Galapagos Japas

国際政治と日本の古代政治変遷歴史 明治維新など特に集中して書いている

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今も昔も「読み書き算盤」twitter.Facebook.com/版

 定義としてそう明分化している。さて、このことを理解しなければならない。パソコンによるインターネットを通じて、Facebook・twitterの発信はできるが、それをリアルなアクションとして行動を起こせない人、という定義なのだろうか。

 しかし、それはただ単に「机上の空論」という「たとえ」、にしかおもえないが、それとは違うのだろうか。即座に表現すれば「オタク」発信というアバウトな見方と区分けできるが。

 きのう、「今も昔も読み書き算盤」という記事を書いたばかりで、それだけでは何か足りないと考えあぐねていた。
 文字を考案し、それを記録し記憶し、情報を分かち合い、内容の価値を数人で共有して実践すると社会ができあがり、それが大きくなると国という組織になる。

 文字文明は印刷技術と同じく、そのテクノロジーは人間を人間として、他の動物と分けた最初の技術であると断言してもいい。

 紀元前の古代中国の遺跡から膨大な量の文字痕が発掘されている。中でも「殷」時代の遺物は他の祭祀道具も含めて大量に発掘され、それを現代時間の意識で捉えても、価値は計り知れない。また骨董的価値も高く全品が国宝級である。

 古代中国に限らず古代文字は各国遺跡から発掘されている。最近の例ではトルコで発見された古い時代の遺跡「ギョペクリ・テペ」遺跡として注目されているが、あまりにも古くてその研究が始まったばかりだ。

 石の造形物の技術からして高度な文明と類推されるが、いまのところ文字らしきものは発見されていない。年代的にはこれまでの考古学の枠の外、というイメージがあり、文字を文字として認識する我々現代人の分析知識が、それに追いついていないのかも知れない。その意味では上記指摘した、「オタク」と同じジャンルに我々も区分けされる。

 パソコンの最大の特徴は膨大な量の情報ストック、それらを計算しアートし、広告し、商業し、場合によっては戦略構想のシュミレーションもし、ケースによっては、居ながらにして地球の裏側からミサイル、ステルスを発射し人を殺傷する。多元的に表現すると、いまではパソコンで出来ないことがない、と言い切ってもいい。ただし「初音ミク」ではないが結婚して妊娠はできない。あとのことはなんでもできる、万能だ!!!。

 文字は人間世界を飛躍的に発展させた。さらに今日のデジタルインフラである「IT」という歴史的にも稀な技術を確立し、それがまだ発展途上にあるということが脅威である。
 
 そのことをよくよく考えてみれば、文字情報が持っている力というのは、代数的に現物がそこになくても概念としてイメージできることである。そのことはアインシュタインも数学概念の中で云っていたことだった。

 さらに、それを掘り下げていくと、文字媒体は人間の記憶能力を補うものとして、多大に貢献している。
 それはパラドックスとして人間の脳内の「記憶素子」というドットは、コンピューターほど多くなく、端的にいってみればすく忘れてしまうということである。ものごとを記憶していない、という不備を補う道具として発展したデジタル機器と換言できる。

 この記事のタイトルとして算盤(そろばん)と書いたが、いまどき実際にその道具は使わない。使うのは980円で売っている電卓だ。消費税を計算するのに紙に書いて計算すると間違う。だから電卓が重宝する。その方法論を飛躍させると、近い将来人間は脳内に電卓チップを内臓させることになる。その具体例はすでにメガネで始まっており通販業者棚の仕分け作業でメガネディスプレーによって注文品を選り分けることが行われている。
 世界中の道路ではクーグルマップ探査アンテナが、一部始終を記録し、それをパソコン内で展開し、これまた地球の裏側奥地のブラジル民家の垣根越しの情報を机上のパソコン数秒で閲覧できる。
 
 それは正しいことなのか、欲しい知識なのか、Facebook・twitterの付和雷同発信ともとれる素性のわからない「デジタル文字」をやみくもに信じて「革命」をおこし、そのあとであれは間違っていた、といっも死んでしまった人は再び生き返ることはない。
(自著記事引用)

 さらに、ここに書き加えてみよう。冒頭記事を引用すると「非識字者とは自分の名前は書けるしFacebookで近況をアップロードできる。社会の中で能動的に活動するため自身の目的を達成するため、自身の知識や能力を発展させるために文章を理解し評価し利用し関与していく能力をもたない人、のことである。」とある。


