品や人間の行き来を止めるという図像にアメリカの有権者が「ほっとした」。そこが重要だと思います。人々は「利益」よりも「安心」を求めたのです。「いいから、この流れをいったん止めてくれ。世界をわかりやすい、見慣れた舞台装置の中でもう一度見させてくれ」というアメリカ市民たちの切望が「Make America great again」というスローガンには込められていた。もちろん、そんなのは一種の思考停止に過ぎません。世界はこの先も彼ら抜きにどんどん変化して行く。でも、取り残されてもいい、思考停止してもいいと思えるくらいにアメリカ人の「グローバル疲れ」は進行していた。その深い疲労感を政治学者たちは過小評価していたと思います。ヒラリーへの支持が弱かったのは、この「グローバル疲れ」という生理的泣訴を投票行動に結びつくファクターになると予測しなかったからでしょう。

これからしばらくは、この「グローバル疲れ」に対する「安心感」を提供できる政治家が世界各国で大衆的な人気を集めることになると僕は予測しています。その最悪のかたちは排外主義です。トランプの成功で「壁の再建」というアイディアが大衆に受けることを世界各地の極右政治家たちは学習した。

アンチ・グローバルが「落ち着け」という一言でわれに帰ることであればよいのですが、おそらく多くの社会では「超高速で壁を再建しなければならない。待ったなしだ。『壁作り』のバスに乗り遅れるな」というかたちで狂躁的なグローバル化の陰画としての狂躁的なアンチ・グローバル化が現象するでしょう。愚かなことですけれど、それくらいに「浮き足立つ」というマナーが深く内面化してしまった。

『シン・ゴジラ』の中の台詞で、僕が知る限りネット上で一番言及されたのは主人公の党内的パートナーである泉(松尾諭)の「まずは君が落ち着け」でした。それだけとれば特別に深い意味のない台詞ですけれど、なぜかこの一言が日本人観客の胸を衝いた。「まずは君が落ち着け」と言われて、はっとした。その自覚が日本人にあるといいんですけれど。
(記事引用)






 

 

pie jesu」/ 坂本美雨

坂本美雨

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「pie jesu」/ 坂本美雨 with CANTUS (Music Video -short ver.-)【公式】








「The Water Is Wide」/ 坂本美雨 with CANTUS (Music Video)【公式】








坂本美雨 miu sakamoto 『miusic 〜The best of 1997-2012〜』 Album Digest Medley [公式]
Miu Sakamoto Official 

(動画引用)



関連動画


http://blog.livedoor.jp/raki333/archives/52101711.html















新展開豊洲市場問題

小池新都知事の「移転慎重発言」に揺れる豊洲市場開場
延期なら五輪開幕直前の環状2号開通に影響も
2016/8/3日本経済新聞 朝刊
 東京都民の食を支える築地市場(中央区)を豊洲市場(江東区)へ移転する計画が、小池百合子新都知事の選挙期間中の発言で揺れている。迷走の末、ようやく最終段階に入った計画だったが、これ以上遅れると、2020年の東京五輪・パラリンピック開催計画にも影響が出かねない。
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 「安全性の確認、使い勝手の問題、皆さまの納得をいただくために一歩立ち止まるべきだ。急がば回れでみんなが納得する結論を出したい」。7月22日、小池氏が築地市場近くで行った知事選の選挙演説で訴えた。集まった支持者から拍手が起こった。

選挙戦で小池氏は豊洲への市場移転へ慎重な姿勢を訴えた

 都は11月7日に豊洲市場を開場する予定で、移転計画は最終段階に入っている。ただ、築地周辺には豊洲移転への慎重論が今も残る。小池氏の演説を聞いた移転慎重派の一人は「小池さんなら移転を延期してくれるだろう」と語った。

 豊洲移転は2001年に計画決定したが、その後は用地の土壌汚染や使い勝手が問題視され、開場予定が何度も延期されてきた。ようやく移転・開場を3カ月後に控えた最終段階で、移転を「立ち止まる」と発言した小池氏が知事に就任し、関係者の間には動揺が広がっている。

 卸売団体の幹部は「移転を延期すると、準備が大混乱する」と不快感を隠さない。水産仲卸の社長は「築地での冷蔵庫や製氷機のリース契約が10月に終わる。移転が延期されれば契約のやり直しだ」と懸念している。

 多くの業者は11月移転を前提に経営計画を組んでいる。移転計画が変更されると、引っ越し作業を一から組み直すことになる。都の担当者も「長い積み重ねの上にここまで来た。経緯や背景を新知事にきちんと説明しなくては」と戸惑いをのぞかせる。

