テーマのない音楽~手紙を書いてみたら!!!
朝からなんだか騒がしい、と思うのは音楽だけではない。

文書だって、ガチャガチャした字の羅列は目障りだし、そんなのを朝から見たくもない、というのが本音で、自分もそうだし読者にしたって同じだ。とくにこの「ブログ」は、朝早く書き、それをアップしているので、当然、読む側は有無をいわさず、その書き挙げられた文を読むわけだ。

ちょっとばかり道を外すが、何気ない「文」、どうでもいいチラシだとか広告だとか、A4サイズの標準サイズにしても、そこにあると読んでしまう、ということはないだろうか。
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たとえば少し離れていて、掲示してあるポスターの極小文字などほとんど読めない。だからわざわざ、その近くによってポスターを読んでしまう。書かれている内容は、ポスターレイアウトで(音楽かスポーツか)で、殆どは判っているが、詳細の場所、日時など追って読んでしまう。それで、ほとんど行く気もないのに、「ああこの日は先約があって都合が悪い」とかなんとか、一人口の中でぶつぶつ云いながら、サッサとその場を離れる。

多分、それは好奇心の基本原理欲求で、また情報渇望であり、その昔いってた「活字中毒」ではないかとおもう。えっ、そんなの知らないって。話が旧いので説明はしない。面倒だし、昭和レトロも嫌だしね。

いつもネタは、早朝「採れたてニュース」を探して、場合によっては(場合に拠らなくても)コピぺして、このページに貼り付ける。手の内を明かせば、コピーだから時間はかからない。といいつつ、その日のテーマを選択するのが大変だ。

今日のニュースだが、ろくなものがない。またネット常連のお決まり「よいしょ文句記事」なんてまったくむ読む気がしない。そうした隙間を見つけて書いているので、おのずとテーマも限定される。また、内容にかかわらず見出し題目も重要なファクターで、それによって来る人、来ない人の数がきまる。

昨日のテーマ、アメリカニューヨーク5番街だった。

初めは違った。「涼州詩」王翰とかき、それは古代中国の詩人の作った「漢詩」の名だった。そんな難しい題目に読者は見向きもしない。そんなことを判ったのは昼以降だったので、テーマを「アメリカニューヨーク5番街」にした。

これは自分でも傑作だとおもった。いま最も注目されるアメリカの話題だし、そのニューヨークには、大統領内定者?のトランプタワーがある。おまけに、そこは5番街だと知って、咄嗟に「5番街のマリー」の歌が聞こえた。

当のアメリカ人にはまったく知らない曲だろうが、この「5番街のマリー」は日本の高橋まり子の傑作曲である。

そこに「マッチ売りの少女」を立たせたのは、昔読んできかされた童話?がヒントで、旧きよき時代のアメリカ(デトロイト、クリーブランド、ピッツバーグ、シカゴ、ミルウォーキー、ゲーリーの重工業地帯)があり、移民の少女が夜遅くまでマッチ売りをしていて、それでも売れ残ってしまうという「シンデレラ姫」ストーリーを彷彿とさせる情景が浮かんだのだった。

また、その少女の姿がヒラリーと重なったので、来ない彼氏(大統領選敗戦)のせき日の思い再び、という切ないラブストーリー回顧趣味を演出した。ハハッ~

それが読者回復に寄与したかどうか、まったくわからないが多少ビュー数が上がったようだった。その日と前々日は二つ記事を書いたので、どれが影響しているかわからない。

はたして「涼州詩」王翰の漢詩と、アメリカ大統領トランプと、大衆はどちらに興味があるのか、といえばトランプに決まっている。そんなことを判っていて「涼州詩」王翰としたのは、やはり書き手ライターの思い入れがあるからだろう。

話しついでに末尾に張ったユーチューブは、ジャズボーカルの曲で、歌手はギラ・ジルカ&矢幅歩(Vo)のデュオグループだが、これもほとんど知名度のない若い新人だ。

かりに、これを見出しに使って「ギラ・ジルカ&矢幅歩(Vo)のデュオグループ」としても、あまり期待できないと思う。いってみればブランド力であり知名度であり、ミーハー的な知名度である。そんなこといったら711年の中国漢詩は、歴史的知名度としては充分だが、それをわざわざ理解しようとする素材ではない。と思っている。

すなわち大衆、社会、世間、の風評風聞、それら、「ちまた」を構成している一人一人の好き嫌い嗜好の基準は、最大公約数として皆が知っている範囲枠に入っていないと、疎外されるという恐怖がある。

例えばいじめなど、それが顕著で少しでも毛色が違うと、抹殺しようと排他的アクションが起こる。
その起こす側の論理だが、自分だって被害者になるケースはいくらでもある。そうならないために最大公約数枠の中に納まるように日夜努力している。

その理論を極大解釈したのが今回のアメリカ大統領選挙だったと、括ることが出来る。(朝からややこしい話しにしてしまって恐縮だがものの勢いというのがあって、このまま進むことにしようか・ ・ ・)

このアメリカ大統領選挙の話題にしたって、日本の田舎の片隅に棲む一住民が、トランプだのヒラリーだのいったところで本人と会った事もないし話したこともない。精々ピコ太郎のAAPAをトランプの孫娘がぞっこんだと、その程度しか知らない。

知らないのに、さも5番街の隣りに棲む「マリー」と友達で、たまに食事に誘われたり、暇なときにゴルフに行ったり(したときの車を見た程度)して、ディナーは
クリスチャン・ディオール?と思ったがレストランではないと気付いてティファニーは何売ってたか、などと支離滅裂なことは自分でもわかっていながら、なにしろ最大公約数の枠内にいないとフリーメーソンだと思われないからね。

それでミシガン湖の重工業地帯(日本の夕張か)デトロイト、クリーブランド、ピッツバーグ、シカゴ、ミルウォーキー、ゲーリーなど、今となっては破綻自治体筆頭になりつつある旧い前近代都市の、生き残りが、今回の選挙で勝ってしまった、という三流シナリオを書かせてしまった。
これ日本の江戸徳川一族が、時空を超え260年を待って一気に復活したようなそんな話しではあるまいか。

で「バノン」がやたらと引く手あまたで、なぜなんだろうかと。もちろんトランプ氏の選挙参謀を務め、勝利に導いたことは日本人でも知っている。それ以外、まったく情報がない「スティーブン・バノン」だか、はじめスピルバーグの兄貴かなにかと思っていたが、まったく関係ないと知って、やはり地下の人だと認識した。

それでいまだにバノンについてよく知らない、判らないという見方があって、それを裏付けるように検索サイトでは旧い情報ばかりだ。

日本のメディア界にもよくいるが、呼びもしないのにいつも居る、これが黙ってればいいのにやたらと喋る、というタイプの対極で、いつも何をやっていのか知れない、なにを食って生きているのかわからないので、ある日食卓をみたら「霞み」を食ってたという逸話が似合いそうなバノンである。

「バノン」については新着情報が入り次第、記事をかくことにするが、まずその前にトランプ大統領1月20日誕生という確約がないことには、それもおぼつかない。トランプなくしてバノンなし、である。



SOLO-DUO~ギラ・ジルカ&矢幅歩(Vo) ”Twinkle Twinkle Little Star” ギラ・ジルカ & 矢幅歩(Vo)