躍進するスペインの新政党「ポデモス」は極左なのか 
首都大学東京教授・野上和裕
2015.01.10 18:41 THEPAGEネットワーク
 2014年末のヨーロッパ最大の話題の一つは、ギリシアで次期大統領が決まらず、議会の解散総選挙になったことでしょう。1月25日に予定される選挙で誕生する新政権が、今の緊縮策を放棄しないよう、IMFやECB(欧州中央銀行)、ドイツ政府が露骨にけん制しています。
 政策転換を図る最大野党の急進左派連合「SYRIZA」(スィリザ) が政権を握る可能性があるからです。スペインには、スィリザと同じく、緊縮策からの離脱を唱え、スペインの政権の座をうかがう政党があります。それが「Podemos」(ポデモス)です。

「ポデモス」の考え方は?
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2014年11月、マドリードの会議に出席した「ポデモス」書記長・イグレシアス氏(右)(ロイター/アフロ)

 ポデモスは、2014年1月にできたばかりの新政党で、ほとんどネットを使った運動だけで、5月の欧州議会選挙でスペイン第4の政治勢力となりました。ポデモスの台頭は、スペインの政治に大きな衝撃を与えています。結党大会が10月で、執行部が作られたのは11月です。それでも各種世論調査では、断トツの支持率を得ています。現在総選挙を行なうと、下院350議席中、ポデモスが100を超える議席を獲得すると予想されています。

 ポデモスとは、オバマ氏が2008年のアメリカ大統領選挙で使った「Yes, we can!」というキャッチフレーズに対応するスペイン語です。後で触れるように、ポデモスは、極左というレッテルが貼られていますが、左翼というよりも、市民の政治への声を強めようという市民運動の延長上にその理念がある政党です。

 ポデモスは、スペインの民主主義が曲がり角に立っていると考えています。スペインは、1975年にフランコ将軍が死去するまで40年もの間、独裁制の下にあり、その後急速に民主化を遂げました。彼らは、現在の1978年憲法体制の下での保守の人民党(PP)と社会労働党(PSOE)の二大政党制が閉鎖的な特権階層(カースト)を作っていると考えます。市民は、政治から排除され、無力感を持っています。そこで、政治を市民の手に取り戻そうと作ったのがポデモスです。

 ポデモスの発起人のほとんどは、40代までの若手の大学教授たちです。特に日本の東大に相当するマドリードのコンプルテンセ大学の政治学社会学部に集中しています。書記長のパブロ・イグレシアス氏は、1978年生まれ36歳。常にノーネクタイで、カジュアルなシャツ姿です。どこにでもいる若者のようですが、2008年に提出した博士論文が高く評価され、2011年まで母校でも教鞭を執った大変なインテリです。

 イグレシアス氏は、政治学社会学部の同僚でもあり、ポデモスのリーダーである、フアン・カルロス・モネデーロ氏(1963年生まれ)、イーニィゴ・エレホン氏(1983年生まれ)などとともに、中南米の左翼政権を評価し、ベネスエラのチャベス政権の諮問委員を務めました。2010年からは、反グローバリズム運動や環境運動などいわゆる新しい左翼に近い思想家や大学教授を数多く招く(インターネット中心の)討論番組「La Tuerka」の司会者を務めました。イグレシアス氏は、保守的な傾向を持つ一般のテレビ局の討論番組にも呼ばれ、たった一人で緊縮策を批判する姿が全国的に知られるようになりました。

ポデモスを結党した背景とは?

2011年11月の総選挙の結果、野党が勝利し、ラホイ政権が誕生(右側がラホイ首相)(ロイター/アフロ)
 
 イグレシアス氏たちは、PPとPSOEの二大政党制がつくる特権階層「カースト」が、権力を独占し、政党幹部だけでなく、政府官僚機構、司法府、企業や公社などのポストを独占し、たらい回し人事を行なっていると指摘します。そこで、彼らは、1978年憲法体制を転換し、二大政党制を解体して、政治、経済、社会の民主化を達成しなければならないと主張しています。

 スペインでは、さまざまな抗議デモに何十万人もの人が参加します。たとえば、2003年2月の国際的な反イラク戦争のデモでは、マドリードで60万~166万人、バルセロナで70万~130万人の市民が参加しました。

 2011年5月15日に発生した「15M運動」では、マドリードの中心地であるソル広場を多くの人が、2か月近く占拠したのです。この運動は、スペインの他の都市に広がっただけでなく、他国にも波及しました。同年9月にニューヨークで行なわれた「ウォール街占拠運動」(Occupy Wall Street)もスペインの15M運動の模倣でした。この運動は、ネット上の「今こそ真の民主主義を!(Democracia Real, Ya!)」という呼びかけから始まったとされます。