 事業費約5900億円を投じた豊洲市場は施設の維持にも巨額な費用がかかる。都の試算によると、稼働しなくても1日当たり700万円程度の維持費がかかる。仮に移転を3カ月延期すると6億円、半年なら12億円の財政負担が発生するという。

 豊洲移転が遅れると、20年の東京五輪にも影響が出る。選手村が建設される臨海部と都心を結ぶ環状2号道路の一部は築地市場の地下を通るが、工事は築地が更地になっていることが前提。現状でも環状2号の開通は五輪開会直前となる見通しで、もし豊洲移転が遅れると開会に間に合わなくなる恐れがある。

 小池氏は豊洲移転について「リアルな感覚を持つ」「五輪の大成功は大前提」とも話している。新知事に就任した今、早急に移転計画の経緯と現状を把握し、方向性を示す必要がある。選挙戦での自らの発言をどう「着地」させるのか、豊洲移転は小池氏の判断力をはかるモノサシとなる。

[日本経済新聞2016年8月3日付朝刊]
 
「オリパラ」は東京五輪・パラリンピックまでに刻々と変化する現代の最新情報を多角的にお届けします!

関連情報
 
「羽田空港から新宿まで20分」、3環状道路整備にめど
東京五輪大型施設 「新国立騒動」の裏でひっそり進行
世界標準の国際ビジネス街へ 「虎ノ門」大改造地図
「小池百合子新知事の五輪選手村」跡地開発に壁高し
さだまさし、峰竜太、ホラン千秋らの連載コラムが読める/ウェブゲーテ

(記事引用)













 

豊洲問題再燃?

豊洲移転に黄信号=「桁違い」検出に衝撃-小池氏は疑義、業者憤慨
 2017年1月14日 21時27分 時事通信社 
 東京都の豊洲市場(江東区)の地下水調査で、環境基準を大幅に超える有害物質が検出され、関係者に衝撃が走った。報告を受けた専門家会議のメンバーは、想定外の事態に「なぜ」と驚きの声を漏らした。小池百合子知事は「数値はかなり疑義がある」と指摘し、市場業者も「都は信頼できない」と憤慨。総額6000億円のビッグプロジェクトの道筋に黄色信号がともった。

 築地市場(中央区)の講堂で開かれた14日の専門家会議。傍聴していた業者らに調査結果の報告書が配布されると、これまでとは桁違いの数値に会場はどよめきに包まれた。

 都の担当者は、激変したデータが「暫定値」であることを強調。平田健正座長は「どう評価していいのか、戸惑ってしまう」。

 会議のメンバーによると、考えられる可能性は大きく分けて二つあるという。一つは、9回目の採水が行われる直前に稼働した地下水排水システムの影響だ。稼働に伴い地下水が移動し、数値が上昇したという見立てだが、平田座長は「それならば、排水の数値も高いはずだ」と話す。

 もう一つは、採水方法のミスといった人為的な要因だ。今回は、1~8回目とは別の民間機関が担当。このため調査手法などを確認するとともに、今後は都環境科学研究所と民間機関2社で実施することにした。

 傍聴していた築地市場協会の伊藤裕康会長は「大変驚き、がっかりした」と動揺を隠せず、「早く実態をつかみ、包み隠さずにしてほしい」と要請。仲卸の男性は「(過去のデータに)改ざんがあったと疑われても、しょうがない」といぶかった。

 「都議会がこれまでどういう審議をしてきたのかも問われる」。小池氏は移転を推進してきた最大会派の自民党に矛先を向け、今夏の都議選での争点化は「避けられないのではないか」との見方を示した。 
(時事通信社 記事引用)

豊洲、地下水再調査へ 3月に公表、専門家会議
2017/1/14 21:38共同
豊洲市場の土壌汚染対策を検討する専門家会議
 豊洲市場(東京都江東区)の地下水モニタリング調査の最終結果で、有害物質のベンゼンが最大で環境基準の79倍検出されたことを受け、土壌汚染対策を検討する「専門家会議」座長の平田健正放送大和歌山学習センター所長は14日午後、記者会見し、近く再調査を実施して3月中に結果を公表する考えを示した。小池百合子知事が移転の可否を判断する時期がずれ込む可能性もある。
 平田座長は、4月にまとめる予定にしていた報告書が「若干遅れることになる」と述べた。
 都によると、201カ所を調査し、72カ所から有害物質が出た。ベンゼンは1カ所で環境基準の79倍を検出した。
(記事引用)

