人口100人の里に伝わる「根子番楽」
華麗な舞と火花散る剣のエンターテインメント
朝日新聞 2023年03月08日
3月に秋田市で開催される「わっかフェス」は、未来を担う若者たちやゲストアーティストとともに、地域と伝統芸能の魅力を発信する催し。人口わずか100人あまりの集落に古くから伝わる国の重要無形民俗文化財「根子番楽」の練習風景を取材し、湊健作さん・彩音さん親子にわっかフェスへの意気込みを聞いた。
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インタビューに答えていただいた、湊健作さん(右)、彩音さん(左)親子。

週に一度、大人も子どもも集まる場所
秋田市から車を走らせること約2時間。「隠れ里」「秘境」といった言葉で紹介されることもある根子集落は、昭和50年にトンネルが開通するまで、行くにも来るにも山を越える以外になかったという。現在も世帯数は50戸強、住民110人ほどの小さな集落で、四方を山に囲まれた小盆地に家々が肩を寄せ合うように並ぶ。毎週水曜の夜、この集落では伝統芸能「根子番楽(ねっこばんがく)」の練習が行われている。地域の児童館には大人と子ども合わせて30人ほどが集まっていた。

修験道の山伏たちが山を降りた際、里の人たちに伝えたとされる「山伏神楽」は東北一帯に今も残り、秋田や山形ではそれが「番楽」と呼ばれる。根子番楽は、源氏の遺臣または平家の落人が伝えたものとされ、武家の文化らしい勇壮で荒々しい武士舞や、雅やかで文学性の高い謡に特徴があるといわれる。

そのような予備知識を持って臨んだのだが、目の前に広がるのは実にほのぼのとした光景だった。一番下はまだ保育園児という年少の子どもたちは文字通り駆け回って遊び、大人たちはそんな子どもたち一人ひとりに「よく来たな」「風邪ひいてねえか?」とやさしく声をかけている。800年の歴史を持つ伝統の舞いがこれからここで行われるとは、にわかに信じられない気がする。 

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口承だけで伝えられてきた800年の伝統
練習前に、湊健作さんと彩音さん親子に話を聞くことができた。2人とも小学校に上がるとすぐに番楽の練習を始めたという生粋の根子育ちだ。

「根子番楽は昔、担い手不足で中断してた時期があるんです。それを復活させようとしてたのが、ちょうど俺が子どもの頃で。小学校に上がるとそろそろやるかと声がかかって、自然に始めたって感じです」(健作)

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現在、根子番楽保存会のメンバーは大人が25人、こども会が10人。集落には子どもが少ないため、最近では近隣の阿仁合や上小阿仁の子どもたちも参加している。しかし、テレビやゲームなど子どもにとっては魅力的なものが他にもたくさんある時代に、毎週決まった曜日の練習は少々おっくうではないのだろうか。

「子どもの頃は夜に友だちと会えるだけでも特別感があったし、行きたくないと感じたことはないですね。私は根子集落に同級生がいなくて、年の近い人たちと一緒に番楽ができる水曜日が待ち遠しかったから、今の子たちもきっとそうだと思います」(彩音)

昭和の初め、根子番楽を広く一般に紹介したのは民俗学者の折口信夫だ。その後多くの人が研究したところによると、根子番楽は他の地域の山伏神楽と比べても特に古い形式をよく残していると考えられるという。しかし何しろ鎌倉時代に興ったといわれる芸能だ。録音や録画はもちろん、楽譜や舞の図解さえもあるわけではない。

「小さいうちは、年長のお兄さんやお姉さんたちの舞をひたすら見るだけ。その後に少しずつ、細かい所作を教えてもらって徐々に長い舞を覚えていきます」(健作)

「私が演奏する篠笛も楽譜はないので、上手な人の手元をよく見て、必死で音を聴いて、それを自分なりに真似して……というのを繰り返して練習しました。でもまだベテランの人たちの演奏には全然かなわないです」(彩音)

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受け渡す側の確かな技術と、受け継ぐ側の十分な熱意がなければ、そうした伝統はすぐに途絶えてしまうだろう。子どもたちの明るい声が響くこの根子集落の児童館では、一体どんな方法でその継承が行われているのか。これから見学する練習への期待が大いに膨らんだ。

