人口激減8000万人日本消滅3200年
道風朗詠(どうふうろうえい)徒然草第88段
原文 或者、小野道風の書ける和漢朗詠集とて持ちたりけるを、ある人「御相伝、浮ける事には侍らじなれども四条大納言撰ばれたものを、道風書かん事、時代や違ひ侍らん。覚束なくこそ」と言ひければ、「さ候へばこそ、世にあり難き物には侍りけれ」とて、いよいよ秘蔵しけり。 

訳 ある者が、小野道風が書いた和漢朗詠集だとして秘蔵していました。これを見て、ある人が「ご先祖からの言い伝えは根拠のあることかもしれませんが、和漢朗詠集は四条大納言(藤原公任)が撰集されたものですが、藤原公任が生まれた966年には小野道風は死んでおりますよ。
時代が合いませんよ。その点が、どうも不審で」と言いますと、「それでございますからこそ、世にも希な珍しい物なんですよ」といって、いよいよ大事に秘蔵しました。

小野道風(とうふう)は藤原佐理、藤原行成とともに三蹟(さんせき)とよばれる、平安中期の能書家で、道風の書は後に「野跡(やせき)」とよばれて尊重されたものだそうです。
ボクらでも展覧会で、三体白氏詩巻とか秋萩帖(あきはぎちょう)とかで、見る機会がありますが、まあ、書の素人でも立派な書だと感じますねぇ。
ところが、小野道風は966年には死んでいるんですね。           
和漢朗詠集は藤原公任(きんとう)の撰。中身は昔から愛唱されてきた漢詩文の秀句588首、和歌216首の計804首を集めたもの。
           
死んだ後で撰集された和漢朗詠集を小野道風が書けるわけがないと言うのが、この段の滑稽の骨子になっています。秘蔵されていたのが和漢朗詠「集」で、一つの歌ではないのですから、これはハッキリ贋作でしょうねぇ。
この段の滑稽のアイディアは江戸落語にもなりましたから有名ですねぇ。 www.kcc.zaq.ne.jp)      
(記事引用)

kawahara_s
データを見れば人口減少の深刻さは自明
なぜ人口を増やす政策を総動員しないのか
出口治明 [ライフネット生命保険(株)代表取締役会長兼CEO]
【第36回】 2012年2月7日 ダイヤアモンド
国立社会保障・人口問題研究所は、1月30日、日本の将来人口推計の結果概要を公表した。
この推計は、5年毎に行われているもので、将来の出生推移・死亡推移について、それぞれ中位・高位・低位の3仮定を設け、それらの組み合わせにより9通りの推計を行っている。以下では、出生中位・死亡中位のケースを基準として、論じることとする。

生産年齢人口がほぼ半減する社会はサステイナブルか

 まず、最初に結果概要を見ておこう。わが国の将来の総人口は、2048年に1億人を割り込み、2060年には8674万人になる。これは2010年に比べて32%の減少であるが、もし出生率が中位ではなく、低位で推移すれば(1.35%→1.12%)、7997万人(38%減少)と8000万人を割り込んでしまう。

 次に、経済に最も大きな影響を与える生産年齢人口(15~64歳)の推移を見ると、第2次世界大戦後、一貫して増加を続けてきたわが国の生産年齢人口は、1995年にピークをつけ(8726万人)、その後緩やかに低下を続けてきたが(2010年で8173万人と、この15年間で6%減少)、2027年には7000万人、2051年には5000万人を割り込み、2060年には4418万人(対2010年比46%減少)となる。

 ちなみに出生低位推計では、50年後(2060年)の生産年齢人口は3971万人(51%減少)と、4000万人を割り込んでしまう。要するに、わが国の生産年齢人口は、この50年でほぼ半減してしまうのだ。このような社会が果たしてサステイナブル(持続可能)だろうか。大いに疑問なしとしない。働く人が半分になるということは生産性の上昇がなければ、GDPが半分になるということだ。それでこの国がもつと考える方がむしろおかしいのではないか。

