"ネット報道が"トランプ批判ばかりなワケ
 2018年9月26日 9時15分 プレジデントオンライン
大手メディアとの対決姿勢を強めるトランプ米大統領が、今後は検索大手のグーグルをやり玉に挙げた。「トランプ」+「ニュース」というキーワードで検索すると、トランプに批判的な大手メディアの記事ばかりが上位に表示されるのは「偏向」だというのだ。グーグルは「検索結果に政治的な思想の偏りはない」と真っ向から反論するが、トランプ政権側はネットの言論の自由を保証する法律にも手を付けかねない勢いだ――。
■「グーグルはわれわれが見るニュースを操作している!」
「メディアは国民の敵だ」と公言するドナルド・トランプ米大統領と、米主要メディアとの対立は、今に始まったことではない。しかもその対立の度合いは今年夏からさらに強まり、「全面戦争」状態に入っている。

トランプ大統領にとって、「敵」はニューヨーク・タイムズやCNNだけではなくなってきた。8月28日には大手IT企業グーグルをやり玉に挙げ、1996年に制定された「通信品位法(Communications decency act=CDA)」(※注1)230条の免責条項(プロバイダーやサーチエンジンは、媒介した他者の情報について発信者としての責任を問われない)の適用除外をちらつかせた。大統領に言わせれば、グーグルもニューヨーク・タイムズと同じように「左翼偏向操作」をしているという。検索すると、出てくるのは反トランプの主要メディアの記事ばかりだというわけだ。

トランプ大統領はツイッターにこう書きこんだ。「グーグルで『トランプ ニュース』と検索すると、フェイクニュースを流すメディアの見方や報道だけが表示される。言い換えれば、やつらは私や他の(保守的な)人々に関するニュースを不正操作しているので、(検索で出た)ほとんどの記事やニュースは悪い内容だ。フェイクなCNNは特に目立つ。共和党や保守派、公平なメディアを隠している。違法じゃないのか?」

「『トランプ ニュース』の検索結果の96%は全国規模の左翼メディアのもので、非常に危険だ。グーグルや他の企業は保守派の声を抑えつけ、よい情報やニュースを隠している。グーグルなどは、われわれが見られるものと見られないものを操作している。これは注目されるべき非常に深刻な問題だ。対処する!」

これを受けて、大統領の側近で経済政策を取り仕切る国家経済会議(NEC)のラリー・クドロー委員長(※注2)は、グーグルに対する規制措置をとるかどうか、対応を検討すると言明した。「同委員長の周辺では、通信品位法第230条による保護の剥奪をすでに検討し始めている」(米主要紙ベテラン記者)とされる。

■グーグルは「検索結果に政治色はない」と反論
むろんグーグルは直ちに声明を出し、「政治アジェンダを設定するために検索が使われることはなく、検索結果に政治的な思想の偏りはない」と真っ向から反論している。

トランプ大統領がグーグルなどのネット企業に目をつけたのは、これが初めてではない。トランプ政権は昨年12月、ネット接続事業を公共インフラと位置づけ、すべてのユーザーに公平なサービスを義務付けた「ネット中立性規制」(※注3)の撤廃を決め、すでに実施に移している。これに対し、グーグルの親会社アルファベットなどが加盟する業界団体(マイクロソフト、ツイッター、ネットフリックスなども加盟している)は8月28日、ワシントンの連邦控訴裁判所に「ネット中立性規制」の復活を求めて提訴している。

トランプ大統領が主張する「グーグルの『トランプ ニュース』の96%は『左翼メディア』による情報ばかりだ」というのは本当なのか。実際に検索してみると、確かにニューヨーク・タイムズやCNNなどの記事が検索結果の上位に出てくる。一方で、保守系のウォールストリート・ジャーナルやフォックス・ニュースの記事も出ている。さすがに極右のブライトバート・ニュースはすぐには出てこない。

専門家によると、トランプ大統領の主張は、保守系ブログ・ネットワークであるPJメディアの調査結果に基づくものだという。
kacchixyu3366

■原因は「アルゴリズミック・フィルタリング」?

