南シナ海と人工島建設と国際法 - 髙井晉
一般社団法人日本戦略研究フォーラム2015年12月20日 08:12
http://blogos.com/article/150815/
はじめに
2015年度版防衛白書(2015年7月)は、「海洋をめぐる動向」の項目の中で、中華人民共和国(以下、中国)が南沙諸島の岩礁で急速かつ大規模の埋め立て活動を強行するほか、滑走路や港湾を含むインフラ整備を推進しており、国際社会は、これらに対し懸念を示していると指摘した。また同白書は、中国の人工島建設を批判して、既存の国際法秩序とは相容れない独自の主張に基づき、力を背景とした現状変更の試みなど高圧的ともいえる対応を継続させ、自らの一方的な主張を実現しようとする姿勢を貫いていると分析した。これ対して中国外交部の陸慷報道官は、南シナ海の南沙諸島での埋め立ては完全に中国の主権の範囲内のことで、非難されることではないと反発していると報道された。 

これに先立つ7月7日、米国のオバマ大統領とベトナムのグエン・フー・チョン共産党書記長は初めての首脳会談を行い、中国の海洋進出を懸念する共同声明を発表した。ベトナム戦争(1965~1975年)終結から40年、国交正常化後20年の節目に、「昨日の敵は今日の友」として南シナ海における海洋安全保障の協力関係を表明したのであった。会談後チョン書記長は、国際法に従わず、状況をさらに複雑化している最近の活動に対して懸念を共有したと述べた。

南シナ海における中国の海洋進出は、世界共通の関心事でもあり、地域の安全保障と国際法の観点から様々な問題を惹起している。中国が進めている南シナ海の南沙群島の7つの礁(reef)における急速な人工島建設は、西沙群島及び中沙群島に及ぶ広大な三沙市の建設と相俟って、中国による南シナ海とその上空をコントロールするための準備段階であると囁かれている。 

南沙群島に対する中国の礁の埋立てによる人工島建設は、国際秩序違反であり即時中止すべきであると議論されているが、本小論は、中国が自国の海と主張する「中国の海(Chinese Waters)」および南沙群島で急速に進めている人工島について、国際法上どのように評価されるのかを検討している。 

1 中国の海洋進出と南シナ海

(1)中国の国家目標と戦略
中国は、共産党一党独裁の国家であり、中国共産党の将来は、偉大な中華民族の復興と海洋強国の建設の成否にかかっていると言えよう。中国政府は、公共・文化外交を推進し海外の中国の合法的利益を確保するかたわら、軍事的には近海防御(接近阻止(A2)/領域拒否(AD))戦略を推進し、四戦(法律戦・世論戦・心理戦・地図戦)でこれの強化を図っている。 

また、経済戦略として改革開放路線の堅持と深化を進めるとともに、収入の格差是正への取り組みとして2020年までに国内総生産(GDP)を10年比で2倍を達成するとしている。そしてこれらを支えるものとして、急速な経済成長を支える資源・エネルギーの安定的供給、(陸上・海洋)資源供給源と海洋通商路の安定的利用の確保が必要であり、「一帯一路」経済戦略構想(2013年)とシルクロード基金の設立、およびこれらと表裏一体をなすアジアインフラ投資銀行(AIIB)の設立(2015年)により、アジア・中東経済を中国のコントロールの下に一体化を図ろうとしている。 

これら中国の国家戦略を推進するための外交・安全保障戦略として、国家主権、安全保障、発展利益のために外部圧力に屈しないこと、海洋資源開発能力を高め海洋権益を断固守ること、人民解放軍(PLA)の機械化情報化を建設すること、海洋、宇宙、サイバー空間の利用を重視すること、平時から海警力と軍事力を積極的に活用すること、海軍力を強化して太平洋の分割と潜水艦発射ミサイル(SLBM)基地を建設することなどが挙げられている。 

南シナ海には、漁業資源の他に石油、天然ガス、希少金属等の豊富な資源の存在が見込まれ、これらはベトナムやフィリピンが主張する排他的経済水域(EEZ)の中に偏在していると言われている。また、南シナ海は、東西の海上輸送ルートの要衝であり、経済大国となった中国にとって、海外からの資源の海上輸送ルート確保は、経済発展を支える上で不可欠のものと考えて不思議はない。南シナ海問題の背景には、これら資源の独占と海上輸送ルートの安定的利用と確保を狙った中国の強い意図があると言えよう。 

南シナ海の原油輸送路
出典:http://www.eia.gov/todayinenergy/detail.cfm?id=10671



一帯一路の経済戦略構想
出典:http://insight.amcham-shanghai.org/wp-content/uploads/OBOR1.png



(2)南シナ海の9断線と管轄権の主張
南シナ海は、中華民国(以下、台湾)、中国、フィリピン、ベトナム、マレーシア、ブルネイ、インドネシアに囲まれた海域で、西沙群島(Paracel Island)、南沙群島(Spratly Island)、中沙群島、東沙群島(Pratas Islands)が点在している。これらの群島のうち南沙群島と西沙群島は、日本がフランスと領有権をめぐる外交交渉の最中の1939年に領有宣言を行い、島嶼名を付して台湾県高雄市の行政区画に編入し、リン鉱石等の開発が行なわれていた。しかし日本が第2次世界大戦に敗れた後、南シナ海は沿岸国間の紛争の場となった。 

日本は、第2次世界大戦の講和条約である対日平和条約(1952年4月28日発効)の第2条(f)項で、それまで日本領だった新南群島(現在は南沙群島)と西沙群島に対する「すべての権利、権原及び請求権を放棄」した。台湾は、同条約発効前の1946年に南沙群島の太平島を軍事占領し、日本が領有権を放棄した南沙群島、西沙群島を含む南シナ海全域をカバーする11断線を引き、これに含まれる島嶼の領有権を主張し、フィリピンも同年に11断線内の中沙群島のスカボロー(黄岩)礁などの領有権を主張した。 

中国は、1953年に台湾の11断線に重なるように、そしてベトナムとの境界協定合意の後、トンキン湾内の2断線を削除した9断線を引き、南シナ海と同断線内の全ての島嶼や礁の領有を宣言した。これ以降今日に至るまで、南シナ海の島嶼や礁は、台湾、中国、ベトナム、マレーシア、フィリピン諸国間で領有権の対立が続いている。これら諸国は、自国領と主張する島嶼や礁を起点にそれぞれEEZを主張している。 

日本は、対日平和条約第2条(b)項で台湾および膨湖諸島に対する全ての権利・権原・領有権を放棄しているが、第2条(f)項で放棄した南沙群島と西沙群島は、台湾と別個に放棄しているので、台湾と法的地位が同じではない。したがって日本が南沙群島と西沙群島を放棄したことと、それが自動的に台湾の領域になったこととは別個の問題である。その後中国は、9点線で囲んだ南シナ海を「中国の海」と主張し、2010年には台湾、チベット、ウイグルと同レベルにある核心的利益と位置づけ、これを確保するためには武力の行使をも辞さないことを表明している。 
 (記事一部引用)