 従属人口指数を見ると、問題点はさらにクリアになる。生産年齢人口に対する年少人口と老年人口の相対的な大きさを比較し、生産年齢人口の扶養負担の程度を大まかに表わすための指標として、従属人口指数がよく用いられるが、老年従属人口指数(生産年齢人口100に対する老年人口の比)を見ると、2010年の36.1(働き手2.8人で高齢者1人を扶養。いわゆる騎馬戦型)が、2022年には50.2(同2人で1人を扶養)まで上昇し、2060年には78.4(同1.3人で1人を扶養。いわゆる肩車型)に達するものと見込まれる。

 なお、出生低位推計では、同1.1人で1人を扶養することとなり、ほぼ完全な肩車型社会になる。人類の5000年の歴史の中で、1人が1人を支える社会が存立し得た事例は寡聞にして知らない。

フランスを真似して出生率を上げよ

 ところで、以上の推計結果は2006年の前回推計とそれほど大差がある訳ではない。その理由は、出生率仮定(長期の合計特殊出生率)を、中位仮定で前回の1.26から1.35に嵩上げしたからである。これは、ここ数年の出生率の微増結果を織り込んだためであるが、その主因は団塊ジュニア世代が40歳前後にさしかかり、出生を急いだ一時的な現象にすぎないという見方も根強い。そうであれば、今回の中位推計自体が楽観的に過ぎるとの指摘が一部にあることも十分頷けよう。

 しかし、大切なことは将来人口推計の精度を議論することではあるまい。将来人口推計はわが国の政策立案の土台となるべきものである。そうであれば、今回の推計結果を見て、これからのわが国にとって、どういう政策が必要かを真剣に議論することこそが望まれているのである。

 メディアの論調を概観すると、少子高齢化の傾向は大きくは変わらないとして、肩車型の社会保障制度の構築を急ぐべきだとするものが多数を占めているように見受けられる。本当にそうだろうか。もちろん、最悪のケースを想定して事に臨むのは、政治であれ経営であれ、重要なことには違いない。

 しかし、今回の推計を虚心坦懐に眺めれば、普通の人は、人口を増やす政策を総動員して対処しなければ、わが国は大変なことになると思うのではないか。それが正常な反応だと思われる。

 そして、先進国の中には、現に政策を総動員して人口を増加させる基盤となる出生率を上昇させた国が幾つもあるのである。たとえば、フランスや英国、スウェーデンでは、この10年間で見ても明らかに出生率が上向いており、フランスではボトムの1.66%(1994年)から、わずか10~15年で出生率が2%前後にまで上昇した。2006年が2.00%、2007年が1.98%、2008年が2.00%、2009年が1.99%と高位安定状態が続いている(内閣府「子ども・子育て白書2011年版」による)。

 では、なぜフランスで出生率が上昇したのか。それは、シラク3原則と呼ばれている基本方針(1.子どもを持つことによって新たな経済的負担が生じないようにする  2.無料の保育所を完備する  3.〈育児休暇から〉3年後に女性が職場復帰するときは、その3年間、ずっと勤務していたものとみなし、企業は受け入れなくてはいけない)をしっかりと樹立し、出産・子育てと就労に関して幅広い選択肢ができるような環境整備、すなわち「両立支援」を強める方向で政策が進められたからである。婚外子を差別しないPACS(民事連帯契約)もこの政策パッケージの中に含まれる。

 内閣府や厚生労働省のホームページを見ると、フランスの両立支援に関わる政策の研究・分析はすでに必要十分になされていることが窺える。だとすれば、戦後のわが国がアメリカの真似をして、世界第2の経済大国を築き上げたように、これからのわが国はフランスの真似をして、出生率の上昇を図ればそれでいいではないか。是非ともメディアは、この問題を取り上げてもらいたい。

 人口を増やす政策を総動員することこそが、社会保障・税一体改革と並ぶわが国の喫緊の政策課題であることは疑いを入れないところであると考える。

若年世代の所得を増やす工夫を

 ところで、人口を増やす政策は、フランスの例にも見られるように、10~15年といった息の長い取り組みを必要とする。少子化対策や人口を増やす政策については、何度もこのコラムで取り上げてきたが(「若い人が子どもを生まないのは国の責任。駅に24時間営業の保育所を!)」や「経済を成長させるためには、どうしたらいいか」など)、忘れてはならない問題は、若い世代の所得を嵩上げすることの重要性である。

