アップル、マイクロソフト、そして新しい旅立ち
15 年ありがとう!–No.325 microsoft  第325回(2013年9月24日掲載)
■最終回にもビッグな新発表
マイクロソフト社の公式 Web サイトで、15 年弱の長きに渡って続けさせてもらった連載、Apple's Eye も、325 回目となる今回が最終回となる。
これだけの長期連載は筆者としても初めてだが、その最終回はなんとも劇的なタイミングと重なった。

iPhone 5c と iPhone 5s の発売日──アップル社の iPhone の 2013 年モデルの発売日だ。

今回の iPhone の発表は、これまでのアップルのやり方との決別を意味する、ある意味 iPhone の歴史の中でもっとも重要な発表になるかも知れない。
これまでアップル社は 1 年をかけて毎年全身全霊で作った 1 機種だけを発表し続けてきたが、今年はもう少し頑張って、なんと 2 種類の新モデルを出してきたのだ。
 
iPhone 5s が 3 つ、iPhone 5c が 5 つの、計 2 モデル、8 バリエーションがラインアップされた。

純正のケースを装着。組み合わせてデュオトーンが楽しめる
 
iPhone は、元々技術にはそれほど興味がなく、カメラ撮影や LINE などのソーシャル メディアを楽しむためのおシャレなスマートフォンとしてカジュアルに楽しんでいる層と、毎年追加される Siri や Bluetooth Low Energy などの次のトレンドを生み出す新技術を心待ちにしている層のどちらからも支持されていた。

アップルは毎年、両者の絶妙なバランス ポイントを模索して製品にしてきたが、今年はその両者を分割し、それぞれのサイドに思いっきり振った新製品を出してきたのだ。
iPhone 5c は、気軽さを感じさせるプラスチック ボディで 5 色のバリエーションを用意したモデルだ。本体色が穴から透けて見える 6 色の純正ケースも用意したことで、色の組み合わせを楽しめることも大きな魅力。

性能的には昨年発表の iPhone 5 とほぼ同じだが、自分撮りカメラの FaceTime HD の画質がよくなり、バッテリ寿命が伸びたのに加え、標準 OS が iOS 7 になったので、OS の真新しさでも楽しめる部分が多い (ただし、iPhone 4、4s、5 でも、OS をアップグレードすれば同等の恩恵が受けられる)。

価格も大幅に下がりカジュアルな端末に思える iPhone 5c だが、アップルは決して手を抜くことはしない。

iPhone 5c。ボタンのホールまでも緻密な工作が施されている

プラスチック ボディとは言っても、内側にはアンテナの機能も備えた補強フレームが使われていたり、ボリューム ボタンなどの穴は、成形の型で用意するのではなく、できあがったプラスチック ボディに精密なドリルでわざわざ穴を開けるという、普通の会社ならおよそやらないような手間をかけて精巧さや気密性を実現している。

一方の iPhone 5s は、大きさや形は昨年モデルの iPhone 5 とほぼ同じながら、スマートフォンでは初めてとなる 64 ビットのプロセッサの A7、そしてコンセプトそのものが初となるモーションプロセッサーの M7 を搭載した、かなり未来志向の製品に仕上がっている。

A7 プロセッサの恩恵が受けられるのは、しばらくの間は全体的なパフォーマンス アップ (最大 2 倍程度) や霧、煙なども含めたリアルな3Dコンピューターグラフィックが中心だが、今後、例えば音声認識や画像認識の分野で大きな進化を始めるキッカケになるかも知れない。ちなみに iPhone 5s 単体ですぐに恩恵を受けられるメリットとしてはカメラのオートフォーカスが早くなったことも、64 ビット化の恩恵の 1 つのようだ。

一方、まだまだ未知数ながら大きなポテンシャルを秘めていそうなのが M7 プロセッサだ。これは今、ユーザーが歩いているのか、走っているのか、自転車に乗っているのか、それ以外の高速移動の乗り物に乗っているのか……といったことを GPS、加速度センサー、ジャイロ センサー、コンパスなどから得られる情報から統合的に判断するプロセッサで、これによってゆっくり移動しているときは GPS で位置確認する頻度を減らしてバッテリを節約したり、車や電車などで高速移動中は、自動的に公衆無線 LAN への接続を抑制してバッテリと接続の途切れを減らすようにする、といったことも行われている。
iOS 7 標準搭載のマップも早速 M7 プロセッサに対応しており、車で移動しているか歩いているかを認識した上で適切なナビを行ってくれる。


iPhone 5s のひとつの目玉である指紋認証技術
Touch ID
これら 2 つの技術が真価を発揮するのはもう少し先かも知れないが、iPhone 5s には、すぐに恩恵を受けられる特徴もいくつかある。操作そのものは極めて簡単ながらスマートフォンを外で使う際の安全性を大幅に高めてくれる Touch ID 指紋認証技術だ。

