Galapagos Japas

国際政治と日本の古代政治変遷歴史 明治維新など特に集中して書いている

2016年01月

当確ライン「投票算」の仕方

当確ラインがすぐわかる「投票算」の摩訶不思議  
著者 志進ゼミナール塾長 小杉拓也
PRESIDENT 2015年10月19日号
A社が実施する事業コンペに、あなたの会社が参加することになった。ライバル会社は4社。計5社のうち2社が1次審査を通過する。A社側の審査員は30人で、1人1票を投じる。
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このコンペ内容を先輩社員に説明したところ、「ということはウチが確実に2社に選ばれるためには最低11票必要になるということだな」といわれた。「そうなんですか……?」と首をひねるあなた。

さて、読者のみなさんはどういうことかおわかりだろうか。

国会議員選挙のテレビ速報で、1%などの非常に低い開票率にもかかわらず、「当確」が出ることがある。これは各メディアが出口調査や過去の調査結果などさまざまなデータを組み合わせて、「間違いない」と判断した段階で「当確」を出しているのだ。

今回のコンペはどうか。先輩社員は11票が1次審査を通過する確実なラインだと指摘している。どうやって算出したのか。実はこれは「投票算」という方法によって求められる。投票算は中学受験向けの算数で習う“特殊算”でもある。

5社がコンペに参加し、2社が1次審査を通過するという今回の事例であるが、ここでのポイントは「激戦を想定」し、1次審査を通過する会社の数に「1を足す」ことにある。つまり、3社で争うと考えるのだ。なぜなら、5社に票がまんべんなくバラけると、確実に通過できる票数を割り出すのは難しいためである。

あなたの会社が2位までに入るには、3位の会社より1票でも多く票を獲得できればよい。3位の会社が最も多い票を得るときの票数は、上位3社ですべての票を等しく分け合う場合の票数ということになる。つまり「30÷3=10票」である。


図を拡大 
3番目よりも1票でも多く獲得 

しかし、これでは3社が10票ずつで並んでしまう。そこで2位までに入るためには1票を加えて、「10+1=11」とすればいいのだ。先輩の指摘どおり、コンペの1次審査を確実に通過できる票数は「11票」となる。

審査に通過する2社に1を足した3社で票を取り合う場合を考えるのがポイントだ。たとえば、次の場合も考えてみてほしい。

「ある事業コンペに6社が参加し、1回の審査で採用の1社を決める。審査員は50人で、1人1票を投じる。採用確実になるには最低何票取ればよいか?」

1社を選ぶわけだから、激戦を想定して1社を足し2社で争うと考える。50票を2社で分け合うと、「50÷2=25票」となる。しかし、25票ずつでは勝敗が決まらないので、1票を加えて「25+1=26」とする。つまり、答えは「26票」となる。

この投票算の話をあるビジネスパーソンにしたところ、彼はAKB48のファンで、メンバーの1人を熱狂的に応援しているらしく、「彼女が『選抜総選挙』で1位になるためには何票必要か」と尋ねられた。しかし、これは総投票数が事前にわからないので、明確に答えることはできない。彼のとても落胆した表情が、いまでも強く印象に残っている……。
(記事引用)
 

イヌとサルのたたかい!!!

「捏造の科学者〜STAP細胞事件」
40通のメールは何をあぶり出すのか?
水留章[テレビ番組制作会社 社長]2015年1月16日(金) 
毎日新聞記者・須田桃子さんの著書「捏造の科学者〜STAP細胞事件(文芸春秋)」が1月7日に発売されました。三省堂本店でも平積みになり、新聞広告でも増刷が謳われているようです。

著者・須田桃子さんは、毎日新聞東京本社の科学環境部の記者で、これまでもiPS細胞の山中伸也教授の密着取材本の出版や、森口尚史の「iPS細胞を使った世界初の心筋移植手術」を疑い、ベタ記事に抑えたりと、この分野の実績のある方のようです。とても興味深く読めました。

まずは感じたことは、著者のキャリアからくる科学知識の豊富さと理解力。この本は、聞き慣れない分子生物学用語も、著者だけ分かっているという態度ではなくさすがに記者と言う啓蒙的文章で書かれています。早稲田大学の理工学研究科修士課程修了という本格的リケジョ、大学院で言えば小保方氏の先輩にあたるのも面白いと思いました。

記者としても粘り強く取材対象者と向きあい、相手の懐に飛び込む姿勢が、この本の中にも表れています。今までの実績からかもしれませんが、登場する多くの科学者たちとの面識が取材を通じてあり、中でも故・笹井氏とはこの件で都合40件のメールを受け取るやり取りをしていて、やりとりした文章の紙背からから故笹井氏の自信、過信、誇らしさ、焦り、苦悩が読み取れます。

なくなる3週間前のメールなどは、今から見れば何かを訴えているようにも読めます。最初の会見も故・笹井氏から是非関西に来て取材してくれと言われ、上司に無理を頼んで行った経緯があるそうです。それも、本が出版された今となっては、因縁としか言いようがない気もします。

また、この本の魅力の一つは、昨年1月からこの騒ぎを時系列で追ってくれていることです。たった一年間の出来事ですが、メモも取らず毎日の新聞テレビの報道に一喜一憂して流されている我々からすると、とても頭の整理ができます。

最初の熱狂から疑義。そして、憤り。春から夏への季節感が感じられて、昨年のこちら側の思いの変化も炙り出してくれます。勿論、科学的な立場からあの論文の化けの皮が、日々、月毎に剥がされていく過程も、細かい取材に導かれて推理小説のような味わいもあります。