 ところが、15M運動は成果を上げることができませんでした。実は、参加者の不満は、主に市や州の政権を握る保守の福祉・教育予算削減に向けられており、当時のPSOEのサパテーロ政権に対する抗議でありませんでした。しかし、11月総選挙でPSOEが59議席減の大敗を喫したのに対して、PPが32議席増の(全350議席中)186議席という過半数を獲得し、現ラホイ政権が誕生しました。
 その保守PPの大勝の一因であるなら、その後の過激な緊縮路線は、15M運動が逆効果であったことを示します。そこで、市民運動に集った人の意思を正確に政治に反映させようというのがポデモスの設立の動機となりました。

経済格差や新自由主義への不満

 ポデモスによれば、現状の経済格差、新自由主義的な規制緩和、福祉国家の解体を伴う緊縮財政政策は、政府の首脳が大企業・銀行の幹部ポストに就く人事慣行(回転ドア)によって支えられています。ポデモスは、このような政界と財界の癒着を排除して、民主主義の原則に立ち返ることを目指します。つまり、民主主義の理念を徹底することにより、国政をカーストから一般市民に取り戻すことができ、そこで初めて経済政策も変えられるとするのです。

 他方、ポデモスも自らがそういった政治の世界に取り込まれることを警戒します。そこでポデモスでは、創立メンバーが自動的に選挙の候補者になるのでもなければ、執行部を形成するのでもなく、改めて予備選や党内の書記長選挙、幹部選挙を行なうなど徹底した党員の平等主義・党内民主主義を追求しています。

 ポデモスの政策は、モデルが北欧の社会民主主義であり、共産党と(彼らから見れば)右傾化したPSOEの中間にあります。経済政策ではPSOEと変わりません。実際、イグレシアス氏は、2010年の政策転換までサパテーロ政権を支持していました。

 はっきりとPSOEとポデモスが異なっているのは、バスクやカタルーニャの地域ナショナリズムに対する態度です。ポデモスのリーダーたちは、自己決定権を擁護する立場から、独立の是非を問う住民投票の実施そのものを支持します。
 しかし、明確に独立に対して反対の立場を表明しています。この点で、ポデモスは、カタルーニャに対するさらなる特権と連邦制化によって事態の収拾を目指す従来の左翼より「中央集権」的です。ポデモスのカタルーニャでの支持者は、地域ナショナリズムに反対です。

 以上をまとめると、PSOEとの関係でポデモスの伸張は、(1)PSOEの2010年以降の政策転換と新自由主義に対する不満から伝統的な社会民主主義の支持層が動いていること、(2)カタルーニャに対する譲歩に不満を持つ層がポデモスに流れていることの二つが示唆されます。

ヨーロッパの中で比較すると

 ポデモスは、他のヨーロッパの新左翼と異なっています。第一の違いは、そのヨーロッパ指向です。イグレシアス氏は、ヨーロッパの統合が反ファシズムの民主主義から生まれたと述べ、いわゆるヨーロッパ懐疑主義やEU離脱論とは無縁です。第二の違いは、ポデモスが左右対立の克服を目指す中道指向にあります。実際、ローマ教皇の演説にも国王のクリスマス・メッセージにも、PPやPSOEと同じく賛辞を送っています。それなりに「行儀がよく」穏健なのです。

 なお、既成政党に対する挑戦を行なう勢力として、イタリアのベッペ・グリッロの「五つ星運動」と同種のものと誤解されることがあるのですが、その歳出削減・民営化路線とは対極にあります。

新たな民主主義の「実験」に

 ポデモスの政策は社会民主主義的なのですが、リーダーたちは、「金融オリガルキア」とか「カースト」といった新左翼の刺激的な用語を多用します。
 それでも、彼らのほとんどが大学教授や学者ですから、「人々にわかりやすい単純なメッセージを繰り返すことにより支持を拡大する」というポピュリズムと正反対に、実は説明が回りくどくなり、話がまどろっこしいのです。
 そのためキャッチフレーズや紋切り型の「イエスかノーか」が好きなマスメディアと話が全くかみ合わないので、「本当の政策を隠している」というイメージが作られました。ポデモスの台頭に脅威を感じている他の政党も、ポデモスが極左であるという宣伝を繰り返します。

 もちろん、ポデモスが政権に到達したとしても、緊縮策が転換できるかは別問題です。
しかし、緊縮財政政策だけを正しいと考える今日の政治状況の下で、ポデモスは、かつての社会民主主義を再生させる試みの一つといえます。そして、同時にネット社会における新たな民主主義の政治的実験として、今後の政治を考えるヒントを我々に与えてくれるものとなるでしょう。
(記事引用)