スマートフォンを使っていると職場や電車の中でも、たびたびロック解除やアプリ購入時のパスコードを入力する場面になるが、Touch ID を使えば指を置くだけで本人と認められ、ロックの解除や曲、アプリ、電子書籍の購入が出来てしまう画期的な技術なのだ。

iPhone 5c のデスクトップ。
新 OS の iOS 7 は、デザインすべてを見直した、フラットでクリーンなデザインに刷新された

さらに iPhone 5s では、同じ 800 万画素ながらレンズをさらに明るいものにし、CMOS センサーの画素 1 つ 1 つを従来より 15% も大きなものに変えて光を吸収しやすくし、暗いところでの写真をかなりきれいにしておきながら、フラッシュにも世界初の発明で 2 色のフラッシュの光量をソフトウェアで瞬時に調整して自然な色合いで撮れるようにした True Tone フラッシュ機能を用意。他にも 120 フレーム/秒で撮影し、4 分の 1 のスローモーション再生ができる動画機能など、買ってすぐ人に自慢できる楽しみも満載されている。

新 iPhone のハードのニュースと並んで、新しい iOS も発表された。こちらもプロセッサの A7、M7 に番号を合わせるように iPhone の 7 年目を支える OS ということで iOS 7 と名付けられているが、これはこれまでの iOS を一度忘れ、新時代の iOS をゼロから構築するような心意気で作られた OS だ。

2007 年に登場した初代 iPhone から変わることがなかったホーム画面の電話やメッセージ、Safari などのアイコン デザインが一新され、まったく違う見た目になっている。

壁紙は、自身のボディ カラーに合わせた設定し、カラー コーディネートしてくれる
 
同 OS のデザインを手掛けたのは、iPhone や iPad、そして Mac の工業デザインも手掛けているジョナサン・アイブ上級副社長率いるアップル社のデザイン チームだ。
アップル社の製品はこれまでハードとソフトの融合が大きな強みとなっていたが、これをハードとソフトの技術だけでなく、ハードとソフトのデザインにおいてもやろうというのが新しいアップルの姿勢だ。
それを体現するように 5 色展開の新しい iPhone 5c では、本体の色に合わせた 5 色の壁紙が用意されており、初期化をしても iPhone 自体が自分の色を識別して、適切な壁紙を設定してくれる (もちろん、ボディ カラーに関係ない好きな壁紙を設定することも可能だ)。

間もなく公開予定の映画「スティーブ・ジョブズ」でもそんなシーンがあるが、ジョブズが 1997 年のアップル社に対して懐疑的だった時、この会社にまだ希望があると思わせたのはジョナサン・アイブの存在だ。

これまでのアップルはスティーブ・ジョブズの圧倒的存在感が CEO を中心にして動く企業というイメージを強く作ってしまったため、ティム・クック CEO がその代わりとしての期待や役回りを担っていた。

しかし iOS 7、そして新しい 2 つの iPhone からは、ティム・クックとジョナサン・アイブの 2 人をリーダーとしたスティーブ・ジョブズ後の新しいアップルの顔が見えてくる。

■マイクロソフト社にも大きな変化

Office を標準搭載する Surface Pro。
タブレット PC の新しいカタチか。
世代が変わるのはアップルだけではない。長い間マイクロソフト社の CEO を務め、その情熱的な語り口で多くのファンを作っていた共同創業者で CEO のスティーブ・バルマー氏も来年には引退をほのめかしている。

アップル社がパソコンの会社から携帯電話の会社へと大きな転身を果たしたように、マイクロソフト社もソフトの会社からソフトとハードのインテグレーションの会社に変貌しつつある。

数年前からキーボードやマウスといったパソコン周辺ハードも、かなり質の高いものを出してきたが、Windows 8 と Windows RT の時代になって自社製のタブレット PC、Surface シリーズも出してきた。こちらも OS に込められたソフトの狙いを美しいハードに融合した製品だ。