なぜ『トランプ ニュース』の検索結果が主要メディア主体になるのか。専門家たちは、それは「アルゴリズミック・フィルタリング(Algorithmic Filtering)」のなせる業だと指摘している。

コロンビア大学ジャーナリズム大学院が編集発行する『コロンビア・ジャーナリズム・レビュー』などに寄稿しているメディアウォッチャー、マシュー・イングラム氏もその一人だ。

イングラム氏によれば、グーグルなどのインターネットの検索サイトは、ユーザーを識別する仕組みを用いて、そのユーザーが見たいだろうと思われる情報を選択的に推定し、ユーザーが見たくないだろうと思われる情報を遮断している(これをアルゴリズミック・フィルタリングと呼ぶ)。つまり、『トランプ ニュース』というキーワードを入力して検索すると、システムはそのユーザーの過去の検索履歴などから、主要メディアの情報を検索上位に表示する仕組みが出来上がってしまっている。(※注4)

アクセス数を増やすために多数派のユーザーの嗜好に合わせるという商業的目的とも相まって、「人間」ではなく「ネット」自体が、「主要メディア」の情報を半ば優先的に選択しているというわけだ(裏を返せば、主要メディアの多くがトランプ大統領の政策に厳しい批判の目を向けているということでもある)。その点では、トランプ大統領の憤りもわからないわけではない。

■攻撃的なのはトランプの苦境の裏返し?
とはいえ、もしトランプ大統領がグーグルを提訴すればどうなるのか。前述のイングラム氏は、トランプの思うようにことを進めるのは難しいだろうと予測する。「まず、通信品位法第230条の改正または撤廃が必要になる。たとえそこを突破しても、今度は憲法修正第1条(言論の自由)がある」。すべてのアメリカ国民と同様、グーグルなどのサーチエンジンやインターネット接続業者も、憲法修正第1条によってその言論の自由を守られているのだ。

負けを承知でグーグルにけんかを売るトランプ大統領の言動は、大統領を取り巻く今の環境がいかに厳しいかを物語っているともいえる。ロシア疑惑も、もちろんその一因であろう。

人気政治評論ブログのアナリスト、マイク・アレン氏は、トランプ大統領が置かれている苦境を以下のように列挙している。(※注5)

・ワシントン・ポストとABCニュースの最新の合同世論調査によれば、大統領不支持率は60%、逆にロシア疑惑を捜査するロバート・モラー特別検察官の支持率は63%。
・法律顧問だったドン・マクガーン氏、次席法律顧問のアーニー・ドナルドソン氏が相次いで辞任。ホワイトハウスの顧問弁護士は従来の35人から25人に激減。
・「懐刀」だった個人弁護士のマイケル・コーエン氏が、トランプ氏の指示でポルノ女優らへの口止め料を支払ったことを連邦地裁で証言。元側近の裏切りが始まった。
・今や大統領とホワイトハウスのスタッフの間には完全な溝ができてしまった。側近の1人は「大統領は進退窮まったかのような言動を続けている」と漏らしている。
■目覚めつつある「もう一つのアメリカ」
11月6日の中間選挙を控え、トランプ政権下で眠っていた「もう一つのアメリカ」が覚醒しつつあるように見える。まず、引退後沈黙を守ってきたバラク・オバマ前大統領が動き出した。トランプ共和党打倒を目指し、民主党の結束を図るという。

死の間際までトランプ大統領に猛省を促していた共和党の重鎮、ジョン・マケイン上院議員が8月25日に死亡したとき、全米メディアの「鎮魂報道」ぶりは異様といるレベルまで高まった。まるで大統領経験者が死んだような扱いだった。オバマ、ブッシュ(子)、クリントンと、直近の歴代大統領が党派を超えて葬儀に参列したが、トランプ大統領の姿はなかった。(※注6)

