磁界を超近距離で使う場合には物理学で習う電磁界の法則も無視できる
あと10年で、6リットルに73億人の脳が収まる
2015.08.25 TUE 09:55 WIRED NEWS(US)

齊藤 知るうる限りの情報では、コーティカル・ラーニングセンターを率いるウィンフリード・ウィルケ氏が示しているようなハードウェア実現の方向・実装の方向性では効率が悪く、おそらく間違っていると思います。できたとしても規模の小さいものに留まるでしょう。

松田 それはありがたい。いい話を聞きました。われわれにも勝ち目があるということです。齊藤さんは、ウィルケと話されたんですよね。IBMと共同開発するという話はあったんでしょうか?

齊藤 先方がかなり興味をもたれて、これからも情報交換していきましょう、という話にはなりました。

松田 ここも微妙な話ですね。IBMとやればうまくいくでしょう。ぼくは、超知能が出てくるのはグーグルではなく、IBMだと思っています。IBMはたくさん保険をかけています。Watson、SyNAPSE、そしてCLA(Cortical Learning Algorithm)。どれかはうまくいくだろうし、もしかしたらすべてうまくいくかもしれない。

ただ、汎用人工知能としてはWatsonのような古典的なアプローチではダメでしょう。SyNAPSEも、学習を外部のスパコンでやっている点で、汎用人工知能としては難しい。オンライン学習ができないですから。それでIBMはホーキンスに目をつけた。これでIBMの勝利かと思っていましたが、日本には齊藤さんというエースがいた。

齊藤 いえいえ、まだまだだと思います。その意味では、まずは(京コンピュータの100倍の能力に相当する)1EXA(エクサ)級の次世代スパコンを世界に先駆けて独自につくってみせないと、なかなか信ぴょう性はないと思っています。

松田 1EXAのスパコンで、どれくらいの大きさになるんですか。

齊藤 タワーサーヴァーラックで60〜70台くらいでいけるだろうと考えています。

松田 京コンピューターに比べると圧倒的に小さいですね。しかし、あまり聞くとほかの人にばれてしまうのでまずいかな(笑)。でも、6リットルに73億人分の人工知能を収める、という話は言ってもいいかもしれませんよ。だって、誰も信用しないだろうから(笑)。発想が飛び抜けています。

齊藤 基本的に、わたしはゲーム・チェンジできないことはやらないことにしていますから。しかし、今回の開発を行うなかで感銘を受けたのは、黒田先生をはじめ、日本ですでにさまざまな研究がなされていたということです。(コンピューターの)極薄化も、東工大の先生やディスコという大戦時には戦艦大和の主砲を削っていた会社の技術の延長線上で、要素技術が実現できています。あるいはエルピーダの元取締役CTOの方にも入っていただいて、いろいろと議論するなかで開発が進んできました。日本のなかだけでも、これだけのことができる。これはほかの国ではなかなかないことです。とても恵まれた国にいると思います。

松田 それはとても勇気づけられる話ですね。ぼくはいつも「日本はダメだ」って、悲観的な話ばかりしていますからね(笑)。

「素人の天才」が日本を救う

松田 スーパーコンピューターは各社約10人チームの2社で開発されたということですが、それは人材が10人しかいなかったということだったのでしょうか? それとも、精鋭を集められれば10人で足りるということですか?

齊藤 「足りている」なんて言ったら、きっと社内で暴動が起きます(笑)。「もっと人を増やせ!」って。でも、会社には本当に必要なタイミングで、最適な人たちに集まってもらいました。これは誰に感謝したらいいのかわからないくらいです。ちなみに現在も、優秀な技術者、研究者は随時募集中です。


松田 齊藤さんは、ロッキードの伝説の開発部隊「スカンク・ワークス」(スパイ機U2やSR71、ステルス戦闘機を開発した秘密研究所)をモデルにして少数精鋭の開発を進めてきた聞きましたが、あの形態はエンジニアの理想であっても、実際には日本で実現するのは難しいと思っていました。強力な開発チームをつくるためのヒントのようなものはありますか。

