夢の中で、真っ白な音と紙と鉛筆で・・・
サテライトテレビ(BS)の中に写る五木寛之氏(1932年9月30日生 84歳)は、その場所がとてもしっくりと写る画面だとおもう。

その訳というと、一口で全部は語れないが、まあ二口くらいのエッセイで綴ってみたいとおもう。

世間でいま流布しているニュースはアメリカトランプの話題だが、日本でこれだけ騒ぐ大統領候補もめずらしい。でも来年1月に、その大統領なったところで、こちらとしては痛くもかゆくもない。大騒ぎしているのは政府筋と経済界(案外冷めている)で、あとメディアが誇大に騒ぎ立てている。

もちろん私だって怪頭「バノン」が霞を食っているワンショットをフォーカスしたいと虎視眈々と狙っている分子だから、人のことは云えない。

そのおかげで「豊洲」がすっかり影を潜め変わって東京五輪競技施設がにわかに活況を呈している。その主役は、やっぱり小池百合子氏だった。

「おいおい豊洲はど~すんだ」と○チャンネルの誹謗中傷飛語が飛ぶかとおもいきや、なにも飛ばない、前代未聞だ。

もっとも話題に挙がることが大前提で、その隣席で「3兆豆腐は如何なものか」とぼやく程度だったら舛添氏でもできる。

当座の主役は小池氏で傍らで傍聴していたオリンピックIOCコーツ副会長は完全にツマ状態で”このばかどもはっきりしろ!!!”と内心おもってはいないだろうが顔が、それを訴えている様子を必死にこらえているという絶妙な笑みは、さすがギリシア以来の歴史国家のなせる技だ。トランプさんは、此れ見習ったほうがいいよ。

その肝心の小池氏だが小池政治塾開催に当たって橋下氏に講演依頼したようだが、その講演費用を誰かが値切ったらしい。
いやそんなことできるの?!

※あのこちら小池事務所ですが今回の講演依頼料金のことですが当初3本でお願いしましたが、内部検討したところ高すぎるということで1本に決定しました。ついてはそれで計っていただけないでしょうか?
(創作ドキュメント 一部仮名)

ま3万円ということではないでしょうから、そこいらは判断して頂いて~、
「世紀のカラ騒ぎ」発言が影響してかどうか判断に苦しむが、安くは売らなかったという点で自分の商品価値グレードを上げた、そのことはさすがだな~橋下さんはー。

この一連のやりとりは、すべてネット情報なくして語れない内容ばかりだ。

私信だが、きのうある公共施設の広告ビラ作りの委託依頼契約(ボランティア)をしていて、それを半日かけてパソコンで制作した。すべてインターネット上の交信で担当職員と面識することもない(訪問はしていて名刺交換はしている)。経費費用は一切自己負担だから金のやり取りはない。だが仮にそれがあったとしてもネットバンクもしくはパソコン決済で、やはり人と交渉することは一切ない。

そのインフラは日本で整っているが、これを使う知識がなければ「猫に小判」状態で、まったく無意味だ。そんなことも含めて次世代リテラシーは、インターネットアクセスが必須社会であり、それが出来ないとかつての「文盲」と同じカテゴリーで括られてしまう。もっともそれは時間が解決してくれることで、団塊世代以前の年齢層が淘汰されると自然消滅するのでただ時間を待てばいい。

一緒に人口激減という副産物もあるが、そんなこと考えている自分がその枠内だから、首を括る麻縄の強度テストしているようなもので、いささか不気味だ。

そうこうしているうち、小池氏がなんとなく「卑弥呼」に見えてきたから不思議だ。えぇ、ヒミコってあの「卑弥呼」ですがねえ。

魏志倭人伝より「卑弥呼」伝
 
元々は男子を王として70 - 80年を経たが、倭国全体で長期間にわたる騒乱が起こった(いわゆる「倭国大乱」と考えられている)。そこで、卑弥呼と言う一人の少女を女王に共立することによってようやく混乱を鎮めた。
卑弥呼は、鬼道に事え衆を惑わした。年長で夫はいなかった。弟が国政を補佐した。王となって以来人と会うことは少なかった。
1000人の従者が仕えていたが、居所である宮室には、ただ一人の男子が入って、飲食の給仕や伝言の取次ぎをした。樓観や城柵が厳めしく設けられ、常に兵士が守衛していた。
卑弥呼は景初2年(238年)以降、帯方郡を通じて魏に使者を送り、皇帝から「親魏倭王」に任じられた。正始8年(247年)には、狗奴国との紛争に際し、帯方郡から塞曹掾史張政が派遣されている。「魏志倭人伝」の記述によれば朝鮮半島の国々とも使者を交換していた。
※臺與【生没年不詳】は、日本の弥生時代3世紀に『三国志 (歴史書)』、魏志倭人伝中の邪馬台国を都とした倭の女王卑弥呼の宗女にして、卑弥呼の跡を13歳で継いだとされる女性である。魏志倭人伝中では「壹與」であるが、後代の書である『梁書』『北史』では「臺與」と記述されている。