これまでの小池さんは住民感情であおり続けた。
ここで行政の長に転換できるか正念場 
- 1月14日のツイート橋下徹2017年01月14日 01:57
都議選)http://www.msn.com/ja-jp/news/nat… 小池さん悩みどころ。都議会自民党から離脱した3人は自民党本部には従順。彼らは都議選に勝つために小池さんの力を借りたいだけ。選挙が終わればコロッと変わる。公明、民進も都議選まで。選挙が終わればガバナンスは効かない。これが政治
img_755a7d4182f7af5315addd81c4121e6c182272
(豊洲問題)http://news.yahoo.co.jp/pickup/6227114 「地下水複数箇所で環境基準越え」小池さんは正念場。行政のトップとしては環境基準を厳格に守る必要はないと都民に説明する立場。都民は環境基準を超える下水の上で普通に暮らしている。しかもベンゼンは築地の大気中とも比較すべき。

(豊洲問題)http://news.yahoo.co.jp/pickup/6227114 「地下水複数箇所で環境基準越え」最初の安全基準の設定がやり過ぎだった。今回の基準越えで何か弊害があるのか専門家会議、そして小池さんは、「感性」ではなく論理的に検証し、都民に説明しなければならない。

(豊洲問題)http://news.yahoo.co.jp/pickup/6227114「地下水複数箇所で環境基準越え」環境基準をちょっと超えただけで大騒ぎしていたことがポピュリズムだった。この程度なら大丈夫と説明するのが行政の長の立場。しかしそれは小池さんのこれまでの立場と相反することになる。正念場。

(豊洲問題)住民は安全性を感情でとらえる。その感情に対して行政の長は論理で説得しなければならない。これまでの小池さんは住民感情であおり続けた。ここで行政の長に転換できるか正念場。それはこれまでの自らの態度を改める真摯さが必要になる。基準越えでもどこまで許容できるのかは論理の問題

※この記事は橋下徹元大阪市長のツイートを時系列順に並べたものです。
(記事引用)








 

ドナルド・トランプ側近人事

ドナルド・トランプ政治の骨格コールドマン~
大富豪、GS、将軍… トランプ氏、偏る「3G」政権
ワシントン=佐藤武嗣、五十嵐大介 ニューヨーク=中井大助
2017年1月8日05時08分朝日デジタル 
"画像は記事と無関係"
P813
 トランプ次期米大統領は、20日の正式就任まで2週間を切り、新政権の陣容を固めた。政治経験のない「異端児」の組閣には、大富豪(Gazillionaire)、ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)、将軍(General)という三つの特徴が見られ、頭文字から「3G」政権と呼ぶ声もある。既存政治の打破を掲げるトランプ氏は、共和党主流派と距離を置き、独自の人脈から選んだ側近らブレーンを中心に政権運営を進めるとみられる。

 「大富豪、ゴールドマン・サックス、将軍。『3G政権』だ」。民主党のマカスキル上院議員はトランプ次期政権をこう命名した。

 ほぼ固まったトランプ新政権の陣容で、目をひくのは大金持ちが多いことだ。

 米ボストン・グローブ紙のまとめでは、閣僚でもっとも金持ちなのは教育長官に就くベッツィ・デボス氏。義父が直販大手アムウェイ創業者で総資産は51億ドル(約6千億円)。ウォール街の「再建王」と呼ばれる投資家のウィルバー・ロス次期商務長官の総資産は25億ドルだ。トランプ氏本人も37億ドルで負けていない。

 グローブ紙によると、昨年内定した閣僚の総資産の合計は少なくとも131億ドル(約1兆5300億円)に及ぶ。オバマ現政権の5倍、ブッシュ前政権(末期)の34倍になる。

 次に目立つのが、金融大手ゴールドマン・サックス(GS)出身者だ。

 ホワイトハウスの経済政策の司令塔となる国家経済会議(NEC)議長に、GSのゲーリー・コーン前社長兼最高執行責任者(COO)を起用。財務長官には、元GS幹部でトランプ選対の「金庫番」を務めたスティーブン・ムニューチン氏を指名した。

 ログイン前の続きトランプ氏は選挙中、「私はビジネスの世界で成功した。何も成し遂げていない政治家らとは異なる」とアピールした。政治経験の豊富な人物より、自身と同じようなビジネスの成功者を好んで選んでいる。

 ただ、トランプ氏の勝利を支えたのは、かつて栄えた製造業がさびれてしまった「ラストベルト」(さびついた地帯)の白人労働者とされる。富豪や起業家が集まった政権が、大規模減税や規制緩和など「企業寄り」の政策を進めてもラストベルトの景気改善につながるかは分からない。

 オハイオ州選出の民主党ブラウン上院議員は「億万長者の大統領が、億万長者に向けた政策を持つ億万長者に囲まれている。この組閣は、トランプ氏の公約を破るだろう」と皮肉る。