齊藤 わたしたちの場合は、最初のスタート段階で、とても優秀な人が来てくれたことが大きいですね。優秀な人がいると、人づてで優秀な人が集まってくる。少数精鋭のチームをつくることができたのは、その結果だと思います。

松田 天才がいれば、天才が集まるというのはわかりますね。天才がひとりいても、ただの「よく切れるハサミ」ですが、集まれば世界を変えられる。会社を儲けさせる程度ではつまらない。世界をひっくり返さないと。

齊藤 うちの場合は、ほかではできないことをやれているので、メンバーはそういうところに意気を感じているんじゃないかと思います。ただエンジニアたちは、このままぼくについていくのが正しいことなのかどうか、悩んでいるかもしれません(笑)。松田先生じゃないですが、ぼくのことを「マッドサイエンティスト」と呼んでいる者もいるようです。

松田 なるほど。でも、10人くらいの会社で世界をひっくり返せたら本望じゃないですか。齊藤さんならできそうですよ。

齊藤 ぜひそれを、うちのエンジニアに言ってやってください(笑)。

松田 はい(笑)。それにしても10人で、わずか7カ月でスパコンをつくり上げたというのはすごい。一般的な製品開発だと、少なくとも1〜2年以上はかかります。このスピード感はいったいどこからくるんでしょうか?

齊藤 わたしはある意味で素人なんですね。素人だからこういう発想ができるのだと思います。自分の過去の経験から、あらゆるものがベストの状態を考えて、頑張ればギリギリ入るかな、という線を一度引いたら、あとは外注先に土下座しようが、徹夜でやろうが、とにかくそこに何としても収めるというやり方です。

松田 勇気づけられますね。人に依頼するときは、できる理由は聞きますが、できない理由は聞きたくないですもんね。

齊藤 問題が起きてスケジュールが遅延して、現場から「できそうにありません」と弱音が出たら、とにかく現場に入って行って、自分自身で手を動かしたり、頭をひねったりしています。結局、邪魔にしかなっていないかもしれませんが(笑)。でも、わたしに邪魔されたくないこともあってか、エンジニアたちは仕方なく付き合ってくれる、という効果はあるみたいです。

松田 面白いですね。先日、知り合いのある人工知能の専門家が、世間ではシンギュラリティと騒いでいるけど何のことだ、と言ってきました。この20年間、人工知能の進歩は何もないじゃないか、人間並みの汎用人工知能なんてできるわけないよ、と。それを聞いてぼくが思ったのは、その人は専門的になりすぎて、物事がわかりすぎているからできないと思うのだ、ということです。失礼ながら齊藤さんは素人で、できるかできないかわからないから、できると思える。できると思えば、実際にできる、ということですね。

齊藤 今回のスパコンは7カ月で開発できましたが、あの開発の方法論と開発したものは素人じゃなければまず発想できなかったものでしょうし、最後までやりきれなかったと思います。「7カ月でできたのは奇跡で、奇跡は二度と起こらない」、と言う人もいますが、今回再び4カ月で2世代目の独自開発にも成功したので、そろそろ素人の力も評価してほしいです(笑)。

松田 いいですね。ぜひ「素人の天才」を集めて、日本を救いましょう。
tofu

齊藤元章|Motoaki Saito, M.D., Ph.D.
1968年生まれ。メニーコアプロセッサ開発のPEZY Computing代表取締役社長、液浸冷却システム開発のExaScaler代表取締役会長、超広帯域3次元積層メモリ開発のUltraMemory創業者・会長を務める。医師(放射線科)・医学博士。大学院時代から日米で医療系法人や技術系ヴェンチャー企業10社を立ち上げた研究開発系シリアルアントレプレナー。2003年に、日本人初の「Computer World Honors」(米国コンピューター業界栄誉賞)を医療部門で受賞。著書に『エクサスケールの衝撃』がある。PEZY Computingは今年、スーパーコンピューターの単位消費電力当たりの演算性能ランキング「Green500」で、日本企業初となる1〜3位独占を果たした。9/29開催の人工知能カンファレンス「WIRED A.I. 2015」にも登壇が決定している。
http://www.pezy.co.jp/ http://www.exascaler.co.jp/
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