東芝メモリの売却価格、2兆円では安すぎる
「買収額÷売上高」から見える驚きの結果 - 湯之上隆

WEDGE Infinity
 2017年05月17日 18:56
 東芝メモリの1次入札が行われた3月29日、東芝の綱川智社長は報道関係者とアナリスト向けの会見で、東芝メモリの売却額について「少なくとも2兆円」と発言した。

 これは、大失言だった。

 まだ5月中旬の2次入札を控えているときに、東芝の社長ともあろうものが、軽々しく売却額を口にしてはならなかった。しかもその額は、あまりにも安い値段だった。

 覆水盆に返らず。一度、社長の口から出てしまった発言内容は、もはや撤回できない。東芝メモリの売却額は、2兆円というあまりにも安い価格を基準として、2次入札が行われることになる。

 本稿では、まず、2兆円が安すぎると考える根拠を述べる。次に、なぜ、そのような安値になってしまったのかを分析する。

アナリストが言いだした1.5~2兆円の売却額
 東芝メモリの売却額は、綱川社長が上記会見で発言するより随分前から、「1.5~2兆円」と言われていた。一体誰が言い出したのかと、日経新聞を過去に遡って調べてみると、1月22日の『出資比率・期限・市況…東芝半導体、出資にハードル』という記事に、(東芝の半導体メモリ事業の価値は)「少なくとも1兆5000億円は下らない」(証券アナリスト)という記述が見つかった。筆者の知る限りでは、この後、「1.5~2兆円」という価格が世間に定着していったように思う。

 この売却額について、元東芝の半導体技術者で現在はTech Trend Analysisの代表を務めている筆者の知人の有門経敏氏は、「安すぎるのではないか?」と指摘した。その上で、半導体企業のM&Aについて、売却額とその企業の売上高の関係を調べてみたらどうかと助言を受けた。
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(2)2016年7月、ソフトバンクは、売上高1791億円の英ARMを3.3兆円で買収すると発表した。買収額/売上高=18.43となる。
ARMは、プロセッサの設計情報をIP(Intellectual Property)として提供する半導体企業であり、2015年にARMのIPを使ったプロセッサは145億個も出荷された。ARMには、米クアルコムや台湾メデイアテックなどの設計を専門とする半導体企業(ファブレス)からIP使用料が入ってくる。さらに、ARMのIPが使われたプロセッサは、スマホ、デジタル家電品、ゲーム、クルマなどに幅広く搭載されるが、ARMのプロセッサが1個売れる度に、ARMには約10円の使用料がまるで税金のように入ってくる。
IoTの普及やビッグデータ時代を迎えて、2020年には、300~500億個のネットデバイスにARMのプロセッサが使われ、1兆個に達するセンサのほとんどにもARMのプロセッサが使われると推定されている。ソフトバンクの孫正義社長は、その広大な可能性に巨額投資を行ったのである。

(3)2016年10月、米クアルコムは、売上高42億ドルのオランダNXPを470億ドルで買収すると発表した。買収額/売上高=11.19となる。
NXPは、エレクトロニクスメーカーのフリップスの半導体部門が独立した垂直統合型(IDM)の半導体メーカーで、車載用や認証端末用等の半導体が主力であり、2015年に旧モトローラの米フリースケール・セミコンダクタを買収し、世界半導体売上高では7位、車載半導体ではルネサスや独インフィニオンを抜いて売上高1位となっている。
ディープラーニングAI半導体の開発を行っているクアルコムは、NXPを買収することにより、今後、世界的な普及が予測される自動運転車用AI半導体において、非常に有力なポジションを得ることができた。そのデファクトスタンダードを確立することが狙いである。

(4)2016年7月、米Analog Devicesが、売上高14.4億ドルの米Linear Technologyを148億ドルで買収すると発表した。買収額/売上高=10.28となる。
この買収劇には、世界半導体業界が大きく驚いた。その理由は、まず、Linear Technologyは、営業利益率40%を超える超優アナログ半導体メーカーだったことにある。次に、Analog DevicesとLinear Technologyは、競合関係にあった。したがって、よくぞ敵対する両社が、買収に合意したものだと驚いたのだ。
調査会社のIC Insightsによれば、2015年におけるアナログICメーカーの売上高ランキングでAnalog Devicesは4位、Linear Technologyは8位だった。買収後、両社合計のシェアは9%となり、18%のシェアを持つTexas Instruments(TI)に次ぐ2位となった。また、両社の製品群は相互補完関係にあるため、非常に強力なアナログ半導体メーカーが誕生したことになる。

