海底ケーブルから情報が盗まれる?  サイバー空間の権力論
2014年11月6日  WEDGE Infinity          
 国家戦略としての重要性 塚越健司 (拓殖大学非常勤講師
前回の連載は無人飛行機「ドローン」。その技術発展は軍事にもビジネスにも用いられ、空の交通革命を感じさせるものだった(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/4306)。一方で空という空間を拡張し、新たなフロンティアを獲得するドローンやビッグデータは、我々をどのような未来へと導くのか。議論が分かれるところである。

 ところで、インターネットは何もサイバー空間だけに限定されない。その技術の根本には、100年以上前からある「海底ケーブル」が必要不可欠だった。海底ケーブルとはどのようなものであり、またケーブルからの「盗聴」をめぐる各国の思惑はどのようなものか。海底ケーブルは通信インフラだけでなく、膨大な情報をめぐる「サイバー戦争」を誘発する。目に見えないサイバー空間だけでなく、海底奥深くに横たわるもう一つの情報戦争に着目したい。

地政学上も重要となる海底ケーブル
 世界をつなぐ通信ネットワークのはじまりは1850年に遡る。この年イギリス―フランスの海峡間の海底に、電信や電報のためのケーブルが接続された。その翌年の1851年に運用が開始されて以降、大西洋や太平洋を横断した海底ケーブル等、世界中を結ぶケーブル網が20世紀初頭までに完成し、現在でもケーブルが新設され続けている。またケーブルの種類も電話回線用や光ファイバー回線用と進化を続け、電話やインターネット等の大容量通信ネットワークを支えている。

 ケーブル敷設には専用の特殊船が用いられており、海底深くにケーブルを敷くという、進化はしつつも作業それ自体は19世紀から変わらない手法が用いられている。ケーブルが海底に置かれているのは、敷設当初は漁船の網にケーブルが引っかかってしまう被害が続出したからである。とはいえ、海底深くケーブルが敷かれた現在でも、地震等の地殻変動やサメが食い破ってしまう等の被害が後を絶たず、ケーブルの補修工事は必須となっている。

 日本にとって海底ケーブルはアメリカとアジアを結ぶ最初の地点であり、その意味で地政学上非常に重要な位置を占めている。またKDDI等の通信事業者や、NECをはじめとするケーブル敷設事業も盛んであり、NECは2014年10月にもタイ―香港までの海底ケーブル延伸を受注している。
現在の主流となっているケーブルは光ファイバーである。1989年に日米間で初めて敷設された光ファイバーケーブルだが、当時通信料が電話にして7500回線分だったものが、現在ではその量を遥かに超えている。最新の光ファイバーケーブルは1秒間に4.8テラビット、電話回線にして7500万回線分もの通信量を扱うことが可能だ。無論これはケーブル一本の通信量であるから、最大8対までケーブルに入れられる光ファイバーや、その他の海底ケーブルの量を考慮すれば、どれほど海底ケーブルが通信事業にとって重要かがわかる。

 また、通信衛星であれば地球からの距離が遠いため会話がワンテンポ遅れがちであるが、光ファイバーの海底ケーブルであれば、遅延は通信衛生の5分の1程度で済むという。このように、通信衛星と比較して遅延も少なく速度も早いことから、インターネット等の国際通信の9割以上は海底ケーブルが用いられている。

 ただし、海底ケーブルは自然災害とも関係が深いことも指摘しなければならない。東日本大震災の際、地震にともない幾つかのケーブルが破損し、日本の通信ネットワークに障害をもたらした。当然のことながら、自然災害によってケーブルが破損すれば通信に支障をきたすのであり、インターネットのようなサイバー空間も、物理的な自然環境と無関係では済まされないことを痛感させられる。とりわけ日本周辺の海底は世界的にみても地理的に地震の多い地域であることから、海底ケーブルの補修や保全は必要不可欠なのである。

