ネットが嘘も事実にしてしまう世界の生き方
技術は生活を簡単にではなく、難しくした
東洋経済オンライン 2018年07月03日
インターネットは知識を民主化し、私たちが誰を、なぜ信用するのかについて、その性質までも変えてしまった。大きな組織に対する信頼が揺らぐとき、私たちは信頼できる誰かや何かを探そうとする。信じるものによって、私たちの意識や行動も変わる――。
『〔データブック〕近未来予測2025』の著者であり、未来予測プログラム「フューチャー・アジェンダ」を主宰するティム・ジョーンズとキャロライン・デューイングは、世界各地でワークショップを開催し、こうした地球規模の課題について識者と議論を重ねてきた。2人が語る、真実が揺らぐ社会の行く末とは?
ネット民が真実を決める時代
私たちが信じるものが、私たちの意識や行動を変える。大量の情報の渦に巻き込まれて、“真実”とはネット民が同意するものになるのかもしれない。その世界では“ネット民による事実認定”が、検索結果よりも優先される。

私たちがいつの時代にも、真実と真実でないものとを見分けにくい“煙と鏡の世界”に生きてきたという考えに、ほとんどの人は同意するのではないだろうか。歴史家、ジャーナリスト、政治家は何世代にもわたって、事実を掘り起こし、大衆に説明することでキャリアを築いてきた。

だが今後は、指先だけで(ほぼ)完璧な情報が手に入るにもかかわらず、人生がますますあいまいなものになっていくように思える。これまで以上に難しくなるのは、「何が真実で何が真実でないのか」を判断し、意味を読み解くためには誰を、何を頼りにすればいいのかを決めることだ。膨大な量のデータによってものごとは明確になるどころか、それが事実なのか、正確なのか、誤報なのか、誰かの再解釈なのかを見分けることはほぼ不可能になった。

中にはまったくのデマも混じっている。いまの時代は誰でも、どんな話題の意見や反対意見でも簡単に読むことができる。情報を読み解くことは難しいが、それ以上に難しいのが、その際に誰を、何を手掛かりにするかだろう。

汚職や不祥事が相次ぐ政府や企業に対して、世間は懐疑的な目を向けるようになった。調査会社のエデルマンが2015年に世界各地で行った世論調査によれば──インド、インドネシア、そして興味深いことにロシアでも政府に対する信頼度が大きく上がったために、全体的な信頼度はわずかながら上昇したとはいえ──、調査対象の27カ国のうち、実に19カ国の人びとが自国の政府を信用していなかった。

メディアに対する信頼度も同様に低く、調査を行った国の60パーセントがメディアを信用していなかった。企業のCEOに対する信頼は過去最低を記録し、ほとんどの国で50パーセントを下回った。最も信頼度が高かったNGOでさえ、前回の66パーセントから63パーセントに下がっている。となると、私たちはどこで“正しい”答えを見つけられるのだろうか。

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アップル製品の秘密は「うそがない」こと
私たちは、自分と考えが似ていると思う個人のカスタマーレビューや、SNSのコメントを参考にして、ある製品や特定の考えの長所や短所を判断する。この時、消費者が見ているのは、製造業者が訴求しようとしている製品イメージではない。私たちが慎重に見極めようとするのは、いろいろな製品やサービスの質や価値、あるいは特定の考えの真偽をめぐってSNSでどんな意見が出ているかである。

これまでであれば、自分に助言してくれる相手の素性を比較的簡単に知ることもできたが、いまのように忙しく、即断を迫られるような社会では、自分が誰の意見を、それも特にオンラインで見つけた誰のアドバイスを参考にしているのか、じっくり考える者はいない。

その一方で、私たちはますます自分自身の意見を参考にしているのだと言う者もいる。つまり私たちが重視しているのは、友人や家族や、自分と同じような考えの持ち主の意見だというわけだ。

近代経済は、自由移動と信頼に大きく依存している。広告に多大な予算を費やすことで生き残ってきたものの、可もなし不可もなしといった中途半端な製品は、今後は売り上げを落とすかもしれない。消費者がその製品の欠陥に気づき、高い金額を支払いたくなくなるからだ。

それに引き替え、良質な製品を送り出し、うそのないストーリーを語る企業はさらに大きな利益を上げるに違いない。その絶好のお手本がアップルだろう。優れたデザインと使いやすさによって、コモディティ化(競合する製品同士について、性能や品質、ブランド力に大差がなくなり、似たような製品が多く流通するようになること)の進んだ市場でも、アップルの製品は強力なブランド力を放っている。