「買収額÷売上高」の値とは“期待値”
 このように、半導体企業におけるM&Aをみてみると、「買収額÷売上高」が示す値とは、買収される企業への“期待値”のようなものであると考えられる。つまり、「買収額÷売上高」の値が高いほど、買収される企業の半導体事業の将来性を高く評価しているということである。

 ところが、東芝メモリの場合、「買収額÷売上高」はたったの2.45である。これは、過去のM&Aのケースと比較しても、異常に低い値と言える。

 四日市工場は、東芝とサンディスクが折半して投資し、運営している。そのサンディスクは、2015年10月に、ウエスタンデジタルが買収を発表し、2016年5月に買収が完了した。そのときの買収額は190億ドルで、2015年のサンディスクの売上高は66.28億ドルだった。したがって、買収額÷売上高=2.87である。

 この2.87という値も、これまで見てきた半導体企業のM&Aのケースに比べれば相当に低いが、東芝メモリの2.45は、それよりさらに低いのだ。

 ここ数年で、本格的なビッグデータ時代が到来した。そのため、HDDを一切使わず、すべてSSDを使ったオールフラッシュストレージが予想以上の速度で普及し始めた。SSDには、NANDが必要不可欠である。その結果、NANDの需要が急拡大している。

 それなのに、買収額÷売上高の値において、東芝メモリはサンディスクよりも低いのである。普通に考えれば、東芝メモリの買収額は、もっと高く評価されても良いように思われる。そうなっていないのは、何か理由があると考えられる。

東芝は足元を見られている
 3月29日の記者会見で、東芝の綱川社長は、2017年3月期の決算は、1兆100億円の赤字になる見込みであると発表した。この赤字額は、日立製作所がリーマン・ショック後に計上した7873億円の赤字を上回り、製造業史上過去最大となるという。その結果、東芝は2016年度末に6200億円の債務超過に陥ることが確実となった。

 東芝は、この債務超過を可及的速やかに回避しなくてはならない。そのために東芝は、東芝メモリを速やかに売却するしか方法がない。買収先の企業には、このような事情が良く分かっているから、買収金額を高く設定する理由がないのである。

 つまり、東芝は、買収先から、足元を見られているのである。これが、買収額が異常に低くなっている第一の原因である。

東芝のNAND売上高が成長していない »
東芝のNAND売上高が成長していない
 第二の原因は、NANDの将来は明るいが、東芝メモリのNANDの将来が明るくないと評価されているからである。その証拠を以下に示す。

 図2に、2010年~2016年までのNANDメーカーごとの売上高の推移を示す。東芝のNAND売上高は、サムスン電子に次ぐ2位であるが、この6年間であまり成長していないように見える。

 東芝の2016年のNANDの売上高は8166億円だったので、買収額を2兆円とすると、買収額÷売上高=2.45となる。2兆円というと巨額な買収価格のように感じるが、売上高の2.45年分にしか相当しないというのは、有門氏が言う通り、いささか安いと思われる。

 そこで、上記助言に従って、東芝メモリの件も含めて、最近の半導体企業のM&Aについて、「買収額÷被買収企業の売上高」の関係を調べてみた。

買収額÷売上高の値
 図1に、最近の半導体企業のM&Aにおける「買収額÷売上高」の関係を示す。以下、その値が大きい順に、具体的な事例を説明する。

1)2017年3月、インテルが、売上高3.58億ドルのイスラエルMobileyeを153億ドルで買収すると発表した。買収額/売上高=42.74となる。つまり、インテルは、Mobileyeの売上高の42.74年分という途轍もない価格で買収したのである。その値は、東芝メモリの場合(2.45)の17.4倍である。
Mobileyeは、先進運転支援システム(Advanced Driving Assistant System、ADAS)および自動運転車向けのコンピュータビジョンチップおよびアルゴリズムを手掛けるメーカーで、同分野では非常に強力なポジションを得ている。インテルは、MobileyeおよびBMWと、1年前から自動運転車に関する共同開発を行っており、この分野での覇権確立を狙っている。