情報が抜き取られる?
 海底ケーブルをめぐる大きな問題は盗聴である。米NSA(国家安全保障局)の元職員であったエドワード・スノーデン氏が2013年に暴露した内容に従えば、アメリカとイギリスの諜報機関は200本以上の海底ケーブルに盗聴器を仕掛けているという。すでに世界中に張り巡らされた海底ケーブルであるが、アメリカとイギリスを経由するケーブルの数は多く、またGmailやFacebook等のSNSに関する通信情報をケーブルから根こそぎ傍受していたという報道は世界に大きな衝撃を与えた。

 実際、スノーデン氏の暴露により自身の会話が盗聴されていたことを知ったブラジルのルセフ大統領はアメリカに猛抗議したことは以前の記事(http://wedge.ismedia.jp/articles/-/3892)でも伝えた。そうした影響もあってか、計画そのものは2012年から存在していたものの、2014年2月、ブラジル政府はブラジル―ポルトガル間を結ぶ海底ケーブル敷設に関してEUとの合意を得た。それにより、アメリカを経由せずアメリカに情報を盗まれることのない海底ケーブル網が2015年に運用開始する予定である(ちなみにブラジルとスペインの通信事業者が共同で建設する予定で、総額費用は1億8500万ドルとのことである)。またルセフ大統領は2014年10月に記者会見において、国際海底ケーブルは盗聴のターゲットであると述べている(http://www.bloomberg.com/news/2014-10-30/brazil-to-portugal-cable-shapes-up-as-anti-nsa-case-study.html)。

  無論、海底ケーブルをめぐる情報戦はスノーデンの暴露前にも存在する。米ソ冷戦時代の1970年代には、アメリカが実際にソ連が利用している海底ケーブルに盗聴器を仕掛けた事件が発生している。この盗聴器は1980年代にNSAの職員が報酬と引き換えにソ連に情報を売ったことで発覚したが、同様の盗聴例は歴史の表に現れないだけで、実際には数多の盗聴が実行されていると予想される。

 情報が海底ケーブルから根こそぎ盗まれているとすれば、我々の生活にどのような影響が及ぼされるか。現在のデータ解析技術では膨大な情報量のすべてを捌ききることは不可能であろうが、解析技術の向上にともない、今以上に容易に特定の個人の情報だけをピックアップして傍受することが可能になるだろう。現にそのような技術はすでに開発されているが、それがより容易になり、通信履歴から個人の周辺情報まで予測可能になる時代においては、情報は今以上に重要なものとなる。その際、膨大な情報源となる海底ケーブルの価値は現在のそれとは異なる様相を帯びる。

海底ケーブル敷設は、国家戦略である
 海底ケーブルから直接情報を盗もうとあなたが思うなら、当然自国の領域内にケーブルを多く敷設しようと考えるだろう。盗聴が容易になるからだ。海底ケーブル敷設はひとつのビジネスでもあるが、同時にケーブル敷設は一種の情報獲得のための戦場としても成立する。あらゆる政府がケーブルから盗聴しているわけではなかろうが、少なくとも戦争をはじめとする争いが生じた時に、各国政府はケーブルから情報を盗んだり、あるいはケーブルを切断することで敵国の情報通信ネットワークに障害をもたらすだろう。

 このようにインターネット上でしばしば論じられる「サイバー戦争」なる言葉には、物理性を帯びた海底ケーブルが包含されていることがおわかりだろうか。物理的なモノであるからこそ、海底ケーブルは各国政府が競って敷設を争い易い構造をもったインフラなのである。したがって我々もまた、ますます増加するであろう海底ケーブルの敷設をめぐる問題に敏感であるべきなのだ。
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 地震大国である日本周辺のケーブルは確かに破損しやすい。だが、自国周辺に多くの海底ケーブルを持つことは、自国の通信ネットワーク網を守る意味でも、あるいは他国との外交に関しても重要な位置を占めている(とはいえ、海底ケーブルを盗聴することを筆者は望んでいるわけではない。あくまで情報通信ネットワークの維持が重要なのだ)。今後も増加する海底ケーブルを、これまで以上に注目してその動向をみる必要があるだろう。

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(記事引用)