ウィキぺデア検索によれば、卑弥呼についてそう書いてある。それは通説であり試験答案基準だから間違いではない。ただしホントか嘘かは知らない。

238年時代の話しを小池氏にこじつけるのも何んだが、昨日の森氏とのつばぜり合いをテレビで見ていてそう思った。

もともと卑弥呼なんていなかった、という説もあって、また記述原本が中国発であり、また相当旧いということも加味し総合的に見て、信憑性の点で怪しい。この怪しさが、昨日の4者オープン会談で、腹の探りあい、キツネとタヌキのお遊戯会、はたまた鳥獣戯画図の兎と蛙の決闘図が迫真の演技で、それを達者な絵で書いているので、ついつい見とれてしまう。

見出しに「真っ白な音と紙と鉛筆」と書いてあるが、「真っ白な陶磁器」はあるが「真っ白な音」はないだろう、という指摘が来そうなので先制攻撃自主防衛をしておくが、真っ白な音は存在する。
※ホワイトノイズ (White noise)、あるいは白色雑音(はくしょくざつおん)とは、不規則に上下に振動する波のこと。 通常、可聴域のホワイトノイズを指すことが多い。 フーリエ変換を行い、パワースペクトルにすると、全ての周波数で同じ強度となる。「ウィキぺデア」

昨夜の4者会談、このホワイトノイズではなかったか、という「夢の中で」~というバーチャル空想にしたかった。 

「五木寛之」ものがたり

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bs朝日 五木寛之の百寺巡礼
作家・五木寛之が、全国各地の寺院を巡りながら、日本人の原風景・原点とは何かを見つめ直した名番組が、10年の時を経て復活。そこには、“現代の日本人が忘れかけているもの”との出会いがあります。

五木寛之 生年月日: 1932年9月30日 (84歳)

紫式部ゆかりの石山寺(滋賀県)では、紅葉の見事さに「この先、あと何度見られるか…」と嘆息し、大原の里にたたずむ三千院(京都府)では、今しも立ち上がろうとするかのような勢至菩薩・観音菩薩坐像と対面します。京都五山に数えられる名高い寺・東福寺(京都府)では、紅葉の渓谷に架かる通天橋を仰ぎ、京都五山に数えられる名高い寺・東福寺(京都府)では、紅葉の渓谷に架かる通天橋を仰ぎ、世界遺産にも登録され、最澄を開祖とする日本天台宗の本山・比叡山延暦寺(滋賀県)では、千日回峰行(かいほうぎょう)者の道を駆け抜けます。
一年で最も美しいとされる秋の都で、高精度のカメラが捉えた寺の建築美、仏像の微笑、色づく木々の鮮やかさ…。作家・五木寛之が、長い歴史の中で人々が慈しんできた古刹の背景にある「何か」を、深い見識と優しい語り口で探し当てていきます。
(記事引用)