しかしなんといってもこの本の読みどころは、著者の関心が「STAP細胞の存在や否や」ではなく「どうして不正が起きたがの過程を知りたい」に移っていく所です。

途中から彼女は、当初我々と同じように熱狂したものの「存在」より、「存在しない」理由探しに走り、たくさんの取材結果を得て、結果「どうして? こんなことに」に行き着くのです。理研の事後処理のマズさや、官僚組織の人間模様、科学者というプライドと仙人のような性格、小保方氏の特異なキャラクター、自己犠牲と自己防衛・組織防衛、国の利を早急に求める科学行政。言葉にははっきりさせていませんが、「なるほど。恐らくはこんな感じだったのではないかなぁ」というアウトラインが頭に出来てくる著作です。確かに決定的な一つだけの理由でこの騒ぎが起きたのではないと思います。

とても複合的な原因たちと、それがそこまでよく時系列的に偶発性であるのにストーリーを作ったなぁ、という感想です。万が一悪意はなかったとしても、「未必の故意」と呼べるような幼稚性も否定できません。この騒ぎが、ライバルと目されていiPS細胞の重要性をより高めたのは皮肉な結果かもしれません。

本書の中である科学者が「だから(内輪では)そうなのだ」という「他の世界の人にわからないと嘆くフレーズ」を言っているのが心に残りました。「業界の言葉での批判」自分でも使います。

自負と自信が慢心と過信に変化しているセリフだと気づかせてくれました。
(記事引用)

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『捏造の科学者――STAP細胞事件』須田桃子著
著者インタビュー PRESIDENT 2015年3月16日号
著者 高橋盛男=文 永井 浩=撮影
科学の根底には、人をワクワクさせる未知への好奇心がある。「研究者が抱くそのワクワクを、わかりやすく読者に伝えたい」。それが科学記者としての己が使命だと著者はいう。だが、昨年のSTAP細胞の一件は、勝手が違った。


「渦中にあった理化学研究所の笹井芳樹氏(故人)も、山梨大学の若山照彦氏も、取材を通じて交流があり、その人柄はよく知っていました」

STAP細胞事件では、それら敬愛する研究者を追及する立場になった。「つらい日々でした」と著者はふり返る。

本書は、昨年1月28日の理研ユニットリーダー(当時)小保方晴子氏らの記者会見以来、著者が追い続けてきた同事件の経緯をまとめ上げたものだ。生命科学の最先端での出来事、しかも事態の展開の速さゆえ、門外漢にはなかなか捉え切れなかったその全容を、本書で知ることができる。

著者は毎日新聞の記者。東京本社科学環境部で、生命科学や再生医療に関する取材を多く手がけてきた。大学時代は宇宙物理学を専攻し、一時は研究者の道を志してもいる。それだけに、「この事件をとても残念に思う」という。

「生命科学の分野では第一級の研究者がSTAP細胞論文の共著者として名を連ねています。なのに、なぜ論文の捏造が見抜けなかったのか」

疑惑が浮上してから、異様なほどに論文を擁護した理研の対応も不可解だった。

「科学者は変人も多いけれど、自身の研究に対しては真摯で誠実な人たち。そう思っていましたから、一連の不祥事は正直、いまだに信じがたいところがあります」

科学の寵児から疑惑の人へと急転した小保方氏。実際に対面した昨年4月の釈明会見では、「研究者として未熟で、誠実さに欠ける人としか映らなかった」と著者はいう。


現段階で、STAP細胞は「存在しなかった」ことがほぼ確定している。しかし、これを結末として「この事件の幕引きにしてはいけない」と著者は警鐘を鳴らす。

「直接的には、論文捏造が起こりえたことが問題です。しかし、背景には基礎研究より応用研究を偏重する傾向や、研究予算の配分、研究者の育成など、様々な問題が介在しています」

それをどう是正するかは、科学界のみならず、科学大国といわれる日本の将来とも関わってくる課題なのだ。

須田桃子(すだ・ももこ)
1975年、千葉県生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了(物理学専攻)。2001年毎日新聞社入社。水戸支局を経て06年より東京本社科学環境部記者。生殖補助医療・生命科学やノーベル賞などを担当。共著に『迫るアジア どうする日本の研究者』『素顔の山中伸哉』ほか。
(記事引用)

時代を記録する「小保方氏報道」.5

時代を記録する「小保方氏報道」.5
小保方晴子氏、手記出版で「作家」として復活? 
“第2の佐藤優”と出版界が食指2016年1月29日 11時33分   

 新たなる第一歩を踏み出した――1月28日、元理化学研究所の小保方晴子氏が手記を出版した。「あの日」(講談社)と題されたこの書には、騒動の最中、小保方氏が話せたくても話せなかったメディア・スクラム被害、そして前時代的なアカデミズムの“闇”がつまびらかに描かれている。手記が発表された1月28日は、2年前、騒動の発端となった「STAP細胞」が発表された日でもある。

 この小保方手記の出版化の報は、マスコミ界、とりわけ出版業界では大きな驚きをもって迎えられた。騒動以来、ずっと小保方氏を取材してきた週刊誌記者のひとりが語る。

「小保方氏、そして彼女の代理人弁護士の事務所にずっと書籍や雑誌への寄稿依頼を続けてきました。でも、いいお返事を頂くことはなかった。オファーはすべて断っているとのことなので……。今回、講談社さんは、相当、頑張られましたね。完敗です」

 事実、小保方氏に近い関係者の話では、新聞社、テレビ局、出版社などのマスコミ各社、芸能事務所からのオファーが、騒動の最中、引きも切らなかったという。

 そうした声を裏付けるかのように、大手出版社が発行する週刊誌の編集長は「小保方氏の連載企画を検討し、オファーを出したことがある」と語る。

「そもそも小保方氏は刑法上、罪を犯したわけではありません。騒動について“真実”は誰もわからないでしょう。何十年かたって彼女の主張が“真実”と認められる可能性もある。科学とはそういうものですから。なので理系に強い執筆陣として連載を持って頂くことも考えています。あれだけのネームがあれば作家としてもバリューは十分です」