最近では Surface 2 の登場も噂されているマイクロソフト社だが、何も同社が進めているハードとソフトの融合はパソコンだけではない。

すでにパソコン以前からゲーム機の Xbox ではまさにこれをやってきていたし、今年後半から来年にかけてはスマートフォンの Windows Phone でこの融合が起きそうだ。同社は、少し前まで世界最大だった電話会社、ノキアと密接な関係を築いて Windows Phone を開発してきたが、ついにはそのノキア社を買収して自社内でスマートフォン OS とハードの融合を始めようとしているようだ。

■次の 15 年へ

パソコン革命は 1971 年、インテル社が日本のビジコン社との共同開発で「4004」という CPU を開発したところに端を発し、1970 年代の末にアップル社がハードウェア ビジネスを、マイクロソフト社がソフトウェア ビジネスを形にしたあたりから加速を始める。

その後、インターネットの大波がやってきても、パソコン並みの性能をポケットに収められるスマートフォンの時代がやってきても、スマートフォン時代の新しいパーソナルコンピューターとしてタブレットの人気に火がつこうとも、IT 業界の主要プレイヤーはアップルとマイクロソフト以外に 1〜2 社加わったくらいで、それほど大きな変化はない。

だが、2010 年代に入り、40 年近く IT 業界の中心にいた 2 つの企業も大きな節目を迎えようとしている。

こちらの連載、Apple's Eye が掲載されているコーナーも、そもそもはスティーブ・ジョブズがアップルに戻ってきて最初に行った重大発表「マイクロソフト社との大規模提携」の中から誕生したものであり、両者がともに次のステージにあがろうとしている段階で、いつまでもこれまでのやり方で続けているのは不自然だろう。

幸いにも「iMac でこれからパソコンを始めようとする人達へ」の出だしで連載を始めた 1999 年 5 月には、まだアップル社の先行きに不安を持つ人も多く、情報が得られる Web サイトも限られていたが、今では iPhone のアプリ紹介サイト、Apple Store の情報に限定したサイト、女子限定サイトなど、かなり多彩なアップル情報サイトが揃っている。

それに加えて Twitter や Facebook でも日々、アップルやマイクロソフト社の動向についての最新ニュースが流れてくる。ついに NTT ドコモも加わり 3 キャリアから提供される新 iPhone で、これからアップル製品に触り始める人も大勢いるだろう。
おそらく、いずれはこれから iPhone、iPad や Mac でマイクロソフトの製品を使う人の方が、これまでの Microsoft Office for mac のユーザー数を追い抜くかも知れない。
だが、そんな人には今後もマイクロソフト社やアップル、そして Mac Fan や MacPeople といった専門誌がより詳しい情報提供をしてくれるはずだ。

だから、この連載は一度、ここで幕を閉じようと思う。

これまで長い間、本連載を応援し、感想や誤字脱字を Twitter や Facebook、メールなどで教えてくださった方々には、この場を借りて感謝の辞を述べたい。

そして連載を始めるきっかけを作ってくれたマイクロソフト社の鶴淵忠成さんや元アスキーの簗尚志さん、最も長い間この連載を見守ってくれた元マイクロソフト社の仲尾毅さんと編集者の藤沢幸斎さん、そして仲尾さんが去った後、この連載の延命に尽力してくださった大勢の方々。ありがとうございます。

この連載をきっかけに Twitter を始めてつながった人々や、この連載がキッカケでアップル製品やマイクロソフト製品に親しみを覚えたと言ってくれた人達からも大勢声をかけていただいた。

15年近くも記事を書いていると、過去の記事を振り返って色々な思い出が蘇ってくるが、みなさんと素敵な一時代を共有できたことを幸せに思います。

みなさんにとって、次の 15 年も素敵でエキサイティングなものでありますように。

さようなら。また、どこか別の場所で!

The Proposal From Mactopia
林 信行 Nobuyuki Hayashi
林 信行 e-mail 
IT ジャーナリスト & コンサルタント。アップル社の製品やビジネス、カルチャーを'90年から取材。Blog やソーシャルネットワーク、インターネットビジネス、携帯電話関連の記事を、経済誌や新聞、パソコン雑誌に執筆。日本だけでなく英米、フランス、韓国、ドイツなど海外媒体にも記事を提供。企業やビジネスセミナーでの講演、コンサルティングも行っている。最近の著書は「 iPad ショック」 (日経BP社刊) 、「 iPhone とツイッターは、なぜ成功したのか?」 (アスペクト刊) 、「アップル vs グーグル」 (ソフトバンク刊、共著) などがある。ブログ「nobi.com(twitter)」も更新中。nobi.comtwitter)」
(記事引用)

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