 もう一つの特徴は、将軍・軍人の重用ぶりだ。

 国防長官には、イラク戦争などで指揮を執り、「狂犬」の異名を取るジェームズ・マティス元中央軍司令官(元海兵隊大将)を起用。外交・安全保障政策を統括する国家安全保障担当大統領補佐官に元国防情報局長のマイケル・フリン氏(元陸軍中将)を充てた。

 米メディアは、これほど元将軍を重用するのは、南北戦争後の1869年に発足したグラント政権以来と指摘する。

 トランプ氏は「私は軍人を強く信頼している」と話す。これに対し、ニューヨーク・タイムズ紙は「文民によるリーダーシップをとる制度のバランスを失わせる」と警鐘を鳴らす。

 トランプ氏は「米国は世界の警察官ではいられない」と話し、イラク戦争も「中東を不安定化させた」として開戦すべきではなかったとの立場だ。一方で、第2次世界大戦中に原子爆弾の開発・製造を加速させた「マンハッタン計画」になぞらえ、「就任初日に米海軍再建のマンハッタン計画を開始する」と語り、米軍増強も訴える。「将軍重用」政権が、いかに外交・安全保障政策を進めるのかは未知数だ。(ワシントン=佐藤武嗣、五十嵐大介)

■家族の意見重視 長女イバンカ氏と夫がカギ

 ビジネスにおけるトランプ氏の判断に、家族の意見を重視する特徴が指摘される。政権運営でも、家族の影響力が注目される。

 トランプ氏の5人の子どものうち、最初の妻との間に生まれた3人は、自身の中核企業「トランプ・オーガニゼーション」の副社長に就く。3人とも政権移行チームに名を連ねる。

 とくに目立つのが長女のイバンカ氏(35)だ。大学を出てすぐにトランプ・オーガニゼーションに就職し、トランプ氏が司会を務めた人気テレビ番組「アプレンティス」にも出演。トランプ氏が「娘でなければ、デートをしていた」と語るほどの寵愛(ちょうあい)を受ける。昨年7月の共和党大会でも、父親を紹介する演説を担った。米メディアによると、多い時には1日5回も電話で話す関係で、大統領選でも副大統領候補の人選や陣営の意思決定で大きな影響を与えていたという。

 イバンカ氏は「イバンカ・トランプ」というブランド名で宝飾や洋服の販売を展開。かつてインタビューで「トランプの名字にはすごく価値がある。『ぜいたく』と『成功』に深いつながりがある」と語るなどトランプ一族の知名度を活用してきた。本人の著書では、両親の離婚を機に意図的に父親と接するようになり、より親しくなったと振り返っている。

 イバンカ氏には選挙後、ホワイトハウスの役職があてがわれるのではと取りざたされたが、本人はテレビのインタビューで「新政権には入らず、娘として関わる」と話した。その上で「選挙で熱意をもって訴えた問題があり、そのために戦い続けたい」と言及、有給の産休の実現などを指すとみられる。すでにワシントンで住む家を選んだ。トランプ氏の妻のメラニア氏は子どもの学校のために当面はニューヨークにとどまるため、イバンカ氏が事実上のファーストレディーを務めるとの観測もある。

 イバンカ氏の夫ジャレッド・クシュナー氏(35)も政権のカギを握る存在だ。敬虔(けいけん)なユダヤ教徒で、トランプ氏は、中東和平の交渉を委ねる可能性にも言及している。

 経済誌フォーブスは「この男がトランプを当選させた」との見出しで独占インタビューを掲載。シリコンバレーの人脈などを活用し、支持者の掘り起こしなどを担い、選挙戦の全体図を描いていたと報じた。

 クシュナー氏は、ニューヨークを拠点とする「不動産王」の息子という点でトランプ氏と共通点がある。父親が04年に訴追され、脱税などを認めて収監されたため若いころから会社を担い、06年には自分の資金で地元紙「ニューヨーク・オブザーバー」を買うなど、事業を拡大してきた。

 クシュナー氏を長時間インタビューしたことのあるニューヨーク・マガジンのガブリエル・シャーマン氏は、クシュナー氏について「若いころから、いかに権力を握るかを考えてきたと感じた」と話す。「冷静で礼儀正しいが、同時に冷たく、ごうまんな部分もある。気になるのは、自分が何を知らないのかを、知らないタイプの人間ということ。不動産業者としての評価はまちまちで、新聞経営も成功はしていないが、義父が大統領になることで何でもできると考える可能性がある」と指摘する。

■要職に「異端」の3氏

 トランプ氏は「最後に話を聞いた人の意見を重視する」と言われる。政権の意思決定は少数の側近の声が影響する可能性が高い。ただ、既存政治の打破を掲げ、共和党主流派とも距離を置くトランプ氏の周りには、通常の政権なら入るべき党所属議員やシンクタンクなどの識者の姿は少なく、「異端者」が集まる。