 テレビ局や芸能プロダクションも同じだ。“タレント”起用を視野に小保方氏への接触を試みたが叶わなかったという都内芸能事務所幹部は、こう話す。

「元衆院議員で、現在はタレントとして活躍されている杉村太蔵さんの女性版、リケジョ(理系女子)という立ちです。科学をわかりやすく解説する、そんな新しいタレントとして活躍してもらおうと。テレビ番組でのMC、コメンテーターのほか、ご本人さえよければ、あのルックスです。女優、グラビア・アイドルとしても十分売り出せますよ」

 テレビ、出版、芸能の各社の話を総合すると、今、騒動の“号泣県議”野々村竜太郎被告のような刑法犯とは異なり、小保方氏の場合、実社会とは縁遠い学究社会でのトラブルで話題となったに過ぎない。なのでメディア露出へのハードルは低い。…

一連の騒動を遠因とする博士号剥奪という“悲劇性”もタレントとしての資質十分だ。小保方氏がメディアに“出やすい”環境は、すでに整えられつつあるという。

 さて今回、小保方氏による手記発表を、化学研究者たち、アカデミズムの世界ではどう捉えているのか。かつて小保方氏が所属した理化学研究所の関係者がさばさばとした口調でこう応えた。

「もう小保方氏は研究者人生に完全に見切りをつけたなという印象です。手記を出さなければまだ首の皮一枚、いばらの道ではありますが研究者としての道は残されていましたから」

 あまり現実的ではないが、大学や研究機関に属さずとも研究活動は一応続けられる。その研究を発表する場さえあれば、研究者ではいられるからだ。もっとも今、小保方氏を受け入れる権威ある学会はないかもしれない。しかし、いつか風向きが変わる可能性も捨てきれず、研究者として復活の目もわずかに残されていた。

「手記では、かつて小保方氏を指導した山梨大学の若山照彦教授に関する記述が目立ちます。これは新たな火種となりかねない。そんな手記を発表する小保方氏を迎え入れる学会は恐らくないでしょう。研究者としては終わりです」(前出の理研関係者)

 若山山梨大教授とは、騒動の最中、「小保方氏は自分の渡したマウスを使っておらず、別のマウスとスリ替えた」「私は小保方氏に裏切られた」とマスコミに語り、STAP細胞研究に関わりながらも、当時、小保方氏が“悪玉”と目されたのに対して、“善玉”と目された人物だ。その若山教授について、小保方氏は手記でこう述べている。

<若山先生が作った細胞を、若山先生ご自身が調べて「おかしい」と言っている異常な事態に(以下、略)>

<もし私がES細胞をSTAP細胞だと偽って渡していたのなら、もともと増殖している細胞が渡されていたことになり、若山先生が観察した、増殖能の低いSTAP細胞からの無限増殖する幹細胞への変化は起こるはずがなく、気がつかないはずはないのではないだろうか>

 騒動の当事者による一方的な話かもしれない。しかしここにもまた真実がある。冒頭部で紹介した週刊誌の編集長は手記を読み終えた後でこう述べた。

「この手記は、いわゆる“ムネオ疑惑”に連座、『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社刊)を著した元外務省主任分析官で作家として復活した佐藤優氏(56)を彷彿とさせます。理系版、女性版の“第2の佐藤優”になって頂きたい」

 作家かタレントか。…

アカデミズムの世界に“絶縁状”を叩きつけた小保方氏の手記出版で、マスコミ各社による“争奪戦”はますます激化することは間違いなさそうだ。

 小保方氏のメディア露出で、「STAP細胞」を巡る疑惑がつまびらかになる日もそう遠くはないのかもしれない。何が真実か。世論は固唾を飲んで見守っている。

(フリーライター・川村洋)
(記事引用)

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【小保方晴子氏『あの日』レビュー】描かれていたのは、少女マンガ的な半生とある人物への怒り
2016.1.29ダヴィンチニュース Ads by Yahoo! JAPAN
『あの日』(小保方晴子/講談社)
 真っ白な表紙に、センス良く配置された書体で「あの日小保方晴子」と書かれている。まるで名刺のようなデザインだ。だが悲しいかな。流通時についたのか、書店に平積みにされた本の2割程度がうっすらと汚れていた。なるべくきれいなものを選んで、レジに持っていくことにした。

 小保方晴子さんが手記『あの日』(講談社)を出版するという情報が、インターネット上に出回ったのは発売前日の1月27日。よくリークされなかったと関心しつつも、ちょうど甘利経済再生担当相の現金授受&接待疑惑で沸いていたこともあり、もはや「そういえばSTAP細胞って、結局なかったんだよね……?」程度の気持ちしか持てなかった。そもそも「あの日」って、一体いつのこと?

 ページをめくるといきなり「あの日に戻れるよ、と神様に言われたら、私はこれまでの人生のどの日を選ぶだろうか。一体、いつからやり直せば、この一連の騒動を起こすことがなかったのかと考えると、自分が生まれた日さえも、呪われた日のように思えます」とあった。……。

 さらに進めていくと、STAP論文指導者で、小保方さんの研究を支えるも2014年8月に自死した笹井芳樹氏をはじめ、守り抜いてくれた弁護士や医師など「私の先生」への謝辞が述べられていた。共同研究者だった、山梨大の若山照彦教授の名前はない。フツーなら巻末に後書き形式で述べることが多い謝辞が、前書きの段階で来るとは。表紙の清廉さとは裏腹に、どろどろした雰囲気が漂っている。

 全253ページの構成は大まかにわけると3つだ。まずは「全国模試での成績を見ても首都圏で最難関の国立大学付属高校等への合格は確実」にも関わらず受験に失敗し、無念の高校進学から早稲田大学をAO入試で合格したなど、自身の生い立ちについて書かれている(といっても、プライベートな話はほとんどない)。

