BABYMETALが米チャート入りした意外な理由
2016年5月14日 BABYMETAL 
53年ぶりの“快挙”に学ぶコンテンツ海外輸出成功の方程式
山口哲一 (音楽プロデューサー、コンテンツビジネス・エバンジェリスト)
 日本のアイドルグループ「BABYMETAL」が4月23日付ビルボード、全米アルバム・チャートで39位にチャートインしました。日本人アーティストがTOP40入りしたのは、1963年に坂本九のアルバム『Sukiyaki And Other Japanese Hits』が14位に入って以来53年ぶり、史上2組目の快挙だそうです。
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●BABYMETAL、全米TOP40入りの快挙 坂本九さん以来53年ぶり2組目
http://www.huffingtonpost.jp/2016/04/12/baby-metal_n_9675478.html
 その割にはメディアやネットを散見して、日本国内で正当な評価、分析が行われていないように感じられたので、コンテンツ輸出のプロデュース、マーケティングの成功例という観点で、この現象を紐解きたいと思います。WEDGE Infinityは、久しぶりの投稿になってしまって申し訳ありません。ビジネスパーソンにとって有益な論考にしますのでご容赦下さい。
米国でビルボード・チャート入りを果たした3人組アイドルグループ「BABYMETAL」(Getty Images)
 今回の「BABYMETAL」ビルボードチャートインという成果から読み取るべきと僕が思うのは、複数の文脈(コンテキスト)を活用したマーケティング戦略だったということです。「クールジャパン」×「メタルロック」という2つの文脈を掛けあわせることができたことが、今回の勝因なのです。
 詳しく見てみましょう。

 「BABYMETAL」は、2010年に”アイドルとメタルの融合”をテーマに結成された3人組ガールズユニットです。結成当時の平均年齢は​11.3 歳。アメリカでライブを行った時にも15.7歳という若さでした。元々は、大手音楽事務所AMUSEによるアイドル「さくら学院」から派生したクラブ活動の一つ「重音部」という位置づけでした。その後、独立したグループとして活動するようになります。
日本のポップカルチャーが海外から注目されている現象を指し示す「クールジャパン」という言葉もいささかくたびれてきた感がありますね。「自分たちのカルチャーをクールって呼ぶのは、そもそもクールじゃない」「クールジャパンと言っている外国人は本当にいるのか?」などと批判される方の気持ちもわかりますが、日本人が自国のカルチャー、特にサブカルチャーの独自性と価値を、外国人の視点を通して再発見したという意味で、僕は意義がある言葉だと、ポジティブに捉えています。

ビジネス面での“クールジャパン”とは

 「クールジャパンとは何か?」という問いに対して、文化論的には様々な指摘があり得るでしょう。文化論視点は他の有識者の方に委ねるとして、僕は、ビジネス面から「クールジャパン」を以下のように認識しています。

 世界のポップカルチャーの覇権はアメリカが握っています。大雑把に言って「ハリウッド発」のものが世界中を覆っているというのは、ご理解いただけることでしょう。仮に世界におけるマーケットシェアを60%と考えてみましょう(感覚的な数値でデータもないので、頭の体操だと思ってご容赦下さい)。

 世界のポップカルチャー市場の6割がハリウッド発だとすれば、残りは4割です。「クールジャパン」という言葉のビジネス的な意味は、その4割の中で日本が1位になれる可能性があるということなのです。もし、半分を取れたら世界市場のシェアの20%を持つことができます。国としてのブランディング価値、マインドシェアも含めて、達成できたなら日本にとって大きな国益です。そんなチャンスが巡ってきているという状況を認識した上で戦略立てるべきなのが「クールジャパン」なのです。

 この認識に基づき作戦を立てるとすればグローバル市場の見方が違ってきます。例えばJポップの歌詞は日本語の方が良いということになるのです。フランスやブラジルのJカルチャーファンをイメージしてみてください。例えば、シャンソンが好きな日本人はフランス語の響きが、ボサノバが好きな日本人はポルトガル語の語感を好んでいるように、海外のJポップファンは、日本語の響きに魅力を感じているのです。

 もちろん外国語の語学力が要らないという意味ではありません。ライブステージでのMCは可能な限り現地の国の言葉で話したいですし、英語でメディアの取材を受けられる方がベターです。マネージャーなどスタッフは英語ができないと仕事になりません。ただ、歌詞は日本語で歌うというのが戦略的に優れているのです。実際、NHK国際放送で日本の音楽を海外に紹介している番組「J-MELO」が、毎年海外の視聴者向けに行っているアンケート調査「J-MELOリサーチ」でも、日本語の歌詞の響きが好きというファンが多いというデータは出ています。

日本のコンテンツ業界が何の努力もしてない間に、世界中にJカルチャーのファンが存在しています。ユーザーの嗜好は多様ですが、日本人との違いは、「日本っぽいサブカルチャー」をごった煮的に捉えて、自由にチョイスするという点です。アニメを起点にしながら、コミック、ゲーム、音楽、コスプレ、ファッション、食、コスメなど多岐にわたって、僕ら日本人は別種だと思っているカルチャーも、彼らは「Jカルチャー」として一緒くたに捉えています。この感覚を理解する必要があります。