 大統領上級顧問兼首席戦略官に就くのはスティーブン・バノン氏。米海軍やGSを経て、過激な記事が並ぶニュースサイト「ブライトバート・ニュース」の会長から、トランプ陣営のトップに移った人物だ。白人至上主義や人種差別的とされる記事も多数掲載しており、「避妊は女性を醜くし、狂わせる」などと女性蔑視の記事で物議を醸したこともある。

 バノン氏は選挙期間中、ほとんどメディアに姿を現さなかった。選挙後のインタビューで「知られないことが大切」「政治は戦争だから、テレビに出なかった」と発言。今後も陰の存在として動きそうだ。

 国家安全保障担当の大統領補佐官に就任するフリン氏も異端だ。元陸軍中将で、イスラム主義に敵意をむき出しにする。ツイッターで「イスラム教を恐れることは理にかなっている」と発信。講演でも「イスラム教は宗教ではなく、政治だ」「イスラム主義は悪質ながんだ」などと述べている。

 一方、経済政策の分野では、新設の国家通商会議の議長に就く米カリフォルニア大アーバイン校教授のピーター・ナバロ氏と、商務長官になるロス氏の2人が中心的存在だ。

 昨年、トランプ氏の経済政策についての論文を共著。為替操作や不公正な貿易をしているとして中国を敵視。改善しなければ高い関税をかけることも辞さない考えを示した。

 とくにナバロ氏は、経済問題のほとんどは中国に起因すると訴える対中強硬派だ。著書「中国による死」を映画化した映像では、中国製のナイフが米国地図を切り裂くと、血が流れ出るシーンで始まる。トランプ氏も選挙戦中に「中国が雇用を奪っている」と主張。トランプ政権の対中政策がどうなるのか注目される。(ニューヨーク=中井大助)
(記事引用)















 

いま「田中角栄ブーム」

上り列車の英雄”田中角栄はなぜ多くの人を惹きつけたのか?
どんな相手にも絶対に勝とうとする激烈な闘争心と、ライバルや敗者までをも包み込むような優しさ──。
今年ブームとなった田中角栄のエピソードを、元秘書・早坂茂三氏の著作から引く。
文・東洋経済新報社 出版局 2016年12月18日
いま「田中角栄ブーム」といわれる。テレビや雑誌などで次々と“角栄特集”が組まれているほか、関連書も続々と刊行されている。田中氏の名言集や評伝などベストセラーになっているものも多い。

こうした“角栄本”の「ネタ元」といわれるのが、元秘書・早坂茂三氏(2004年逝去)の数々の著書である。早坂氏は、田中氏が病に倒れるまでの23年間、敏腕秘書として苦楽をともにした。最近の角栄ブームが追い風となって著書が続々と復刻されており、最後の書き下ろし『田中角栄と河井継之助、山本五十六』(旧題『怨念の系譜』)もこのたび復刊された。
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この「角栄をもっともよく知る男」が語り遺した貴重な証言を、前回に引き続き『新・渡る世間の裏話』から抜粋して公開する。

闘争心と優しさのバランス

私があの人(田中角栄)を見て、いつも思ってきたのは、闘争心の塊であったことです。負けてたまるか。やっぱり、男は強くなければ生きていけない、とつくづく思いました。

もうひとつ、あの人は縄文人というか、心の底から温かい、優しい人であった。強さと優しさ、この2つを絶妙のバランスで持っていたのが田中角栄であったと思います。彼は立場の弱い人に威張ったり、鼻であしらうことをしなかった。だから、大勢の人が周りに集まったんでしょう。

それと、あの人はゴルフが大好きだった。照る日、曇る日、雨の日と言わず、本当によくやりました。普通の人はコースに出ると、たいてい、ワンラウンドやるんですが、角栄さんは最低でツーラウンドでした。1日で2里(約8キロ)か3里(約12キロ)も歩く勘定になります。走るように歩く人でした。

ある時、私と2人だけでやりましてね。私がまぐれ当たりでショートホールのグリーンの端っこにボールが乗ったら、自分が今まで1度も使ったことのないクラブを持って振り抜いた。すると、このボールがグリーンの旗が立っている穴の下2メートルぐらいにつけたんです。ワン・オン。ナイス・オンです。それを見て、10年以上も親方専門についているキャディさんがびっくりした。「あれ、乗った!」なんて叫んだ。そうしたら、私たちのほうを振り向いて、ニーッと笑いましてね。顔もポロシャツも首筋も汗がだらだら流れているのを拭こうともせず、走るように歩いていきました。