 早稲田ではラクロスに励みつつも希望していた研究室に所属でき、卒業後は東京女子医大で再生医療を研究する。そこではラットを使って研究していたが、麻酔をかけて組織を採取し、低温になったラットを手のひらで包み込んで「どうか生きてください」と祈り麻酔から覚めるのを待っていたことに触れている。この時小保方さんは、「ラットがピクピクと動きを取り戻すのを見ると、ほっとした気持ち」になったそうだ。

 またある時は研究指導者のもとにボストンから来客があり、夕食会に同席したものの、普段は飲まない酒を注がれるままに飲み、畳の上で寝てしまった。会がお開きになり起こされるやいなや「アメリカに行きたい!」と言うと、その場でハーバード大の先生が名刺をくれた。留学費用が不安だったものの、早稲田と女子医大の先生方などが「私のために動いてくれた」そうだ。……なんというか終始、少女マンガによくある「優しくていつも一生懸命。だけどちょっとドジっ子のあたしが、持ち前のポジティブさでチャンスをつかんじゃった★」的なにおいが感じられてならない。

 次は東京女子医大からボストンのハーバードメディカルスクールに留学し、3人のエリート女子との交流や指導教員のチャールズ・バカンティ教授との出会いなどが描かれている。

 アメリカで「スフェア」という細胞塊がストレスによってOct4という遺伝子が発現することを確認し、心臓が高鳴った。しかし自身の研究にそっくりな研究を、東北大学に先に発表されて気落ちする。そこでキメラマウス作りに挑戦して答えを見ようと、帰国後は理化学研究所の扉を叩いた。ここからSTAP論文発表に繋がっていく、という一連の流れが説明されている。

 しかしこのあたりは「ポリメラーゼ連鎖反応」やら「スポアライクステムセル」やら、専門用語の羅列が続く。高校時代、理科の成績がたったの2だった私には、正直面白さを感じられない。文章も日々起きたことや人名をただ並べているので、「日記か!」と言いたくなるが、小保方さんの本業は物書きではない。なのでこれは仕方がないのかもしれない。

 そして残り約110ページを、STAP論文のねつ造やデータの改ざんが指摘され、科学者としての未来が暗転した「STAP騒動」について割いている。ここで主に書かれているのは、研究を主導していたのは若山照彦教授だったにも関わらず「全部小保方のせい」にされてしまったこと、理研の中の誰かが、彼女に不利な情報をマスコミに逐一リークしていたこと、NHKや毎日新聞をはじめメディアに連日追い掛け回され、心身共に疲弊してしまったことへの恨み節だ。とくに『捏造の科学者――STAP細胞事件』(文藝春秋)で2015年度の大宅賞を受賞した、毎日新聞の須田桃子記者に対しては、「「取材」という名目を掲げればどんな手段でも許される特権を持ち、社会的な善悪の判断を下す役目を自分が担っていると思い込んでいるかのようだった」と名指しで批判している。

 しかしそれ以上に強く言及しているのは、ある時「僕ばかり成功してごめんね。フフフ」と小保方さんに向かって言った、若山照彦教授についてだ。共同研究者の先輩にハシゴを外され、「捏造の科学者」として1人、いかに奈落に突き落とされていくか。詳細な描写のなかに、「悪いのは私なのか!」という怒りが込められているの読み取れる。

 誰がウソをついていて、誰が真実を述べているのか。STAP細胞が実用化する可能性は全くないのか、まだほんの少しでも残されているのか。残念ながら同書を読むだけでは判断つきかねる。しかし小保方さんが「科学ってもっと優雅なものだと思っていた」と言うと、「やっぱりお前はバカだな。こんなどろどろした業界なかなかないぞ。もうやめろ」と答えた理研の相澤慎一氏の言葉から、堕ちた奈落の深さが感じられる。そのぞっとするほどの深みは、決して簡単に這い上がれるものではない。そんな後味の悪さが、この本の一番の特徴なのかもしれない。

文=玖保樹 鈴
(記事引用)


小保方晴子氏(32)手記.1

--サイト主よりお願い--
凄まじいばかりのメディア取材(書き直しが多い)合戦を、これからもコピー掲載する予定。

STAP細胞に関する決着は既についている。

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にもかかわらず、これだげ多くの「メディアサイト」が追っているには訳がある。刹那にいって金になる。

ただ、それだけじゃ格好がつかないので表層装丁は、○◎○◎らしく、なおかつアイデンティティーを挿入しつつ、わきまえた報道をする。

といったところで、これだけ雑多になると、小保方氏の姿勢よりもむしろ反対に、よってたかって好き放題、いい放題のサイト発言を集大成して、品評会をした方がパラドックスとして有用だと一計を案じた。

だから、メディアの皆様、どうぞ節操なきパワハラ発言を存分に提供してください。一字一句もれなく掲載いたします。ただし金品薄謝類は一切供与いたしません。(主・幣帛)



STAP細胞に関する小保方晴子氏(32)の手記 A2016/1/28
STAP細胞論文の著者だった理化学研究所の元研究員、小保方晴子氏(32)の手記が28日、講談社から出版される。

小保方氏が退職後、まとまった主張をするのは初めて。「あの日」と題した同書で、一連の騒動について「真実を書こうと決めた」と執筆の動機を説明。

理研によって存在が否定されたSTAP細胞が、本当に実在するかどうかについては触れていない。

STAP細胞が本当にあるのかどうかという核心には触れていない。9000万円が投じられた理研の調査でSTAP細胞の存在は否定されたが、著書の反響次第では問題が再燃する可能性もある。

出版記念会見開かず講談社によると、「あの日」は初版5万部で1部1400円(税別)。出版に関して小保方氏が記者会見を開く予定はないという。一般的に著者への印税は約10%とみられ、それで計算した場合、小保方氏の手元に入るのは約700万円になる。
(スポニチ記事引用)