 かなり高度な解釈にとれるが、早い話が、東大の試験になんなく合格して、卒業もしたが社会の構造、仕組みが理解できなくてノイローゼになった、ということか。そんなことを大雑把に分析してみれば、学校の教える教材の隅から隅まで丸暗記して答案はかけるが、そのユークリッド図形を使ってグランドに立つ樹の高さを実際に測れない。だから試験問題の、根源的問いがわからない、ということになる。

例題として次の記事を引用した。

日本はこれからどこへ行くのか
内田樹2016年03月13日 16:01http://blogos.com/article/166390/
あと15年ほどで朝日新聞の発行部数はゼロになる勘定である。どの新聞も、購読者の高齢化と、若者たちの新聞離れと、新聞自身のメディアとしての機能劣化によって「ゼロまで」のカウントダウンに入っている。
日本のように数百万部の全国紙がいくつも存在するというような国は他にはない。『ル・モンド』は30万部、『ザ・ガーディアン』は25万部、『ニューヨークタイムズ』で100万部である。知識人が読む新聞というのは、どこの国でもその程度の部数なのである。

それが欧米諸国における文化資本の偏在と階層格差の再生産をもたらした。それに対して、日本には知識人向けのクオリティーペーパーというものが存在しない。

その代わりに、世界に類例を見ない知的中産階級のための全国紙が存在する。それがかつては「一億総中流」社会の実現を可能にした。一億読者が産経新聞から赤旗までの「どこか」に自分と共感できる社説を見出すことができ、それを「自分の意見」として述べることができた時代があった。結論が異なるにせよ、そこで言及される出来事や、頻用される名詞や、理非の吟味のロジックには一定の汎通性があった。

この均質的な知的環境が戦後日本社会の文化的平等の実現に多いに資するものだったことについて、すべての新聞人はその歴史的貢献を誇る権利があると私は思う。
(記事引用)

正鵠の指摘だ。
15年も待たなくていい。もっと早くやってくる。それでも新聞社は潰れないと私は、おもう。他のテレビだとか広告インフラとが、それ以外で多彩な人脈とか。

たぶん今のネットが行き詰る。潜在能力キャパは充分持っているが、それは一握りの組織が寡占的(たとえばクーグル・フェイスブック、ツィッターなどアメリカ国の利益優先に、それ以外の民が愛想をつかす)支配の離脱を宣言する。そしてもともとあったメディアのテレビが、ネットと「交配」して新種が誕生する。またそうしないと「テレビ会社員」の居所がない。

つぎの内田樹氏の新聞の「質」についての指摘だが、それを「知的中産階級のための全国紙」と切り抜いているが、日本の新聞が特段に、それを狙ってパブリックにしたとは思えない。戦時中は、戦争行為を煽動しプロパガンダしているのだから、それは本来の意味の民主的メディアとは相容れない。

それを「知的中産階級」と括るなら、総国家的帝国主義になってしまい、1936年、2.26事件の詳細をみて判るように、一部煽動者として投獄処刑された者たちの「生い立ち」を読んでみると、個人思想ではなく大きな歴史枠組みから派生した思想家、としてみることができる。すなわち列強大国の綱引きの狭間から生まれた、国粋思想であり、そこに左右は存在しない。

しかし、このサイトでも取り上げているAI人工知能の脅威とか、アメリカ大統領選挙方法論(ネット戦略)など勘案すると、まったく差がついてるな、と認めざるをえない。

そのためにも「日本テレビメディア」は、各派閥学閥を綺麗さっぱり取り払って、世界メディア席巻を目指す叡智組織を作って、明日にでも発足させるべきだ。

これまでのように、あちらと、こちらの折り合いがよろしくない、なんて「東電」や「東芝」、さらに民主と他党のごたごたを観るまでもなく、そんな醜聞はもう見飽きた。

自分たちは、それやってて気持ちよくなっているが、それを見せられている国民の気持ちを少しでも理解しようとしたのかを問いたい。

まさに「漁夫の利」で、シギと貝が喧嘩している間に、通りすがりの漁夫にヒョイとかっさわれる情景が目蓋に浮かぶ。

もっともっと深い現実が進行していて、その拾うべきはずの「漁夫」が、世界的人口減少傾向で、いなくなってしまうという、未来バーチャルが待っている。

それでも皆様、自分の既得を必死に守るというのですか???