私がその後ろ姿を見て思ったのは、すさまじい闘争心です。自分より12も歳下でゴルフを始めて間もない下手くそがワン・オンした。「あいつに負けてたまるか。俺が負けるはずはない」。そう思ったのかどうか、それまで手にしたこともないクラブを持って、軽く2、3回、素振りをして見事に私をねじ伏せた。

この闘争心こそ貧しい家に生まれ育って、小学校高等科しか出ていない男を戦後日本の異能政治家、天下人にさせたエネルギーであったと思います。

もうひとつ、私は田中を「かわいいな」と思った。このプレーをしたのは、昭和59(1984)年の8月で親方が倒れる半年前でした。時に66歳。そのオッサンが家来に負けてたまるか、とムキになった。

稚気(ちき)愛すべし。この憎めない人柄が面倒見のよさを手伝って、周りに人垣をつくらせたと思います。懐が浅くて、脇の固い人間には他人様は寄ってきません。

飾らなさが人を惹きつける

あの人については、いろんなことを思い出しますけど、食べ物にまつわる面白いエピソードがたくさんあります。

たとえば昔、自民党の実力者だった保利(ほり)茂さんが亡くなって、選挙区の佐賀県唐津で胸像の除幕式があり、私が親方のお供をしました。

式が終わったあと、200年という歴史を持つ料理屋さんに田中が招かれましてね。県知事をはじめ、市長さんとか、保利さんの未亡人、ご令息の耕輔(こうすけ)さんとか、みんなで10人ぐらいの方が集まって歓待してもらいました。

立派な座敷に座ったら、大きなテーブルの上に見事な伊万里焼の大きな器が置かれていた。水が満々と張られて、白魚(しろうお)がぴちゃ、ぴちゃ、水を跳ね散らし、数えきれないほど泳いでいる。それを見た角栄さんが感心した。

「ほう、これは何と見事なもんだ。メダカですか」

このセリフに満座がドッと沸きました。がっくりしたお内儀(かみ)さんが、

「ご冗談ばっかり、先生、白魚ですよ」

「はあ、これが白魚か。わしは初めて見たもんで、びっくりした。どうやって食べるの」

「生のままピチピチ跳ねているのをお箸でつまんで、ちょいと酢醤油をつけて、口の中に放り込むんです。喉を通るときの感触が、とてもよろしいんですよ」

お内儀さんの話を聞いて、田中が絵にも描けない顔になりました。角栄さんは生ガキ、エビの踊り食いが鬼門です。生臭いのは一切ダメ。寿司も卵焼き、カンピョウ巻きが大好きで、生ものは赤身、ヒラメ、鯛がせいぜいです。

「悪いけど、わしは卵とじにしてくれないか。早坂は生きたのが好きだから、彼がたくさんいただきます」

真顔で言うもんですから、座敷がまた、笑いに包まれました。私は少し恥ずかしかったけど、そうしたセリフを何のてらいもなく言ってのける角栄さんは、やっぱり人さんを惹きつけるだろう、これでいいんだ、そう思いました。

「メシは早く食うもんだ」

昭和38(1963)年11月の総選挙で主従二人、当時の新潟三区を車で走り回ったことがあります。

大蔵大臣閣下と私の昼飯は握り飯でした。今はもう亡くなられた田中のお母さんが、生まれたての赤ちゃんの頭ほどもある大きなお握りに海苔をびっしり巻いたのを二つ用意してくれて、車の中で食べるのです。

「腹が減った。もう昼だろう。ばあさんが持たせた握り飯を出せ」

田中は朝昼晩、時分どきになると、メシをしっかり食べます。

あの人は口が大きい。私は口が小さくて、親分の半分しかありません。

「メシは早く食うもんだ。お前のようにノソノソ食ってると、戦争になったらいちばん先に殺されるぞ」

お握りにかぶりついたら、皮付き骨つきの塩鮭が一切れ、丸ごと入っていた。車の隣の大将が上手に骨を取り出して、一本ずつ丹念にしゃぶるんです。

「うまいなあ。うまいだろう」と家来に賛同を強要した。私は函館出身ですから塩鮭なんか珍しくも何でもない。だけど、腹が減っていたし、親方のスピードに追いつくため、二、三度、大きくうなずいて、黙々と食べました。

「選挙になって、料理屋に上がってふんぞり返って、昼から刺身だ、天ぷらだ、と言っている奴は必ず落ちる。選挙のときは握り飯に限る。昔から戦(いくさ)に握り飯は付きものだ」