小保方氏は手記を「不思議と、今でも実験をしている夢を見る。でも、その夢から覚めた時、思い描いていた実験はもうできないんだと思うと、胸が詰まり、涙が勝手にこみ上げてくる」と締めくくっている。
(引用 Fuji News Network)


「STAP細胞」発表から2年 
元理研の小保方 晴子氏が手記発表へ
フジテレビ系(FNN)1月27日(水)21時23分配信
世界中に衝撃を与えた「STAP細胞」の発表が行われたのは、2014年の1月28日だった。
一連の騒動の始まりになった「あの日」から、ちょうど2年となる、2016年1月28日。
これまで、沈黙を守り続けていた小保方 晴子氏(32)が手記を出版する。本のタイトル、ずばり「あの日」。

「あの日に戻れるよと神様に言われたら、私は、これまでのどの日を選ぶだろうか」という書き出しで始まる、1冊の本。

タイトルは「あの日」。

書いたのは、元理化学研究所研究員・小保方 晴子氏。

STAP細胞論文の研究不正問題。
その裏で、何が起き、それを小保方氏は、どのように受け止めたのか。STAP細胞の名前で注目を集めた万能細胞について、手記では、「この新しい細胞に名前をつけようという話になった。研究室のみんなで考えてくれ、私の名字から『オボセル』や、『おぼっちゃまくん』という漫画から、『チャマセル』など、いろいろと冗談めかした案も出たが、どれもピンとこないままだった」と記されていた。

しかし、STAP細胞については、次々と疑問が浮上した。
そして、小保方氏への追及の声が強まると、「私は『死にたい』と繰り返し、完全に動けなくなり、入院が決まった」と記されていた。

華々しい発表会見から半年、論文にねつ造や改ざんがあったとされたことを受け、小保方氏は、STAP細胞の存在を証明するため、検証実験に取り組むことになった。
「『魔術を使うことを防ぐため』に、監視カメラや立会人による24時間の監視に加え、私の行動の全ては、立会人によって記録された。ほんの少し、手を動かすことも、物を持ち直すことも、自由にできなくなった。それでも、実際に検証実験が始まり、緑に光る細胞塊を久しぶりに見た時、やはり、自分が見たものは幻ではなかったのだと思い、もう一度、この子たちに会えてよかったと」などと、検証実験に手応えを感じていた小保方氏。
そこに、突然の知らせが飛び込んできた。

小保方氏の指導役で、STAP細胞論文の共著者でもあった、笹井芳樹氏が自殺した。
そして、この年の12月19日、理研は、小保方氏本人が、48回にわたって行った再現実験の結果、STAP細胞を作製できなかったと発表した。
小保方氏は、理研に辞表を提出した。
さらに理研は、調査の結果、万能細胞として知られている「ES細胞」が混入していた可能性が高いと結論づけた。
しかし、誰が混入したかは特定できず、故意か過失かはわからないと説明した。
小保方氏の手記には「私が担当していた実験部分の『STAP現象』の再現性は確認されていた。私がES細胞を混入させたというストーリーに収束されるように仕組まれているように感じた。周到に準備され、張り巡らされた伏線によって仕掛けられた罠(わな)だったとも受け取れた」と記されている。

「あの日」と題された小保方氏の手記。
発売される28日は、小保方氏がSTAP細胞発見の記者会見をしてから、ちょうど2年となる日。
小保方氏は手記を「不思議と、今でも実験をしている夢を見る。でも、その夢から覚めた時、思い描いていた実験はもうできないんだと思うと、胸が詰まり、涙が勝手にこみ上げてくる」と締めくくっている。
今回の手記の出版について、理研はコメントはないとしている。
最終更新:1月28日(木)8時29分 Fuji News Network
 
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よもや真話 2016年01月19日
理研と岡山大学の問題の先にあるもの
岡山大学には、岡山大学病院を「地域医療連携推進法人」化し地域医療ネットワークを構築する「岡山大学メディカルセンター」構想があるらしい。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/article/212567
岡山大学の不正対応の問題は構図的には理研とそっくりだ。
「特定国立研究開発法人」のためにSTAP細胞論文の不正問題を大急ぎでテキトーに処理してお茶を濁そうとした理研では、「正義の有志」が立ち上がり、アカデミアからは「不正の実態を明らかにせよ!」と「声明」まで出して大騒ぎをしたが、「地域医療連携推進法人」のために不正問題を揉み消そうとした岡山大学では、「ふたりの教授」が立ち上がったものの、アカデミアからは無視され大学からは解雇されてしまった。

構図としてまるで瓜二つなのに、アカデミアもマスコミも正反対の反応になっている。まあ、マスコミが「権威のお言葉」の拡声器でしかないことは、STAP騒動でも明らかだったし、片瀬久美子氏のツイートでも裏付けられてはいるのだが。また、今月3日に毎日新聞が記事にした「不正調査の問題点」は細かい話でしかなく、岡山大学の問題は近視眼的な科学記者よりも社会部記者が扱った方が良い問題だろう。

片瀬氏の場合はSTAPの時と同じスタンスで行動に一貫性があるので、近視眼なりに信念を貫いていただければ良いのだが、某男性ライターのようにiMuSC細胞論文が意味することについて自分の頭で考えることもなく、著名な科学者のネット証言を継ぎ接ぎしたような「権威のお言葉の受け売り」しか出来ない中途半端な科学ジャーナリストの存在価値はやっぱりないだろう。不正告発者が解雇されても無視し続けている「学会の偉い先生」達の存在も。日本のアカデミアと科学報道は一蓮托生で壊れている。