        フェースブック
Gil C/Shutterstock.com

今も昔も「読み書き算盤」"twitter.Facebook.com/"版
2014.5.11 SUN wired.jp 

新たな「非識字者」が増えている:Facebookを読めても、現実は理解できない人たち

「非識字者」とは、読み書きのできない人だけを指すのではない。読み書きはできるけれど、新聞記事の内容を理解できないなど、満足に使いこなすことのできない「機能的非識字」が存在する。

TEXT BY VANESSA NIRI

TRANSLATION BY TAKESHI OTOSHI

WIRED NEWS (ITALIA)

「非識字者」とは、言うなれば「名前の代わりに『X』で署名をする人」のことを指す言葉だった。しかし、いまやその定義では足りない。

非識字者とは、自分の名前は書けるし、Facebookで近況をアップロードできるけれど、「社会の中で能動的に活動するため、自身の目的を達成するため、自身の知識や能力を発展させるために、文章を理解し、評価し、利用し、関与していく能力をもたない人」のことでもある。

最近のOECD(経済協力開発機構)のPIAAC(国際成人力調査)の結果が教えてくれたことだが、2つの異なる非識字が存在するのだ。後者は「機能的非識字」とよばれ、イタリアにおいては10人のうちほぼ3人がこれにあたる。そしてこれは、ヨーロッパで最も高い数字だ。

もうひとつの非識字、「機能的非識字」
機能的非識字者は自分で文字を書けるのだから、一見、自立しているように思える。しかし彼らは、例えば保険の約款を理解できない。新聞に掲載されている記事の意味も分からないし、文章の要点をつかんだり、感動したりすることができない。図表を読み取ることができない。したがって、自分が生きている社会の構造を解釈し、把握することができない。

このような分析能力では、複雑さを忌避するのみならず、複雑な出来事(経済危機、戦争、国内もしくは国際政治、金融取引のスプレッド)を前にしても基本的な理解すら得ることができない。

したがって、機能的非識字者は、自身の直接的経験と比較することによってのみ、世界を解釈する(例:経済危機は自身の購買力の減少でしかない。ウクライナにおける紛争は、ガスの料金が増加して初めて問題となる。税金のカットは(それが公的サーヴィスのカットにつながるとしても)正しい)。そして、長期的な結果を考慮に入れた分析を練り上げる能力をもたない。

ガス代が上がる前に、ウクライナで起きていることを考える

1974年にシンガーソングライター、セルジョ・エンドリーゴは、作家ジャンニ・ロダーリから着想を得て、レコードに次のような啓発的な口上を刻んだ。

※「ナポレオン・ボナパルトは1769年8月15日アジャクシオで生まれた。1784年10月22日にブリエンヌの陸軍幼年学校を去って陸軍士官学校の生徒となった。1785年9月に少尉になった。1793年に将軍になり、1799年に第一執政になり、1804年に皇帝になった。1805年にイタリア王になった。そして、この日付を全て覚えていない者は、落第するだろう!」
 しかし、1974年以降、物事は全般的に悪化した。

教育が、できること

学校組織は定着度テスト(ヨーロッパの能力評価のための手段)のみに気を取られ、教育のもつべき視野を、授業計画のチェックと学年末試験へと変えてしまった。しかし、定着度テストに寄りかかった学校の外に取り残されるのは何だろうか?(その上、こうしたテストにおいて、イタリア人は優れた成績を収めているわけではないのは皮肉なものだ)。

取り残されるのは、まさに、興味深い本を選ぶ能力、読書に没頭する能力、新聞を購入する選択、経済的・政治的提案をその(非常に大きな)総体において評価する能力のような、ひとりの人間を機能的非識字者ではなく能動的な市民にする能力だ。

OECDの警告に答えるために、この国は、能力の概念そのものを転倒させなければならない。イタリアに根強く残る教条主義的な教育が生むのは、生徒の声を「拒絶」する学校であり、教育しているように見えて実際は何も教育しない学校だ。能力を育て上げ、評価する教育は、「受容」して、世界を理解するための道具を教える学校へと結実する。

機能的非識字者はナポレオン・ボナパルトが1769年8月15日にアジャクシオで生まれて、1805年にイタリア王になったことを暗記することはできるだろう。しかし、そうはいっても暮らしている社会の複雑さを受け入れて分析するための道具は持たないだろう。

彼らもまた、私たちの学校からしばしば落第していく若者たちと同様に──日付を暗記することすらもできない若者たちだ──、ガス料金が値上げされてようやくウクライナの紛争を問題と思う、あの大勢の人々の一部となる危険がある。

           sagi


http://wired.jp/2014/05/11/literacy-on-facebook/

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