食後の番茶を飲んで元気いっぱいな親方が、上機嫌で私に言ったのを覚えています。

自分を叩くマスコミもかばう

それと、田中と言えばやっぱりロッキード事件。6年9カ月、196回。皇居のお堀端にある東京地方裁判所に通いました。角栄さんは律儀な人で、熱が40度も超す風邪を引いた時も休まない。私は「弁護士に連絡して休みましょう」と繰り返し勧めたけど、「まあ、いいじゃないか、お上(かみ)の決めたことだ、行こう」。昔の小学校なら皆勤賞を貰ったところです。

事件が始まったあと、東京・目白台の田中邸は、カメラの脚立が林立し、報道陣2、300人に取り囲まれた。スポークスマンの私は精いっぱい、彼らの質問に答えたつもりですが、連中は私の話など上の空で、思い入れと偏見、独断にあふれた記事を洪水のように流した。私も頭にきて、いつも怒鳴りつけていた。そしたら、オヤジさんが私に言いましたよ。

「怒鳴るな。連中も俺のところに来たくて来るんじゃない。仕事で来るんだ。カメラマンは俺の写真、面白い顔をしたのをぱんと撮らなきゃ、社へ帰ってデスクに怒られるぞ。新聞記者だって、お前から無愛想に扱われ、つっけんどんけんやられて、俺が目白の奥で何をしゃべっているか、それも聞くことができないで記事に書けなけりゃあ、社に戻ってぶっ飛ばされるぞ。彼らも商売なんだ。少しは愛想よくしてやれ」

私はあの人の顔を見ましたよ。これだけすりこ木にかけられて、何でこの連中にそれだけサービスすることがある。だけど、それが角栄さんという人であったと思います。

上り列車の英雄

戦後の日本政治に一時期を画した田中政治については、平成5(1993)年に大将が亡くなって、論評が洪水のように流れました。功績四分、罪六分、これが一般的な受けとめ方だと思います。それはそれでいい。政治家の評価というのは、死後30年から40年、50年もたって、後の世の歴史家が過不足のない、きちんとした、客観的な評価を下すものでしょう。それでいい。

ただ私は今、改めて思っている。角栄さんが死んで戦後日本は終わった。上り列車の英雄の時代に幕が下りた。行儀は悪いけど、ここいちばんという時、頼りになる隣のオジさんがいなくなりました。全軍の先頭に立って、さあ、前進しよう、それでみんながワクワクして、一緒に動き出す、そういう時代は、田中が去って終わったと思います。

悪党と言えば悪党、それがいなくなりました。これからは真面目で善意だけど、気が小さくて度胸なし、小理屈は達者でも決断、実行、情熱の乏しい人たちがあふれるだろう、角さんのような人が再び出てくるのは難しい世の中になった。そう思います。
(記事引用)






 
朝食が好きな理由〜炊きたてのご飯か狐色のトーストか
河毛俊作 、 2016-12-21gqjapanコラム
主役は何と言っても炊きたての白く輝く、つやつや、ふっくらとしたご飯。洋食ならば……。
演出家による文と、写真家によるビジュアルが織りなす大人のエッセイ。
文: 河毛俊作
写真: 操上和美
朝めしに花を喰らいて二日酔い。(2016.10.25 操上和美)
私は1日の食事のうちで朝食を一番重視している。空腹を覚えて目覚め、
歯を磨き、トゥルフィット・アンド・ヒルのシェーヴィング・ソープを泡立ててゆっくりと髭を剃り、さっぱりしてから朝の澄んだ空気の中で暫し犬を散歩させてから朝食のテーブルに着く時、「ああ、本当に自分は幸せなんだなぁ」と実感して神に感謝する。

丁寧に出汁を引いた熱々の味噌汁、具は絹でも木綿でもよいが、豆腐が一番好きだ。辛子を利かせてたっぷりの刻みネギを添えた納豆、季節のお漬け物、パリパリの香り高い焼き海苔、そして主役は何と言っても炊きたての白く輝く、つやつや、ふっくらとしたご飯。洋食ならばトマトジュースにオーバーイージーに焼いた目玉焼きに、あまりカリカリにしないベーコンかボイルしたソーセージを添える。そしてこんがりと狐色に焼け、香ばしい匂いを漂わせるトースト。エシレのバターと美味しいマーマレードがあれば最高だ。勿論、パンの場合はクロワッサンやバゲットなど選択肢も増える。そこがパンの強みだ。

私が朝食を好きな理由の一つは、ご飯やパンが主役であるという点だ。ディナーではそうはいかない。私は無類の炭水化物好きで、ご飯やパンが主役を張れる朝食が好きなのだ。だからたまに高級旅館に泊まって朝からズラリとご馳走が並ぶと、ご飯の“主役感”が減ってしまって少し悲しい気持ちになる。