STAP問題では『日本を代表する研究機関である理研で起きた前代未聞の研究不正の解明にあたり、理研内で真相と科学的真実の解明のため勇気ある行動をとっている研究者が複数名いることは、理研にとって大きな救いである。』とまで褒め称えた人達は、いまどうしてるのだろうか。
STAP騒動の際、理研は自主的に不正調査に乗り出した有志達の研究環境を破壊するような不当なことは全くやっていなかったと思われる。逆にCDB解体を提言し、彼らの研究環境を破壊しようとしたのは国立大学の教授達で構成されていた理研改革委員会の方だ。
一方、岡山大学では不正調査に乗り出したふたりの教授達の研究環境は完全に破壊されまった。STAP騒動であれだけ騒いだ人達は、森山・榎本両教授の「勇気ある行動」に対して見て見ぬふりを続けている。というよりも、両教授の「真相と科学的真実の解明のための勇気ある行動」は、国立大学法人にとっては邪魔臭いだけの存在なのかも知れない。

今回の問題がここまで拗れたのは、STAP騒動で不正論文=研究犯罪というイメージで大変なバッシングが起きたことも要因のひとつなのかも知れない。森山教授らのスクリーニングで発覚した細かい疑義に対して、指摘された側が不正批判の恐ろしさに完全否定で逃げようとした的な何かがあったのかも知れない。

STAP騒動の際に、不正論文=研究犯罪的な世間のイメージを煽って炎上させたのは、サイエンスライター片瀬久美子氏だったり、科学雑誌「日経サイエンス」編集部の古田彩氏だったり、中山敬一氏、大隅典子氏、近藤滋氏ら日本分子生物学会理事達だったりする。なんせ「詐欺師の持ってきたデータ」呼ばわりなのだから。
石井調査委員会の記者会見後しばらく私は「科学語は正しく日本語に翻訳されなければならない」という主張をしていた。石井調査委員会の不正認定で使用された「捏造」と「改竄」という言葉が、調査委員会から具体的内容を説明された行為に対する日本語として正しくないからだ。論文の体裁上の問題と研究犯罪としての不正問題を分けることなく「不正は不正」として同じ扱いをされた結果、2014年4月1日の理研の公式発表で小保方晴子氏は「捏造犯」とされてしまった。

科学者達が批判するマスコミは、NHK藤原淳登記者だったり毎日新聞須田桃子記者だったりという科学専門記者が「権威のお言葉の拡声器」の役割を果たしているに過ぎない。更に陰からリークしまくる放火魔までいれば尚のことだ。権威のお言葉によってSTAP騒動の狂乱が巻き起こり、大変なバッシングを引き起こしてしまったのだ。そして、日本分子生物学会理事ら生命科学の専門家達は、業界の潔癖を装うために小保方氏の研究成果すべてを捏造の産物と決めつけ、故笹井芳樹博士が「STAP現象を前提としないと説明できないデータがある」と言い、理研内外で予断のない検証をすべき「合理性の高い仮説」であると訴えたSTAP細胞研究を叩き潰してしまった。

STAP細胞論文に対する理研の拙速な不正対応が引き起こした悲劇を見て、私はこういった不正問題の対策には「第三者機関の設置」が急務だと安易に考えていたのだが、それは即ち「大学の自治」を放棄することだと指摘されて、言われてみればそうだなと気付いた。で、大学の自治など放棄して不正問題に対応する公的機関を設置するとして、その運営資金はどこから出るかと言えば、科学予算の枠内なので「アカデミアの人たちに配られるはずだった研究費を削って捻り出す」ことになると。当然、公的機関を設置するとなれば不正まみれの生命科学系の予算を削って捻出するのが筋だろう。科学予算とは別枠で公正取引委員会みたいなのをという考えは図々しい。基本的に業界内で処理すべき問題なのだから。

結局、理研にしろ岡山大学にしろ、こうした事態になってしまっているのは「学者さんには統治能力がない」ことが主な原因ではないかとやはり思ってしまう。理研と岡山大の問題の教訓としては「科学者に政治的な力を持たせてはいけない」ということだろう。ガバナンスが機能せず大学の自治が脅かされているのは理系学者が権力を持ったせいだと私は思う。博士論文の不正問題が指摘された早稲田のように学長が法学系ならこんな事態になる訳がない。
ちなみに、再生医療で最先端を目指すハーバード幹細胞研究所の所長は、学者さんではなくMBAを取得しているビジネスマンだ。
http://hsci.harvard.edu/people/brock-reeve-mphil-mba

こういった流れの末に、日本の科学を取り巻く環境は、学生や研究者が落ち着いて研究に専念することが出来ない状況になって来ているように思えるが、これは結局、学会の偉い先生達が自分で自分の首を絞めてしまったことなのだ。STAP騒動で生命科学分野の構造的な問題が表面化してしまった今となっては、本気で研究の道に進みたい若者にとって、日本のアカデミアは自分の将来を賭けたいとはとても思えるような所ではない。研究者を目指す頭の良い若者達が選ぶ進路は日本ではないのだろう。

森山・榎本両教授に対する岡山大学の仕打ちに今さらになって「なんとかしないといけない」と声を挙げている大学の先生達は、今まさに研究環境を奪われている人達を研究室ごと自分の大学で引き受ける位のことをやれば良いのにと私は思う。「裁判所に任せるしかないのか?」などと悠長なことを言ってないで。
(記事引用)

新政党「ポデモス」

躍進するスペインの新政党「ポデモス」は極左なのか 
首都大学東京教授・野上和裕
2015.01.10 18:41 THEPAGEネットワーク
 2014年末のヨーロッパ最大の話題の一つは、ギリシアで次期大統領が決まらず、議会の解散総選挙になったことでしょう。1月25日に予定される選挙で誕生する新政権が、今の緊縮策を放棄しないよう、IMFやECB(欧州中央銀行)、ドイツ政府が露骨にけん制しています。
 政策転換を図る最大野党の急進左派連合「SYRIZA」(スィリザ) が政権を握る可能性があるからです。スペインには、スィリザと同じく、緊縮策からの離脱を唱え、スペインの政権の座をうかがう政党があります。それが「Podemos」(ポデモス)です。

