「捏造の科学者〜STAP細胞事件」
40通のメールは何をあぶり出すのか?
水留章[テレビ番組制作会社 社長]2015年1月16日(金) 
毎日新聞記者・須田桃子さんの著書「捏造の科学者〜STAP細胞事件(文芸春秋)」が1月7日に発売されました。三省堂本店でも平積みになり、新聞広告でも増刷が謳われているようです。

著者・須田桃子さんは、毎日新聞東京本社の科学環境部の記者で、これまでもiPS細胞の山中伸也教授の密着取材本の出版や、森口尚史の「iPS細胞を使った世界初の心筋移植手術」を疑い、ベタ記事に抑えたりと、この分野の実績のある方のようです。とても興味深く読めました。

まずは感じたことは、著者のキャリアからくる科学知識の豊富さと理解力。この本は、聞き慣れない分子生物学用語も、著者だけ分かっているという態度ではなくさすがに記者と言う啓蒙的文章で書かれています。早稲田大学の理工学研究科修士課程修了という本格的リケジョ、大学院で言えば小保方氏の先輩にあたるのも面白いと思いました。

記者としても粘り強く取材対象者と向きあい、相手の懐に飛び込む姿勢が、この本の中にも表れています。今までの実績からかもしれませんが、登場する多くの科学者たちとの面識が取材を通じてあり、中でも故・笹井氏とはこの件で都合40件のメールを受け取るやり取りをしていて、やりとりした文章の紙背からから故笹井氏の自信、過信、誇らしさ、焦り、苦悩が読み取れます。

なくなる3週間前のメールなどは、今から見れば何かを訴えているようにも読めます。最初の会見も故・笹井氏から是非関西に来て取材してくれと言われ、上司に無理を頼んで行った経緯があるそうです。それも、本が出版された今となっては、因縁としか言いようがない気もします。

また、この本の魅力の一つは、昨年1月からこの騒ぎを時系列で追ってくれていることです。たった一年間の出来事ですが、メモも取らず毎日の新聞テレビの報道に一喜一憂して流されている我々からすると、とても頭の整理ができます。

最初の熱狂から疑義。そして、憤り。春から夏への季節感が感じられて、昨年のこちら側の思いの変化も炙り出してくれます。勿論、科学的な立場からあの論文の化けの皮が、日々、月毎に剥がされていく過程も、細かい取材に導かれて推理小説のような味わいもあります。

しかしなんといってもこの本の読みどころは、著者の関心が「STAP細胞の存在や否や」ではなく「どうして不正が起きたがの過程を知りたい」に移っていく所です。

途中から彼女は、当初我々と同じように熱狂したものの「存在」より、「存在しない」理由探しに走り、たくさんの取材結果を得て、結果「どうして? こんなことに」に行き着くのです。理研の事後処理のマズさや、官僚組織の人間模様、科学者というプライドと仙人のような性格、小保方氏の特異なキャラクター、自己犠牲と自己防衛・組織防衛、国の利を早急に求める科学行政。言葉にははっきりさせていませんが、「なるほど。恐らくはこんな感じだったのではないかなぁ」というアウトラインが頭に出来てくる著作です。確かに決定的な一つだけの理由でこの騒ぎが起きたのではないと思います。

とても複合的な原因たちと、それがそこまでよく時系列的に偶発性であるのにストーリーを作ったなぁ、という感想です。万が一悪意はなかったとしても、「未必の故意」と呼べるような幼稚性も否定できません。この騒ぎが、ライバルと目されていiPS細胞の重要性をより高めたのは皮肉な結果かもしれません。

本書の中である科学者が「だから(内輪では)そうなのだ」という「他の世界の人にわからないと嘆くフレーズ」を言っているのが心に残りました。「業界の言葉での批判」自分でも使います。

自負と自信が慢心と過信に変化しているセリフだと気づかせてくれました。
(記事引用)

img_35d1c944344b8d4ae5a0277e69bd8e1922136













『捏造の科学者――STAP細胞事件』須田桃子著
著者インタビュー PRESIDENT 2015年3月16日号
著者 高橋盛男=文 永井 浩=撮影
科学の根底には、人をワクワクさせる未知への好奇心がある。「研究者が抱くそのワクワクを、わかりやすく読者に伝えたい」。それが科学記者としての己が使命だと著者はいう。だが、昨年のSTAP細胞の一件は、勝手が違った。


「渦中にあった理化学研究所の笹井芳樹氏(故人)も、山梨大学の若山照彦氏も、取材を通じて交流があり、その人柄はよく知っていました」

STAP細胞事件では、それら敬愛する研究者を追及する立場になった。「つらい日々でした」と著者はふり返る。

本書は、昨年1月28日の理研ユニットリーダー(当時)小保方晴子氏らの記者会見以来、著者が追い続けてきた同事件の経緯をまとめ上げたものだ。生命科学の最先端での出来事、しかも事態の展開の速さゆえ、門外漢にはなかなか捉え切れなかったその全容を、本書で知ることができる。

著者は毎日新聞の記者。東京本社科学環境部で、生命科学や再生医療に関する取材を多く手がけてきた。大学時代は宇宙物理学を専攻し、一時は研究者の道を志してもいる。それだけに、「この事件をとても残念に思う」という。

「生命科学の分野では第一級の研究者がSTAP細胞論文の共著者として名を連ねています。なのに、なぜ論文の捏造が見抜けなかったのか」

疑惑が浮上してから、異様なほどに論文を擁護した理研の対応も不可解だった。

「科学者は変人も多いけれど、自身の研究に対しては真摯で誠実な人たち。そう思っていましたから、一連の不祥事は正直、いまだに信じがたいところがあります」

科学の寵児から疑惑の人へと急転した小保方氏。実際に対面した昨年4月の釈明会見では、「研究者として未熟で、誠実さに欠ける人としか映らなかった」と著者はいう。


現段階で、STAP細胞は「存在しなかった」ことがほぼ確定している。しかし、これを結末として「この事件の幕引きにしてはいけない」と著者は警鐘を鳴らす。

「直接的には、論文捏造が起こりえたことが問題です。しかし、背景には基礎研究より応用研究を偏重する傾向や、研究予算の配分、研究者の育成など、様々な問題が介在しています」

それをどう是正するかは、科学界のみならず、科学大国といわれる日本の将来とも関わってくる課題なのだ。

須田桃子(すだ・ももこ)
1975年、千葉県生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了(物理学専攻)。2001年毎日新聞社入社。水戸支局を経て06年より東京本社科学環境部記者。生殖補助医療・生命科学やノーベル賞などを担当。共著に『迫るアジア どうする日本の研究者』『素顔の山中伸哉』ほか。
(記事引用)