市民が政府や企業に対する信頼を失った理由は、誰もがオンラインで簡単に自分の意見を表明できるようになったからであり、それは「インターネットではほかの書き込みが情報の正しさを証明してくれるはずだ」という前提に基づいている。大きな問題において、その前提はたいてい正しいが、ウィキペディアでさえつねに情報が正確なわけではない。

しかも個人であれ、大きな組織であれ、インターネットで情報を流す者は、うその情報を流したからといって特に失うものもない。書き込んだ物語がセンセーショナルであれば、大いに注目を浴びる。カスタマーレビューをでっちあげるのが簡単なように、ウェブサイトのページにうそを書き込むのは簡単だ。

あえてファックスを使うCEOたち
インターネットによって情報は民主化された。企業の貪欲さや政府機関の無能さが、世間の注目を集めた。貧富の差は拡大した。こうして、かつては当然だった体制に対する信頼感はもはや当然のものではなくなった。メディア対策の訓練を受けたベテラン政治家や大手ブランドに代わって、このところ目立つのは、卒直な物言いで真実を語る者や小さな企業を信頼する傾向だ。

政治の舞台でその傾向が最も如実に現れたのが、ドナルド・トランプやマリーヌ・ル・ペンといった過激な発言を繰り返す政治家の人気だろう。ビジネス界に目を向ければ、そうした世の中の流れに合わせて、大企業は自社製品の来歴やストーリーをアピールしたり、“正統的な”ブランドを傘下に収めたりする(コカ・コーラは飲料メーカーの英イノセント・ドリンクス社を買収した)。

相手が真実を話しているのかどうかを見極めることは、もちろん個人の問題にとどまらない。巧みなサイバー攻撃は、クリックひとつで企業を破綻に追い込める。そのシナリオは、いまや完全に実行可能だ。そのため、絶対安全と言える対抗策がないかぎり、インターネットを使わないと公言する者もいる。

ソニー・ピクチャーズ・エンターテイメントの元CEOマイケル・リントンもそのひとりだ。以前、私用メールのアドレスとクレジットカードの情報をハッキングされたことのあるリントンは、それ以来、機密のメッセージは手書きしてファックスで送信しているという。同じ手段を講じているCEOは彼だけではない。

今後、信頼感を維持することはいっそう難しくなるだろう。企業も政治家も、公約を果たすことがこれまで以上に重要になった。技術は私たちの生活を簡単にしたのではなく、ますます複雑にしたのだ。つまり、複数のプラットフォームにわたってこれまで以上に目を光らせなければ、何が真実かをより明確に理解できなくなった。あらゆるものの自動化が進むいまの時代に、そうやって目を光らせる時間や意思のある者がどれほどいるだろうか。しかも、人間に代わってAIがものごとを決定するようになると、さらに大きな変化が起きると考える者もいる。

つながると同時に断片化する世界で
20世紀には、善悪に対する私たちの考えに疑問を突き付け、その判断を変えるようなできごとがたくさん起きた。2度の世界大戦、大恐慌、ブレトンウッズ協定、ロシア革命、冷戦、中国の第2次国共内戦、中国の改革開放、アパルトヘイト、ルワンダ虐殺、宗教離れ、CNNニュースチャンネル、インターネットの出現など、ほんの十数例を挙げればこのようになる。

2000~2015年までの15年間を見ても、21世紀の出来事をたくさん挙げることができるだろう。アメリカ同時多発テロ事件、アルカイダ、過激派組織IS、気候変動、2008年の世界金融危機、欧州で増加するイスラム教信者、SNS、エドワード・スノーデン事件……これらはほんの一例だ。私たちが誰を、何を、なぜ信じるのかも、目まぐるしい速さで変化している。
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私たちが世界各地で開いたワークショップで集めた情報から察するに、世界はますますつながっていると同時に断片化しているようだ。GDP成長率が動かすグローバリゼーションはやがてピークを迎え、成長をもっと包括的な視点でとらえる傾向に変わっていくのかもしれない。

もっとも、それも一部の地域の話であって、あらゆる地域がそうなるわけではない。私たちがどの情報にアクセスし、どの情報にはアクセスしないのか、私たちが目にし、読み、耳にした情報について最終的にどんな判断を下すのか──ビッグデータ、デジタル化、さまざまなシステムの変化は、それらを本質的に変えていく。

さまざまな信念や宗教が世間の注目を奪い合い、信仰心を持たない人を対象にした新たなネットワークも登場するなか、ひとつだけ確かなことがある──状況は変化している。
(記事引用)