 これらを踏まえると、BABYMETALは、コスプレ的な衣装、日本語歌詞とJポップのフォーマットよるメロディなど「クールジャパン」的要素を備えています。加えて、ローティーン(欧米人からは日本人は年齢以上に子供に見えますし)がやっていると物珍しさもあって話題になりやすいという利点もありました。

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なぜBABY METALは他と差別化できたのか

 このように海外のJカルチャーファンからは、日本独自の分野「アイドル」の1アーティストとして認知されていったようです。それだけなら、目新しい現象ではありません。おそらくアメリカの音楽市場を象徴する指標ビルボードでチャートインすることはできなかったでしょう。

 BABYMETALが他のアイドルやアニソンシンガーと違ったのは、メタルロックファンの支持を得たことです。

 「ヘヴィメタル」は、1970年後半から80年代に掛けて一世を風靡した音楽のジャンルです。今ではどこの国でもマイナージャンルとなっています。ただ、メインストリームからは消えても、国を超えて、アーティスト同士やファンがネットワークを持っていて、グローバルニッチなジャンルとなっています。音楽にはいくつかこういうグローバルニッチなネットワークがありますが、メタルファンは特に絆が強いように感じます。

 LAで音楽マーケティングを学び、アメリカ人ミュージシャンとの交流も深いSayaka Shiomi氏によると、今回のBABYMETALの成功について「この数年アメリカでも80年代メタル返り現象が徐々に来ているのでタイミングも良かった。メタル文化は親から子供へ受け継がれ、またメタル専用ラジオなど日常的に楽曲に触れる環境がある」とのことです。「Kissのジーンシモンズや、メタリカのLars Ulrichなどのビッグアーティストが、BABYMETALはクールだとSNSで口コミする様になったためメタルファンの興味が上がっていった」という指摘も重要です。アメリカにおけるメタル復権の流れもBABYMETALの成功を後押ししたようです。

 「BABYMETAL」は当初から、大のメタルファンであるプロデューサーKOBAMETALによる細部にこだわったプロデュースが行われてきました。バックバンドは「神バンド」と呼ばれ、日本の一流のメタル系ロックミュージシャンが務めています。メタルロックへのリスペクトと丁寧な音楽プロデュースが本場のメタルファンからも受け入れられました。この丁寧な職人芸は日本人らしいプロデュースワークと言えるでしょう。日本の製造業を支えてきたのは職人芸を持つ中小零細企業と言われていることが思い出されます。

メタルロックへのリスペクトを持つBABYMETALのスタッフ陣は、初期から海外でのコンサートも積極的に行い、海外でもファンを増やしていきました。近年は、日本人アーティストの海外公演は珍しく無くなってきましたが、多くはフランス・パリのJAPAN EXPOや、アメリカ・ボルチモアのOtaonなど、日本のポップカルチャーをテーマにしたイベントへの出演が中心です。ところが、BABYMETALは、Sonisphere Festival やHEAVY MONTRÉALなど、メタルロック系の大型フェスティバルに出演したのが特徴です。イギリスの音楽誌METAL HAMMERが主催の「HEAVY METAL WORLD CUP」に日本代表として選出され優勝するなど、ヘビーメタルファンの支持を広めていきました。

 一方で、日本色を打ち出した衣装や振り付けなど、Jカルチャーのアイドルとしての要素もアピールしています。音楽的にも、ヘビーメタルの重音感溢れるサウンドを打ち出しながら、Jポップ的なサビの旋律を組み合わせて「BABYMETAL」としての独自色を打ち出しています。

グローバル市場における“勝利の方程式”

 グローバルなニッチジャンルとしてコミュニティを持っている「メタルロック」と日本独自のポップカルチャー「クールジャパン」を愛するJカルチャーファン。それぞれはメインストリームとはいえない、小さな市場であり音楽シーンですが、その2つのユーザーコミュニティを繋ぐことで「現象」として見せることができ、2つのコミュニティの周辺にいる「グレーゾーン」のユーザーの興味を継続的に惹くことできたのです。

 文脈を掛けあわせ、複数のユーザーコミュニティを繋いでいくという手法は、ユーザーが情報を媒介するSNS時代には、有力な手法です。音楽だけではなく、グローバル市場でコンテンツを広げていく際の考え方として、現状では最も効果的な「勝利の方程式」と言えるでしょう。複数の文脈(コンテキスト)を活用したマーケティング戦略。「クールジャパン」×「メタルロック」という2つの文脈を掛けあわせることができたことが、今回の勝因なのです。

 産業構造の変化や新興経済の勃興などから、日本にとってコンテンツ産業の役割は、以前とは比べ物にならないくらい大きくなっています。今回のBABYMETALの成功から学び、グローバル市場で活躍するエンターテインメントが増えていくことを期待しますし、現役の音楽プロデューサーとして、僕にとっても刺激的な出来事でした。BABYMETALに続くべく頑張りたいと、改めて気合を入れ直しています。

【訂正】本文中で「結成当時の平均年齢は​15.7歳」という表現がありましたが、11.3 歳の誤りでした。ご迷惑おかけいたしまして申し訳ございませんでした。
(記事引用)