 図2のデータを基に、NANDメーカーのシェアの推移を示したのが図3である。東芝のシェアは、2010年当時は約36%あり、サムスン電子とデッドヒートを繰り広げていたが、その後、シェアは次第に低下し、2016年第4四半期には18.3%と、6年前の約半分になってしまった。

 さらに、NANDメーカーごとに、2010年第1四半期の売上高を1と規格化して、6年間で売上高がどのくらい成長したかを図4に示す。6年間でもっとも成長したのがSK Hynixで、売上高は3.35倍になった。以下、インテルが2.91倍、サムスン電子が2.62倍、マイクロンが2.41倍と続く。

 ところが、東芝はもっとも成長率が低く、わずか1.47倍にしかなっていない。つまり、東芝のNAND売上高は、6年間ほとんど成長していないのである。買収額を査定する人が、このような分析を行っているとしたら(間違いなくしているのだろうが)、「東芝のNANDは成長性の低い事業」と評価していてもおかしくない。

綱川社長の「少なくとも2兆円」は大失言

 東芝メモリの買収額2兆円は、過去のM&Aと比較しても安すぎる。その原因は、買収先から、東芝が足元を見られており、東芝のNANDの成長性が低いと評価されていることにある。

 しかし、NANDを製造できる企業は世界に4グループしかなく、そのNANDはビッグデータの時代に必要不可欠なメモリである。だから、本来ならもっと高く売れてもいいはずである。

 ところが、1月下旬にどこかのアナリストが言い出したことが切っ掛けとなり、いつの間にか1.5~2兆円という買収額が定着し、東芝の綱川社長までもが、「少なくとも2兆円」と発言してしまった。これは、売る立場の責任者としては、重大な失言である。

 なるべく高く売りたい東芝の社長としては、10兆円くらいに言っておけばよかったのだ。すると、なるべく安く買いたたきたい買収先との間で綱引きが行われ、4~5兆円くらいの落札額になったかもしれない。

 世耕弘成経産大臣、経団連の榊原定征会長、そして菅義偉官房長官等のお偉方が、こぞって、「東芝メモリの技術は日本の中核技術で、海外への流出は問題だ」などというような発言をしている。

 そして、最も高く応札しそうな中国や台湾企業による買収を阻止するために、日本政府は、外為法違反という珍策まで持ち出した。それと同時に、政府の息がかかった日本政策投資銀行や産業革新機構が買収に乗り出してきた。

 筆者は、政策銀や革新機構が東芝メモリを買収するのには反対であるが、日本政府がそれほどまでに、「流出してはならない大事な技術」だと言って介入するなら、せいぜい高く、例えば売上高8166億円の10倍の8兆円くらいで、政策銀や革新機構が買うべきだ。

東芝メモリ売却、もはや米中の代理戦争?
両国の鴻海争奪との見方に異論も - 山口亮子
WEDGE Infinity 2017年05月17日 21:31 
 2017年3月期決算が国内製造業としては過去最悪の9500億円の赤字となる見通しと公表した東芝。危機から脱するための東芝メモリの売却手続きが進む。3月29日に行われた第一次入札では、台湾・鴻海(ホンハイ)精密工業が最高3兆円を提示したとされる。ただし、日本政府は軍事転用できる技術が中国に流出することを懸念しており、外為法を適用する可能性も否定していない。

 政府系ファンドの産業革新機構が米投資ファンドのコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)と組んだ日米連合が有力候補として浮上する中、鴻海はアップルやシャープを含めた日米台連合の実現に動いており、盛り返しを図っている。

米中の半導体争奪の代理戦争
 こうした買収劇の背後に大国間の政治競争があると指摘するのは香港の鳳凰衛視(フェニックステレビ)。5月9日の「総編輯時間」で東芝メモリの売却について報じた(http://v.ifeng.com/video_7005177.shtml)。

 日本政府が外為法の適用も辞さない姿勢であることを報じた後、東京の記者が「日本政府は(外為法の適用について)明確な立場を表明していないが、日本国内でも政府は過剰に介入すべきでないという批判がある」と紹介した。スタジオの司会者の呂寧思がここで引き合いに出したのが、まさにこの日行われた李克強首相による鄭州市の鴻海傘下のフォックスコン工場の視察だった。この視察には、東芝メモリを巡る買収の中心人物、鴻海の郭台銘会長が同行している。