伝統を守り続けることが私たちの「誇り」
練習の初めは子どもたちによる「露払い」から。毎年8月14日に集落の「根子番楽伝承館」で開催される本公演では、最初に披露される演目だ。さっきまで黄色い声を上げてはしゃいでいた最年少の子さえも、今は扇を巧みに使い、テンポの速い舞を流れるように舞う。

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京の五条で出会った弁慶と牛若の攻防を描いた「鞍馬」は、力強さと軽やかさの対比が見事な演目。クライマックスでは弁慶の振るう長刀に牛若がひらりと飛び乗るという驚きの見せ場もある。

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「イベントで他の芸能の方々と共演すると、根子番楽は特にテンポの速さとリズムが特徴的だなと思います。私たちにとっては普通ですけど、似たようなものってあまりないみたいです」(彩音)

「そういうイベントで根子番楽のファンになった人が、8月の本公演にわざわざ足を運んでくれることがあるんです。そういうのはうれしいです」(健作)

続いての演目は、3月のわっかフェスでも演じられる予定の「曽我兄弟」。1193年、源頼朝が富士の裾野で大規模な狩を催した際、それに乗じて父の仇討ちを果たした曽我十郎祐成と五郎時致の史実に基づく演目だ。2人いる舞い方のうち、1人は健作さん。先ほどの朗らかな笑顔とは一転、若武者たちの厳しい修行を描いた舞を力強く演じている。息の合った兄弟らしい、左右対称の動きが面白い。2人が激しく斬り合う場面では、ぶつけた刀から本物の火花が散った。ものすごい迫力だ。

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彩音さんは子どもの頃、健作さんや年上の人たちが番楽に打ち込む姿が「キラキラして見えた」という。その姿に憧れ自分も同じ道を歩み、今も仕事の傍ら囃子方の練習を欠かさない。「伝統芸能というのは、若い人がやらなければ途絶えてしまうものだと思います。根子には番楽があって、子どもから大人までみんなが一生懸命取り組んでいる。私はそのことが誇りなんです」

練習前、「これまで番楽の練習をやめたいと思ったことはないですか?」という質問に、「この辺は飲み屋がないし、同世代と週に1回飲める機会だから」と笑って話していた健作さんだったが、後でもう一度同じ質問をすると「ずっと残ってきたものにはそれだけの意味があると思うし、自分もなんとか後に残していきたいという思いはあります」と真剣な眼差しで語ってくれた。雪国のトンネルを抜けた先にあったのは、親から子へ、さらにその子へと長きにわたり受け継がれてきた、尊く美しい「キラキラ」だった。

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細部まで磨き上げ、最高の番楽を見せたい
「見ているだけで旅をしたような気分になりました。それぞれに独特の宇宙があって素晴らしい。感動しました」。2月中旬、わっかフェス出演者との交流会のため秋田を訪れた東京スカパラダイスオーケストラの谷中敦さんは、根子番楽、なまはげ太鼓、西馬音内盆踊りを鑑賞した後にそう語った。同じくスカパラのNARGOさんは、「何百年という歴史ある芸に触れて、たくさんエネルギーをもらいました。なんだか体が軽くなった気がします」、茂木欣一さんは「僕はドラマーとしてみなさんの奏でるリズムに本当に興奮しました。秋田のグルーヴはすごいです」と感想を述べた。

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3人の「感動」や「興奮」が、鑑賞中の様子から十分に伝わってきた。短い時間ながら秋田の芸能の奥深さに触れ、本番へのイメージが広がったようだ。最後に谷中さんは、出演者たちに宿題を課すようにこんなメッセージを贈った。

「細部に神が宿ると言いますが、もうこれでいいかなと思ってからも磨き上げってできるもので、磨けば磨くほどもっと光るんですよね。みなさんの芸能もそうやって磨き上げてきたものだと思います。わっかフェスでは、みんなで最後まで粘って磨き上げて、最高のステージにしましょう」

対面が終わり健作さんに感想を聞くと、「いやあ、でも盆に集落でやる本公演に比べたら緊張しねえ。あっちは目の肥えた人ばかり見にくるから、集落でやるのが一番こわい(笑)」と、まるで力む様子はなかった。しかし、言葉とは裏腹に本番までにはきっちり「磨き上げ」をしてくるのだろう。

北秋田の小集落に伝わる根子番楽が、スカパラと同じステージに立つ第1回わっかフェスは、いよいよだ。

※第1回わっかフェスは2023年3月9日に終了しました。ご来場・ご視聴くださり、誠にありがとうございました。