 フローの所得は、景気が回復してGDPが増加しない限り、なかなか嵩上げすることは難しいが、ストックについてはこの限りではない。わが国の個人金融資産は2011年9月末で1471兆円あるが(日本銀行 資金循環統計)、その6割以上は60歳を過ぎた定年世代が保有していると言われている。そして、それを裏づけるデータもある。金融広報中央委員会が2010年に行った調査(2人以上世帯調査)によると、世帯主の年齢別の金融資産保有額(金融資産を保有していない世帯を含む)は、

    20歳代        342万円(485万円)
    30歳代        537万円(723万円)
    40歳代        743万円(1013万円)
    50歳代        1068万円(1441万円)
    60歳代        1539万円(1974万円)
    70歳代以上    1707万円(2144万円)

 となっている。なお、( )内は金融資産を保有している世帯平均である。このような現状と、人生で一番お金がかかるのは子育てであることを考え併せると、子育てをほぼ終えたと考えられる60歳以上の世代が、これから子育てを行う若い世代へ資金援助を行うのが最も自然であり、かつ好ましい政策でもあると考えられる。

 しかし、現実には年間110万円を超えると贈与税が課せられる。また、平均寿命が80歳という現状では、相続者も50歳~60歳代となり、若い世代への所得移転はなかなか進まないということになる。そうであれば、1つの極論ではあるが、相続税率を100%として、若い世代(例えば20代・30代)に対する贈与税率を0%にすれば、高齢者から子や孫の世代への所得移転がスムーズに運べるのではないか。

 以上、述べてきたように、わが国はおよそ考えられるすべてのアイデアを総動員して人口を増やす政策を実行しなければならない。それが今回の将来人口推計の示唆するところではないか。

 蛇足ではあるが、筆者は決して「産めよ増やせよ」を奨励している訳ではない。フランスがそうであるように、子どもを産む・産まないは100%女性が決めることであり、百歩譲ってもカップルが決めることであると考えている。国が介入すべき事柄ではまったくない。そうした前提の上に立って、産みたい時にいつでも子どもが産める社会が理想だと考え、国の政策はそういった環境を全力で創り上げることに注がれるべきだと主張したいのである。
(文中意見に係る部分はすべて筆者の個人的見解である。)
(記事引用)

hanno-e01

100年後の世界と日本100年後の世界と日本2013/11
(2013 Vol.4) 理事長 中谷 巌 三菱UFJリサーチ
今回の『季刊政策・経営研究』では、三菱UFJリサーチ&コンサルティング社内で開催している勉強会、「巌流塾」での研究会の模様を特集している。

「巌流塾」は4年前から開講されているが、その目的はシンクタンクにおける研究員やコンサルタントの基礎的教養を高め、彼らに正しい歴史観や大局観を身につけることができるような機会を提供することにある。このため、本塾で取り上げるテーマは経営戦略等のスキル系のものではなく、歴史や哲学、文明論等、リベラルアーツ系が中心である。
現在、「巌流塾」が取り上げている研究テーマは「100年後の日本」である。
なぜ「100年後」を考えるのか。そんな先のことは誰にも分からないし、多くの人にとっては関心のないことかも知れない。

データを揃えて実証的に未来を予想するというのであれば、せいぜい5年先くらいまでが妥当なタイムスパンだろう。
いや、ことによっては1年先のことでも正確な予測など不可能と言ってよく、ましてや5年先を予想するなどはかなり大胆な前提を置かざるを得ないというのが正直なところだろう。それにもかかわらず、「巌流塾」が100年先のことを考えてみようというのにはそれなりの理由がある。