「ポデモス」の考え方は?
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2014年11月、マドリードの会議に出席した「ポデモス」書記長・イグレシアス氏(右)(ロイター/アフロ)

 ポデモスは、2014年1月にできたばかりの新政党で、ほとんどネットを使った運動だけで、5月の欧州議会選挙でスペイン第4の政治勢力となりました。ポデモスの台頭は、スペインの政治に大きな衝撃を与えています。結党大会が10月で、執行部が作られたのは11月です。それでも各種世論調査では、断トツの支持率を得ています。現在総選挙を行なうと、下院350議席中、ポデモスが100を超える議席を獲得すると予想されています。

 ポデモスとは、オバマ氏が2008年のアメリカ大統領選挙で使った「Yes, we can!」というキャッチフレーズに対応するスペイン語です。後で触れるように、ポデモスは、極左というレッテルが貼られていますが、左翼というよりも、市民の政治への声を強めようという市民運動の延長上にその理念がある政党です。

 ポデモスは、スペインの民主主義が曲がり角に立っていると考えています。スペインは、1975年にフランコ将軍が死去するまで40年もの間、独裁制の下にあり、その後急速に民主化を遂げました。彼らは、現在の1978年憲法体制の下での保守の人民党(PP)と社会労働党(PSOE)の二大政党制が閉鎖的な特権階層(カースト)を作っていると考えます。市民は、政治から排除され、無力感を持っています。そこで、政治を市民の手に取り戻そうと作ったのがポデモスです。

 ポデモスの発起人のほとんどは、40代までの若手の大学教授たちです。特に日本の東大に相当するマドリードのコンプルテンセ大学の政治学社会学部に集中しています。書記長のパブロ・イグレシアス氏は、1978年生まれ36歳。常にノーネクタイで、カジュアルなシャツ姿です。どこにでもいる若者のようですが、2008年に提出した博士論文が高く評価され、2011年まで母校でも教鞭を執った大変なインテリです。

 イグレシアス氏は、政治学社会学部の同僚でもあり、ポデモスのリーダーである、フアン・カルロス・モネデーロ氏(1963年生まれ)、イーニィゴ・エレホン氏(1983年生まれ)などとともに、中南米の左翼政権を評価し、ベネスエラのチャベス政権の諮問委員を務めました。2010年からは、反グローバリズム運動や環境運動などいわゆる新しい左翼に近い思想家や大学教授を数多く招く(インターネット中心の)討論番組「La Tuerka」の司会者を務めました。イグレシアス氏は、保守的な傾向を持つ一般のテレビ局の討論番組にも呼ばれ、たった一人で緊縮策を批判する姿が全国的に知られるようになりました。

ポデモスを結党した背景とは?

2011年11月の総選挙の結果、野党が勝利し、ラホイ政権が誕生(右側がラホイ首相)(ロイター/アフロ)
 
 イグレシアス氏たちは、PPとPSOEの二大政党制がつくる特権階層「カースト」が、権力を独占し、政党幹部だけでなく、政府官僚機構、司法府、企業や公社などのポストを独占し、たらい回し人事を行なっていると指摘します。そこで、彼らは、1978年憲法体制を転換し、二大政党制を解体して、政治、経済、社会の民主化を達成しなければならないと主張しています。

 スペインでは、さまざまな抗議デモに何十万人もの人が参加します。たとえば、2003年2月の国際的な反イラク戦争のデモでは、マドリードで60万~166万人、バルセロナで70万~130万人の市民が参加しました。

 2011年5月15日に発生した「15M運動」では、マドリードの中心地であるソル広場を多くの人が、2か月近く占拠したのです。この運動は、スペインの他の都市に広がっただけでなく、他国にも波及しました。同年9月にニューヨークで行なわれた「ウォール街占拠運動」(Occupy Wall Street)もスペインの15M運動の模倣でした。この運動は、ネット上の「今こそ真の民主主義を!(Democracia Real, Ya!)」という呼びかけから始まったとされます。

 ところが、15M運動は成果を上げることができませんでした。実は、参加者の不満は、主に市や州の政権を握る保守の福祉・教育予算削減に向けられており、当時のPSOEのサパテーロ政権に対する抗議でありませんでした。しかし、11月総選挙でPSOEが59議席減の大敗を喫したのに対して、PPが32議席増の(全350議席中)186議席という過半数を獲得し、現ラホイ政権が誕生しました。
 その保守PPの大勝の一因であるなら、その後の過激な緊縮路線は、15M運動が逆効果であったことを示します。そこで、市民運動に集った人の意思を正確に政治に反映させようというのがポデモスの設立の動機となりました。

経済格差や新自由主義への不満

 ポデモスによれば、現状の経済格差、新自由主義的な規制緩和、福祉国家の解体を伴う緊縮財政政策は、政府の首脳が大企業・銀行の幹部ポストに就く人事慣行(回転ドア)によって支えられています。ポデモスは、このような政界と財界の癒着を排除して、民主主義の原則に立ち返ることを目指します。つまり、民主主義の理念を徹底することにより、国政をカーストから一般市民に取り戻すことができ、そこで初めて経済政策も変えられるとするのです。

 他方、ポデモスも自らがそういった政治の世界に取り込まれることを警戒します。そこでポデモスでは、創立メンバーが自動的に選挙の候補者になるのでもなければ、執行部を形成するのでもなく、改めて予備選や党内の書記長選挙、幹部選挙を行なうなど徹底した党員の平等主義・党内民主主義を追求しています。

 ポデモスの政策は、モデルが北欧の社会民主主義であり、共産党と(彼らから見れば)右傾化したPSOEの中間にあります。経済政策ではPSOEと変わりません。実際、イグレシアス氏は、2010年の政策転換までサパテーロ政権を支持していました。