4000人が参列した「ソウルの女王」アレサ・フランクリンさんの葬儀も、全米のメディアで大きく取り上げられた。ソウル・ミュージックを通して公民権運動の促進と女性の権利向上に生涯をささげた偉大な歌手が訴え続けたのは「他者への愛と尊敬の心」。ネットで上位に表示されるニュースも、「マケイン」「アレサ」一色に染まった。

ウォーターゲート事件の報道で知られる伝説的ジャーナリスト、ボブ・ウッドワード記者の暴露本『Fear; Trump at the White House(恐怖:ホワイトハウスのトランプ)』や、現職政府高官がニューヨーク・タイムズに寄稿した匿名の「内部告発文」は、大きな話題を呼んでいる。さらに、全米小売業協会や全米民生技術協会をはじめとするアメリカの主要業界団体は、トランプの保護主義的な通商政策に反旗を掲げ、「Americans for Free Trade(自由貿易を指示するアメリカ人)」という業界横断的ロビイング組織を立ち上げた。

いずれも、このままではアメリカはダメになると憂う「もう一つのアメリカ」が動き出した証しだ。間近に迫った中間選挙で、アメリカ国民はどんな審判を下すのか。

(※注1)1934年に初めて制定され、インターネット時代に対応するために1996年に改訂された電気通信法の一部。「みだらな(obscene)」あるいは「下品な(indecent)」内容を18歳未満の者に伝達・展示することを禁じる一方、第230条ではユーザーがアップロードした内容について、インターネット接続業者やサーチエンジン、SNS事業者などは法的責任を負わないと定めており、オンライン・コンテンツの規制論議の一つの焦点となっている。
(※注2)クドロー委員長は、レーガン政権で大統領のアドバイザーを務めたエコノミストで、トランプ大統領とも長年の知己。3月に同委員長を辞任したゲリー・コーン氏の後任として就任している。
(※注3)インターネット接続をはじめとするネット関連のサービスを公共インフラの一つと位置づけ、すべてのデータやユーザーを平等に取り扱うことをネット事業者に義務付ける規制。オバマ前政権が2015年に策定したが、トランプ政権は「過剰な規制」として撤廃した。規制撤廃で多様なサービスの可能性が広がる一方、支払う料金によって個人や小規模事業者のネットへのアクセス権が阻害される懸念も指摘されている。
(※注4)“The media today: Should Google, Twitter and Facebook be worried about Trump's threats?” Mathew Ingram, Columbia Journalism Review, 8/29/2018
https://www.cjr.org/the_media_today/trump-google-tweet.php
(※注5)“Axios AM,”1 big thing: Trump's tight, lonely corner Mike Allen, AXIOS, 9/1/2018
https://www.axios.com/newsletters/axios-am-8c89c8c1-7cbd-4260-8476-037db9344ad1.html
(※注6)“In McCain Memorial Service, Two Presidents Offer Tribute, and a Contrast to Trump,” Peter Baker, New York Times, 9/1/2018
https://www.nytimes.com/2018/09/01/us/politics/john-mccain-funeral.html

----------

高濱 賛(たかはま・たとう)
在米ジャーナリスト
米パシフィック・リサーチ・インスティチュート所長。1941年生まれ。カリフォルニア大学バークレー校卒業後、読売新聞入社。ワシントン特派員、総理大臣官邸、外務省、防衛庁(現防衛省)各キャップ、政治部デスク、調査研究本部主任研究員を経て、母校ジャーナリズム大学院で「日米報道比較論」を教える。『アメリカの教科書が教える日本の戦争』(アスコム)、『結局、トランプのアメリカとは何なのか』(海竜社)『アメリカの女の子はなぜ入れ墨をしたがるのか:Do We Know about Real America?』(近刊仮題、海竜社)など、著書多数。
----------

(在米ジャーナリスト 高濱 賛 写真=EPA/時事通信フォト)
(記事引用)