 「このところの鴻海グループというのは、一カ月余り、ずっと日本で東芝旗下の東芝メモリ買収で争ってきた。李克強首相はこのフォックスコン視察で、郭台銘がハイエンドの研究開発を多く手掛け、すべての産業チェーンを中国国内に持ってくることを期待していると特に強調した。思うにこれは郭台銘に国際的に活躍させるための一種の激励ではないか」
 中国大陸とここまで関係のいい郭台銘が東芝を買収することに、日本政府が憂慮しているとしたうえで、こう続けている。

 「実際には日本だけが憂慮しているのではなく、真のポイントは中国と米国の新時代の競争の焦点が、米中間の半導体の争奪戦だということだ」
 客観的に見て米国のリードが大きいことは認めつつ、中国には2030年に世界最大の集積回路(IC)つまり半導体の研究開発国家になり、なおかつ今後10年間に1500億元を投資する計画があると紹介。買収を巡る一連の動きの背景を

 「大きな政治的原因があり、これは一種の大国間の政治競争だ」
 としている。東芝メモリ争奪戦がもはや米中間の代理戦争と化しているとの指摘だ。

 ここで言っている中国の計画は、国務院が2014年6月に発表した「国家IC産業発展推進要綱(国家集成电路产业发展推进纲要)」。2030年までに産業チェーンの主要部分を世界の先進水準にし、一部企業が世界の第一陣に躍り出るとしている。

李克強首相は鴻海にラブコール
 李克強首相と郭台銘会長の面談については、中央電視台の「新聞聯播」を筆頭に報じられた。「李克強と郭台銘は二度足をとめて何をしゃべったのか」という人民日報のウェブ版で報じられたニュースは、多くのメディアに転載されている。工場で足を止めて5分間話し、車に乗り込む前にも足をとめて語り合った内容を以下のように紹介している。

 「総理は『フォックスコンがさらに多くのハイエンドの研究開発と産業チェーンをここに置くことを望んでいる。我々は開放をさらに拡大し、ビジネス環境を向上させる。中国は巨大な市場と人材資源を擁しており、製造業を発展させる最良の目的地だ』と語った」
 ところで郭台銘会長は4月末にシャープの戴正呉社長とともにトランプ大統領と会談したばかり。そんな中での鄭州訪問に「左はアメリカ、右は中国、鴻海の郭台銘は板挟み状態?」(IT技術に関するコミュニティ・プラットフォーム「与非網」)といった論調も見られる。

 米中が鴻海を巡って争奪戦を繰り広げていると見る向きも多い中、台湾メディアの報道を引用しつつ、郭台銘会長の置かれた状況を楽観的に分析しているのは上海報業集団のニュースサイト「上観新聞」の「中国で工場を建てるか、アメリカで建てるかはゼロサムゲームではない。鴻海の郭台銘『私をどちらかの側につかせるな』」という記事。サブタイトルは「台湾の『中國時報』がはっきり言っている。どこに投資をするのか、郭会長はとっくに答えを持っている。『私をどちらかの側につかせるな』と」。

あくまでビジネスと政治的分析忌避
 李克強首相との詳細なやりとりを鄭州の地元紙「河南日報」から抜粋した後、「台湾メディアには今回の会談を郭台銘の訪米と結びつけて考えている向きがある」と紹介。その上で

 「グローバル化と産業の分業化がますます細分化している今、鄭州の労働コストは低く、米国でパネル工場をつくれば消費地から近くなる。中国で投資するか米国で投資するかの選択は、あれでなければこれというゼロサムゲームではなく、まして経済問題を政治化する必要はない」
 と批判している。

 郭台銘会長の動向を極めて政治的に取り上げた鳳凰衛視と、政治から切り離そうとする上観新聞。前者は拠点を香港に置きながらも、中国政府寄りの報道で知られる。上観新聞の属するメディアグループは上海市共産党委員会宣伝部の傘下にあり、政府寄りであることは言わずもがな。そんな両者の全く違う報道ぶりからは、中国政府と鴻海の関係の複雑さがうかがえる。
(記事引用)