 はっきりとPSOEとポデモスが異なっているのは、バスクやカタルーニャの地域ナショナリズムに対する態度です。ポデモスのリーダーたちは、自己決定権を擁護する立場から、独立の是非を問う住民投票の実施そのものを支持します。
 しかし、明確に独立に対して反対の立場を表明しています。この点で、ポデモスは、カタルーニャに対するさらなる特権と連邦制化によって事態の収拾を目指す従来の左翼より「中央集権」的です。ポデモスのカタルーニャでの支持者は、地域ナショナリズムに反対です。

 以上をまとめると、PSOEとの関係でポデモスの伸張は、(1)PSOEの2010年以降の政策転換と新自由主義に対する不満から伝統的な社会民主主義の支持層が動いていること、(2)カタルーニャに対する譲歩に不満を持つ層がポデモスに流れていることの二つが示唆されます。

ヨーロッパの中で比較すると

 ポデモスは、他のヨーロッパの新左翼と異なっています。第一の違いは、そのヨーロッパ指向です。イグレシアス氏は、ヨーロッパの統合が反ファシズムの民主主義から生まれたと述べ、いわゆるヨーロッパ懐疑主義やEU離脱論とは無縁です。第二の違いは、ポデモスが左右対立の克服を目指す中道指向にあります。実際、ローマ教皇の演説にも国王のクリスマス・メッセージにも、PPやPSOEと同じく賛辞を送っています。それなりに「行儀がよく」穏健なのです。

 なお、既成政党に対する挑戦を行なう勢力として、イタリアのベッペ・グリッロの「五つ星運動」と同種のものと誤解されることがあるのですが、その歳出削減・民営化路線とは対極にあります。

新たな民主主義の「実験」に

 ポデモスの政策は社会民主主義的なのですが、リーダーたちは、「金融オリガルキア」とか「カースト」といった新左翼の刺激的な用語を多用します。
 それでも、彼らのほとんどが大学教授や学者ですから、「人々にわかりやすい単純なメッセージを繰り返すことにより支持を拡大する」というポピュリズムと正反対に、実は説明が回りくどくなり、話がまどろっこしいのです。
 そのためキャッチフレーズや紋切り型の「イエスかノーか」が好きなマスメディアと話が全くかみ合わないので、「本当の政策を隠している」というイメージが作られました。ポデモスの台頭に脅威を感じている他の政党も、ポデモスが極左であるという宣伝を繰り返します。

 もちろん、ポデモスが政権に到達したとしても、緊縮策が転換できるかは別問題です。
しかし、緊縮財政政策だけを正しいと考える今日の政治状況の下で、ポデモスは、かつての社会民主主義を再生させる試みの一つといえます。そして、同時にネット社会における新たな民主主義の政治的実験として、今後の政治を考えるヒントを我々に与えてくれるものとなるでしょう。
(記事引用)

米ツイッター、メディア部門などの主要幹部退職へ 株価急落

米ツイッター、メディア部門などの主要幹部退職へ 株価急落
ロイター2016年01月26日 15:51[25日 ロイター
 - 米ツイッター<TWTR.N>のジャック・ドーシー最高経営責任者(CEO)は24日夜、同社の幹部4人が退職することを明らかにした。成長回復のためドーシー氏が昨年CEO職に復帰して以来、最大規模の幹部交代となる。

これを受け、指導部の不安定さや業績低迷への懸念から同社株は25日の米株市場で4.6%急落した。昨年4月以降では67%下落している。
07
スタイフェルのアナリストは、リサーチノートで「事業の立て直しを進める中での3つの主要事業部門の幹部退職はポジティブには受け止められないだろう」と指摘。ツイッターの投資判断を「バイ」から「ホールド」に引き下げた。

同社のユーザー基盤は過去1年間、3億人をやや上回る水準で推移し、ほぼ横ばいとなっている。その一因は、新たなユーザーがツイッターをどう使用すればいいのか理解しにくい点にある。

ドーシーCEOによると、メディア部門トップのケイティ・ジェーコブス・スタントン氏、プロダクト部門トップのケビン・ウェール氏、エンジニアリング部門トップのアレックス・ロエッター氏、人事部トップのブライアン・シッパー氏が退職するという。

ドーシーCEOは4人の功績をたたえ、退職は残念だと表明。プロダクト部門の収益関連や人事部などの責任者は最高執行責任者(COO)のアダム・ベイン氏が担当するとした。

また広報担当者によると、ウェール氏の後任は配置せず、アダム・メッシンガー最高技術責任者がエンジニアリング、コンシューマー・プロダクト、デザイン、リサーチ、ユーザーサービス、開発プラットフォーム「Fabric(ファブリック)」を統括するという。

24日夜には、同社の動画ストリーミング・サービス「バイン」の責任者であるジェーソン・トフ氏も退職を明らかにし、グーグルのバーチャルリアリティー部門へ移ると発表した。ドーシーCEOは、トフ氏の退職については触れていない。

ウェール氏、スタントン氏、ロエッター氏はいずれもツイッターに5年以上在籍しており、3氏の退職によりコストロ前CEO時代からの経営チームメンバーのほとんどがいなくなる。

関係筋によるとツイッターは、25日にも最高マーケティング責任者(CMO)などの採用について発表する可能性がある。近日中に2人の取締役を発表するもようだ。

同社がユーザー数を大幅に増やすことに失敗したとの見方から、株価はドーシー氏のCEO復帰以来ほぼ50%下落。現在、新規株式公開(IPO)時の公開価格を下回る水準にある。

ドーシーCEOは10月の決算発表時、才能のある人材の採用や投資、大胆な見直しの必要性を強調していた。

MKMパートナーズのアナリスト、ロブ・サンダーソン氏は、特にプロダクト部門とエンジニアリング部門の幹部退職について非常に失望したと指摘。「プロダクト部門とエンジニアリング部門の幹部は入れ替わりが激しかったが、ウェール氏はその対抗手段として期待されていた」と語った。

 

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