幼い頃にお米の大切さを祖母から徹底的に叩き込まれた。私がお米を粗末に扱うと、祖母は、昔は貧しい家では白米を日常的に食べることはできず、家族の誰かが重い病気になると、竹筒にお米を入れて病人の枕元でその竹筒を振り、サラサラとお米が擦れ合う音を聞かせ、元気になったらこのお米を炊いて食べさせるから頑張れ、と励ましたという話をした。幼いながらお米は日本人の“生きたい”という欲望に直結した大切なものなのだと感じたものだ。

そう遠くない昔、多くの日本人にとって白米を好きなだけ食べられるということは、かなり幸福なことだった。

だからと言うのも何だが、私は糖質ダイエットなど思いもよらない。現代人は、人類の生命をここまで支えてきた炭水化物に対する感謝の気持ちが足りないと地味に憤慨している今日この頃だ。

人生の早い時期からお米とは幸福な関係を築けたが、パンとはそうはいかなかった。それは多分、当時の学校給食によるところが大きい。パサパサで味のないパンに質の悪いマーガリン、そして悪名高い脱脂粉乳……あれでパン食に対する悪いイメージが自分の脳内に固定化されたと勝手に思っている。

次のページ私とお米の付き合いは“精神”から、パンとの付き合いは“ファッション”から始まった

そんなパンのイメージに変化が訪れたのは中学生になってファッションや音楽に興味を持つようになってからだ。アメリカの匂いを芳しく感じるようになった私は、やっとの思いで手に入れたボタンダウンシャツやコットンパンツ、チェリーブラウンのローファーは焼き魚定食とあまり相性がよろしくないのではないかと生意気なことを考えるようになった。ハンバーガーとコークの方がカッコイイと思うようになったのだ。

明るく開放的な雰囲気のアメリカン・スタイルのダイナーが当時のお洒落を気取った若者が集まる場所で、原宿のコープ・オリンピアにあったダイネット・オリンピアが一番人気だった。そこのカウンターに座ってスプレッド・バーガーやサブマリン・サンドイッチを食べ、チェリーコークを飲むことがカッコイイと思っていた。要するに私がパン食にシフトしたのは味というよりもカッコづけのためだった。

今思うとかなり恥ずかしいが、当時のダイナーのハンバーガーは甘酸っぱい思い出によって美化されている。“記憶の中の味”という点を割り引いても昨今のチェーン店のものより上等だったと思う。少なくともモロにアメリカだった。私とお米の付き合いは“精神”から、パンとの付き合いは“ファッション”から始まった。

サンドイッチといえば、レイモンド・チャンドラーの『長いお別れ』の中でフィリップ・マーロウが遅い昼食をとる場面が好きだ。

「私は階下のドラッグ・ストアへ行ってチキン・サラダ・サンドイッチを食べ、コーヒーを飲んだ。コーヒーは煮詰まっていて、サンドイッチは古いシャツを引きちぎったような強い匂いがした。アメリカ人は、トーストされていて、2本の楊枝がささっていて、レタスがはみ出しているものなら、なんでも食べる。そのレタスも少々しおれているくらいがいい」

大きな背中を少し丸めて不味いサンドイッチを黙々と煮詰まったコーヒーで流し込むマーロウの孤独と疲労感が漂ってくる。まったく食欲をそそらない内容だが、この文章を思うと無性にサンドイッチが食いたくなる時がある。それは、心のどこかで自分が少しばかりナルシスティックに“孤独”を欲している時かもしれない。

そんな時、私なら少し固くなったバゲットに生ハムを挟んだだけのサンドイッチを選ぶだろう。孤独を嚙みしめるように固いパンとハムを嚙みしめる……そんな感じだ。この感覚はご飯にはないもので、私にとってご飯は“掻っ込む”ものだ。映画『悪名』シリーズの一作で勝新太郎はライス・カレーを4口ぐらいで平らげる。まさに「カレーは飲み物だ」を実践していた。『トラック野郎』シリーズで菅原文太は焼きたての目刺しを丼飯にのせて猛烈な勢いで掻っ込んでみせる。

そんな食い方は下品極まりないと思われる方も多いだろうが私は好きだ。時々、家でそういうふうに食ってみる。それがうまいと感じられれば、まだ活力というものがあると信じられる。一方で、片手でナイフを器用に操りながらバゲットを切り取り、ゆっくりと口に運んでしかめっ面で嚙みしめるジャン・ギャバンも素敵だ!いずれにせよ炭水化物は素晴らしい。

さて、明日の朝は飯倉片町のメゾン・ランドゥメンヌのバゲットにするか、それとも一寸奮発して買った丸赤の鯵の干物でご飯にするか……悩ましいところだ。
(記事引用)


 



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