たしかに100年先のことなど正確に予測しようがない。どのような突発的なことが起こるかも知れないし、そもそも地球自体の行く末さえもおぼつかない。
しかし、100年先に思いを馳せ、なんらかの予測めいたことを試みようとすれば、どうしても長期にわたる歴史的な視点が必要になる。すなわち、これまでの何百年にもわたる人類の歩んできた歴史を振り返ることなく、100年先を考えることなど、とてもできないと言うことである。つまり、100年先を予測するためには、人類の歩んできた長い文明史をひもとかざるを得ないと言うことであり、それこそ、「巌流塾」が「100年後の日本」を当面の研究テーマとしている本当の(教育的)理由なのである。

先に、実証的なデータを駆使しても、5年先の予測すら難しいと述べたが、筆者の知る限り、できる限り実証的なデータを使いながら最も長期の予測を試みているいるのは、ヨルゲン・ランダース『2052~今後40年のグローバル予測』(日経BP社、2012年、野中香方子訳)である。

彼は次の40年の世界の行方を左右すると思われる5つの問題を取り上げている。それは「資本主義の行方」「経済成長」「民主主義」「世代間の平等」そして、「地球の気候と人間との関係」である。

ランダースによると、今後40年間を展望した場合、気候変動や富の分配の不平等という深刻な課題に人類は直面し続けるが、人類がこれらの問題に十分迅速に対応する能力はない。
アメリカは相変わらず、新自由主義的な形でより高い経済発展を目指そうとし、中国をはじめとするアジアの国々は先進国並みの生活水準を求め続けるだろう。その結果、地球温暖化はさらに進み、嵐、竜巻、干ばつ、洪水、熱波、そして頻度と激しさを増す豪雨は日常茶飯事となるだろう。富や所得の分配の不平等はさらに加速し、世界的な規模で平等を求める暴動・革命騒ぎが起こる可能性もある。

ランダースの予測の中でやや明るい部分を挙げるとすれば、地球人口が現在の70億人から2040年頃には80億人になるが、それがピークであり、それ以降は減り始めるという予測だ。これは地球人口がやがて100億人の大台を突破し、それがさらに深刻な地球環境問題を引き起こすという一般に広く出回っている予測よりはかなり楽観的な予測と言えるだろう。
このような人口のピークアウトが比較的低い水準で、しかもかなり早くやってくるという予測の根拠は、世界の都会化とそれにともなうテレビの普及により、人々のライフスタイルが変わり、出生率が急速に低下するためである。
IMG_797979
現に世界の出生率は急速に低下を始めている(40年前の世界全体の平均出生率は4.5であったが、現在は2.5に低下している)から、この予測はかなりの信憑性を持っていると思われる。この予測が正しく、2040年頃から地球人口がかなりの速度で減り始めるとすれば、地球環境問題や気候変動の問題もやがて収束していくことになる。しかし、ランダースはそれほど楽観はしていない。人類が現在展開している大規模な経済活動は2040年までに地球の自然を修復不可能なまでに搾取し尽くしている可能性があり、人類が本当の意味で気候変動の脅威に直面するのは21世紀の後半になるだろうという。

ちなみに、日本の人口減少の予測にははるかに厳しいものがある。400年前(紀元1600年の徳川幕府成立の頃)の日本の人口は1,200万人程度であったらしい。
それが400年かかって今では1億2,700万にまで増加した。しかし、日本の人口はこれから急激に減り始める。国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、これから50年先には日本の人口は8,400万人程度、100年先にはその半分の4,200万人程度にまで減るという。

さらに大胆にこの予測を引き延ばせば、150年先には400年前と同じ、1,200万人にまで日本の人口が減ってしまう可能性すらある。

本当にこれだけの急激な人口減少が起こるかどうかは分からない。しかし、今起こっている日本の出生率低下を前提にするかぎり、このような急激な人口減少は必ず起こるのである。日本の将来を考えるうえで、日本の長期人口減少問題を無視することは許されない。

「巌流塾」の目標は、ランダースの40年先までの予測を踏まえ、さらにその先を考えてみようという点にある。そのためには、「資本主義の将来」「持続可能な経済成長の可能性」「民主主義の進化」「インターネットがもたらすもの」「日本の長期人口減少と家族の崩壊」等、多岐にわたるテーマを取り上げる必要があるし、ランダースよりももっと長期にわたる歴史的視点が要求されるだろう。