著書一覧
『さらばモスクワ愚連隊』(作品集)講談社 1967年、のち角川文庫、新潮文庫
『蒼ざめた馬を見よ』(作品集)文藝春秋 1967年、のち文庫
『海を見ていたジョニー』(作品集)講談社 1967年、のち新潮文庫
『青年は荒野をめざす』(作品集)文藝春秋 1967年、のち文庫
『幻の女』(作品集)文藝春秋 1968年、のち文庫
『裸の町』文藝春秋 1968年、のち文庫
『男だけの世界』中央公論社 1968年、のち角川文庫、中公文庫
『恋歌』講談社 1968年、のち文庫
『ソフィアの秋』(海外小説集)講談社 1969年、のち講談社文庫、新潮文庫
『内灘夫人』新潮社 1969年、のち新潮文庫
『朱鷺の墓』新潮社 のち新潮文庫(1970年、NHK連続ドラマ。1973年、松竹現代劇)
『朱鷺の墓 空笛の章』1969年、『朱鷺の墓 風花の章』1970年、『朱鷺の墓 愛怨の章』1972年
『デラシネの旗』文藝春秋 1969年、のち文春文庫
『ヒットラーの遺産』(作品集)光文社カッパ・ノベルス 1969年、のち講談社文庫
『涙の河をふり返れ』(作品集)文藝春秋 1970年、のち文春文庫
『狼のブルース』講談社 1970年、のち旺文社文庫、講談社文庫
『にっぽん漂流』文藝春秋 1970年、のち文春文庫
『こがね虫たちの夜』(作品集)河出書房新社 1970年、のち角川文庫、講談社文庫、旺文社文庫
『青春の門』講談社、1970年-1993年、のち文庫、同新版
筑豊篇 (1970年)
自立篇 (1971年-1972年)
放浪篇 (1973年-1974年)
堕落篇 (1976年-1977年)
望郷篇 (1979年)
再起篇 (1980年)
挑戦篇 (1993年)
『樹氷』文藝春秋 1970年 のち文庫
『白夜物語』(北欧小説集)角川書店 1970年、のち文庫
『四月の海賊たち』(作品集)文藝春秋 1971年、のち文庫、旺文社文庫
『にっぽん三銃士』(上・下)新潮社 1971年、のち新潮文庫
『ユニコーンの旅』(作品集)文藝春秋 1971年、のち文春文庫
『わが憎しみのイカロス』文藝春秋 1972年、のち文春文庫
『鳩を撃つ』新潮社 1972年、のち新潮文庫
『変奏曲』新潮社 1973年、のち新潮文庫
『夜のドンキホーテ』河出書房新社 1973年、のち角川文庫
『箱舟の去ったあと』講談社 1973年、のち文庫
『にっぽん退屈党』文藝春秋 1973年、のち文庫
『スペインの墓標』実業之日本社 1976年、のち文春文庫、「哀愁のパルティータ 南欧小説集」集英社文庫
『戒厳令の夜』新潮社 1976年、のち新潮文庫
『凍河』文藝春秋 1976年、のち文庫、集英社文庫
『海峡物語』講談社 1977年、のち文庫、双葉文庫
『恋歌』講談社 1977年、のち文庫
『遥かなるカミニト』角川書店 1977年、のち文庫
『燃える秋』角川書店 1978年、のち文庫、講談社文庫、集英社文庫
『日ノ影村の一族』文藝春秋 1978年、のち文庫
『浅の川暮色』文藝春秋 1978年、のち文庫
『風花のひと』講談社 1979年、のち文庫
『水中花』新潮社 1979年、のち文庫
『四季・奈津子』集英社 1979年、のち文庫
『四季・波留子』集英社 1987年、のち文庫
『四季・布由子』集英社 1992年、のち文庫
『四季・亜紀子』集英社 2000年
『男と女のあいだには』新潮社 1979年、のち文庫
『夜明けのタンゴ』新潮社 1980年、のち文庫
『さかしまに』文藝春秋 1981年、のち文庫
『鳥の歌』講談社 1982年、のち文庫、集英社文庫
『風の王国』新潮社 1985年、のち文庫
『冬のひまわり』新潮社 1985年、のち文庫
『ヤヌスの首』文藝春秋 1985年、のち文庫
『メルセデスの伝説』講談社 1985年、のち文庫
『旅の幻灯』(自伝小説)講談社 1986年、のち文庫
『哀しみの女』新潮社 1986年、のち文庫
『旅の終りに』サンケイ出版 1986年、のち講談社文庫、双葉文庫
『疾れ!逆ハンぐれん隊』part 1-13 講談社 1986年-1990年、のち文庫
『ガウディの夏』角川書店 1987年、のち文庫
『朱夏の女たち』文化出版局 1987年、のち新潮文庫
『大人の時間』新潮社 1987年、のち文庫
『フランチェスカの鐘』新潮社 1988年、のち文庫
『雨の日には車をみがいて』角川書店 1988年、のち文庫、集英社文庫
『奇妙な味の物語』集英社 1988年、のち文庫
『金沢望郷歌』文藝春秋 1989年、のち文庫
『野火子の冒険』角川書店 1990年、のち文庫
『ワルシャワの燕たち』集英社 1991年、のち文庫
『晴れた日には鏡をわすれて』角川書店 1992年、のち文庫
『レッスン』光文社 1992年、のち新潮文庫
『ステッセルのピアノ』文藝春秋 1993年、のち文庫
『蓮如物語』角川書店 1995年、のち文庫
『物語の森へ 全・中短篇ベストセレクション』東京書籍 1996年
『五木寛之クラシック小説集』全5巻(CD book)小学館 1996年
『ハオハオ亭忘憂録』角川書店「ハオハオ!」文庫 1998年
『旅の終りに』文藝春秋(平成梁塵秘抄劇シリーズ) 2002年、のち文庫
『サイレント・ラブ』角川書店 2002年
『親鸞』(上・下)講談社 2010年、のち文庫
『親鸞 激動篇』(上・下)講談社 2012年、のち文庫
『怨歌の誕生』(短編集)双葉文庫 2013年
『親鸞 完結篇』(上・下)講談社 2014年、のち文庫
『金沢あかり坂』(短編集)文春文庫 2015年
(検索ウィキぺデア)

(夢の中で) 真っ白な音と紙と鉛筆3

続編 思案中・・・ ・・・ 1.5a兆くらいで如何か?