本号に収められているのは、そのような研究へ向けた最初の取り組みとして、平成25年5月~7月に外部講師を招いて開催された6回にわたる「巌流塾」の討議の模様である。以下、本特集に収録した講師とテーマ、参考文献を紹介しておく。
(1)長谷部恭男「憲法とは何か~日本の将来を見据えた日本国憲法のあるべき姿について~」
(参考図書:長谷部恭男著『憲法とは何か』岩波新書)
(2)東浩紀「インターネットは世界をどう変えていくか」
(参考図書:東浩紀著『一般意志2.0~ルソー、フロイト、グーグル』講談社)
(3)山田昌弘「家族の将来~人口減少時代の家族とは~」
(参考図書:山田昌弘著『ここがおかしい日本の社会保障』文春文庫)
(4)佐伯啓思「危機へ向かう現代文明」
(参考図書:佐伯啓思『日本という「価値」』エヌティティ出版、『経済学の犯罪』講談社)
(5)林直樹、齊藤晋「『農村社会の衰退』と『撤退の農村計画』~力の温存という考え方~」
(参考図書:林直樹ほか『撤退の農村計画』学芸出版社)
(6)安田喜憲「人類と自然との共存に向けて~日本人が果たすべき役割とは~」
(参考図書:安田喜憲著『蛇と十字架』人文書院)

いずれにしても、「100年後の世界と日本」を展望するためには、少なくともコロンブスのアメリカ大陸発見以降の世界史を振り返り、西洋が主導してきた資本主義的経済発展の功罪を見極めるという知的作業がどうしても必要になるだろう。もとより、ここに収められている議論は「100年後の世界と日本」を見据えた議論には必ずしもなっていないが、そのための第一歩として位置づけられるものであり、一般読者の方々にも大いに参考になるものであると確信する。
(記事引用) 

少子化で韓国は2750年、日本は3200年に消滅する?
2014年08月24日 16:24本山勝寛
先日、朝鮮日報(日本語版)の記事"少子化:「韓国は2750年に消滅」"という記事がネット上で話題になっていた。

現在の少子化問題が解決しなければ、韓国の人口は2750年にゼロになる恐れがあるとの見通しが発表された。(中略)
 現在、韓国の人口は5043万人だが、合計特殊出生率が1.19人のままなら、2056年に4000万人になり、2100年には2000万人へと半減すると予想されている。これは、日本が統治していた1930年(2100万人)とほぼ同じ数だ。2200年には300万人まで人口が急減、2256年には100万人になり、その後は500年かけて徐々に消滅していくと予測されている。
実際には出生率は人口の過密状態によって変動するであろうから、人口の「消滅」時期を推測すること自体にはさほど意味はないのだが、それでも低い出生率が長期間にわたって続けば、かなりの人口減が進むことをイメージするのにはよい一つの指標ともいえるかもしれない。

2750年という700年後のことは定かではないが、少なくとも2100年に人口が半減すること、そして、2200年には10分の1以下になることは、現実味のある予測である。

これは日本とて例外でない。内閣府によると、現在の出生率のまま推移すると100年後、2110年の日本の人口は4286万人、つまり現在の3分の1近くまで落ち込む。高齢化率は41.3%、2012年現在の24.1%から大幅に上昇する。これが日本の最もあり得る100年後の未来だ。

さらに長期でみると、2200年には人口1千万人以下と、現在の10分の1以下に縮小、そして3200年には消滅するという推計もある。人口減少が加速度的に進むという点では、上記韓国の推計とさほど大きな差はない。

人口減少は大きな問題ではないという方も多いようだが、問題の本質は高齢化率が極端に高まることで、年金医療など社会保障システムが破綻し、国の経済が成立しなくなることだ。少子化をこのまま放っておけば、子どもや孫たちにそのような日本を残すことになるのである。近年は辛うじて出生率が上昇トレンドにあるが、この動きをさらに強化できるようあらゆる政策を動員すべきだ。